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凪のしるべ  作者: 細井雪
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 二人は馬小屋で夜を明かすと、日が昇る前に出発した。

 ジェラルドを探している追手がいるかもしれない不安に警戒しながら道を進み、ようやく隣国の王都へと辿り着いた。


「――河港だ」


 ジェラルドの言葉の先に、国の間を流れる川が見えた。

 二人はすぐに河港に向かうが、船の手配をするときに問題が生じた。

 昨日の探し人が本当にジェラルドであれば、人の多いところは危険が高まる。

 そこでエセルは自分が手配しに行くと言った。

 当然ジェラルドは心配して反対したが、エセルは大丈夫だと説得して、最終的にはジェラルドが折れざるえなかった。

 少ししてエセルが無事に戻ってきたとき、ジェラルドはひどく安堵した表情を浮かべた。

 なるべく身を隠しながらどうにか船へ向かう。


「エセル」


 船に乗り込もうと、ジェラルドはエセルに手を差し出す。

 エセルはその手に自分の手を重ねた。

 最初は戸惑っていたはずなのにいつの間にか慣れたこんなことも、もうすぐ国に着けば終わる。

 そう思うと、手が離れるのが寂しいと感じた。


 船に乗ると、ゆっくりと河港を離れる。

 エセルは遠ざかる隣国の景色を見送った。

 思いもよらないことから隣国にたどり着き、それまで話したこともないジェラルドと共に行動することになったことが、色々と思い出される。

 同じ部屋で寝泊まりして、一緒に食事をして、並んで歩いた。

 最初は同室だということに緊張もしたが、すぐにそれに慣れたのは、ジェラルドが安心できる人物だったからだ。

 こんなことにならなければ、ジェラルドの優しさも人柄も知らずにいただろう。

 けれど、もうすぐ話をすることもできなくなる。

 もうじき国に着く。


「やがて着くな……」


 エセルは思っていたことが口に漏れたのかと一瞬思ったくらい、ジェラルドが同じことを呟いて驚いた。

 同時に、自分はなんて浅はかなことを思ってしまったのだろうと恥じる。

 ジェラルドは自国に戻るために必死だったのに。

 顔向けできなくて目線を伏せた。


「これまで苦労をかけて、本当にすまなかった」

「いいえ……。国に戻ることができて、良かったです」


 国に戻れることはエセルも嬉しい。

 慣れた故郷でもあるし、家族にも会える。


「無事に戻ってこられたのは君のおかげだ。君がいてくれて良かった」

「私が一緒でなければ、ジェラルド様はもっと早く戻れたはずでしょうから……」


 事の始まりを思い出す。

 最初の川辺で着いてくるかと尋ねたジェラルドに、あの時に頷かなかければジェラルドの進みはもっと早かっただろう。

 その後も、エセルは自分が倒れたせいでジェラルドに迷惑をかけてしまったと思っていた。

 だが、ジェラルドはそうではなかった。


「いや、君のおかげで船にも乗れて助かった。……それに君は覚えていないだろうが、私のせいで倒れたにも関わらず、君は迷惑をかけたと詫びたんだ。宿屋でも、何も言わず食事を作ってくれていた。君の気遣いに、私は気づかずにいてばかりだった」


 エセルは顔を上げてジェラルドの方を向いた。

 ジェラルドにそう言って貰えるほどのことはしていないと、そう言おうとする前にジェラルドが言葉を続けた。


「今まで人に自分のことを話したことなどなかったが、君には話しやすかった。……君の側は居心地が良かった」


 聞き間違いだろうか、それとも自分の都合の良いように解釈してしまっただけだろうかと、エセルは思った。

 ジェラルドの目が真っ直ぐにエセルを見つめる。

 エセルもその視線からそらせなかった。

 沈黙に何か言わなければと思う。

 けれど、何を言えばいいのだろう。

 そう思うと唇が動かなかった。


 その時、船の上がにわかに騒がしくなった。

 船員達のざわめきに、ジェラルドも立ち上がった。

 彼らの視線は、もう少しで着く自国の方に向けられている。


「なんだ、あれ……」

「煙が出てるんじゃないか……?」


 そんな会話が聞こえ、エセルも心配になり立ち上がろうとした。

 だが目にする前に、側にいたジェラルドが小さな声で呟いた。


「あれは城の方角だ――」


 その言葉にエセルは驚いて視線の先に目を向けた。






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