14
季節は巡り、冬が終わり春を過ぎて、再び夏を迎えた。
けれど今もなお、自国は内乱が治まっておらず、国交は閉ざされたままだ。
隣国の王太子は情報が入るたびにエセルに報せてくれたが、そのたびに申し訳なさそうな顔をした。
そうして瞬く間に夏は過ぎていき、エセルが一人で隣国で暮らしてから一年がたった。
歩いていたエセルに、明るい声がかかる。
「――エセル! 新鮮な野菜が入ったよ」
振り返った先には、野菜を売っている店の女主人がいた。
豊かな体を揺らして手を振り、大らかな笑顔を浮かべている。
「これから納品かい?」
「はい。帰りに寄ります」
「ああ、待ってるよ」
エセルは籠を抱えながらお辞儀をして、少し先の服屋に向かって歩いた。
籠の中には、エセルが刺繍をした服が入っている。
刺繍は城での女官時代に身に着けた。
黙々と行う作業は得意だったので、仲間内では一番腕が良いと褒められた。
その腕をいかして、服に刺繍を施す仕事をしている。
刺繍は時間がかかるので多くはこなせないが、慎ましく生活をする分は稼げた。
服を納めて代金を受け取り、声をかけられた店へ立ち寄る。
「こんにちは」
「いらっしゃい、エセル」
女主人は中から笑顔で出迎えてくれた。
ここではエセルは素性を明かしていないが、街の人達は突然一人で住み始めたエセルにも親切にしてくれた。
女性の一人暮らしを気にかけ、よく様子を見に来てくれる。
知り合いもいない街で、そんな気遣いにエセルはとても救われた。
夕食の分として、店頭に並べられた新鮮な野菜をいくつか購入する。
お金を渡すと、女主人は買った野菜と一緒に果物を紛れ込ませた。
「こっちの果物はおまけだよ。甘いからね、帰ってから食べな」
彼女は小さな声でそう言って片目を瞑った。
よくおまけだと言って、色々なものを分けてくれる。
エセルは自分の母と同じ年くらいの彼女を、とても親近感を持ち慕っていた。
「いつもありがとうございます」
「良いってことよ。気をつけて帰りな」
エセルは女主人の気遣いにお礼を言って、家路へと着いた。
一年前に比べれば、大分ここでの暮らしにも慣れた。
町の人々はとても親切で、歩いているとみんな声をかけてくれる。
挨拶をしながら、エセルは丘の上にある自宅へと帰った。
家へ着くと、具材は多くはないけれど暖かいスープを作る。
今日はそれに、おまけで貰った果物を食後に食べようと考えて少し嬉しくなる。
それから、いつもの日課で、庭へと出た。
丘の上にある家の庭からは、あの川が見える。
エセルは毎日朝と夕方に、川を見つめ続けた。
以前は川には大小の様々な船が行き交っていた。
けれど、あの日から船の姿はない。
それでもエセルは毎日川を見続けた。
あの向こうにジェラルドがいるのだと思うと、そうせずにいられなかった。
「どうか、一目だけでも……」
川を見つめながら、そんな言葉が零れ落ちる。
きっと、国が落ち着けば、いつかまた川に船が浮かぶ日が訪れるだろう。
船が出れば国へも戻れるかもしれない。
そうすれば、ジェラルドに会いに行きたかった。
ほんの一瞬でも良いので会いたい。
そんな思いが毎日募った。
けれど、すぐに落ち着いてくれると思っていた国の内乱は、厳しい冬を超えて春を迎えても治まることはなかった。
せめて夏には良い報せがあるだろうと願っても、国のことはほとんど耳に入らなかった。
そうしている内に、初めてこの国へ来た頃と同じ晩夏になった。
まさか一年も国を離れることになるなんて、一年前は思ってもいなかった。
すぐに戻れると信じていたのだ。
少しずつ冷たくなってきた風が吹き抜けて、エセルは俯いた。
涙が滲んでくる。
「――エセル」
その時、聞こえた声音にエセルは息が止まりそうになった。
涙が浮かんだ目を振り返らせる。
見開いた目に、忘れたことのない姿が映った。
「ジェラルド様……!」
そこには、少し痩せた様子だったが、毎日思い浮かべていたジェラルドの姿があった。
気づいたときにはエセルは駆けだしていた。
エセルの体をジェラルドが抱き上げる。
「ジェラルド様……、ジェラルド様……っ」
「ああ」
夢じゃないだろうか、そんな不安からエセルは何度もジェラルドに触れた。
けれど夜毎、夢に見ても朝に虚無感と共に目覚めた時のようではなく、確かに温もりは消えなかった。
ジェラルドは強くエセルを抱きしめた。
「待たせてすまなかった」
耳元で声がこだまして、幻じゃないことを感じる。
その瞬間、ずっと我慢していた緊張が解けた。
エセルはジェラルドの胸で泣き声を上げた。




