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早い足取りで先を行く背を見つめる。
見失わないように、そのあとを必死で着いていく。
大小の石が転がる道は歩きやすいとは決して言えず、時折り足を取られそうになりスカートがはためく。
二人の間には、足音以外の音は聞こえない。
エセルはどうして自分はこの方と二人で歩いているのだろうと思った。
目の前を歩く――王弟、ジェラルドを見つめながら。
* * *
水音が聞こえて、エセルは外の様子に耳を傾けた。
馬車の車輪の音や、馬の蹄の音も聞こえる。
通っている山沿いの道のすぐ側は川が流れているらしいから、そこからの音だろうかと思った。
「まだ着かないかしら、ねぇエセル」
「お城はまだまだよ」
王弟殿下の視察に同行する女官達が乗る馬車は、狭いうえに山道は乗り心地も悪く、みんな肩を寄せ合いながら揺られている。
女官仲間に話しかけられながら、エセルも時折り左右に大きく揺られていた。
だがその時、馬車が一段と大きく揺れて不自然に止まった。
「何かしら……?」
「道を間違えたの……?」
馬車の中でそんな会話が飛び交った。
一番外側に座っていたエセルは、外の様子を伺おうと屋根から張られた布をめくった。
しかし、目にした光景は、先の馬車に乗っていた王弟殿下や従者たちが、剣を持った集団と対峙しているものだった。
「きゃああー!!」
「野盗……!?」
護衛の兵士たちが野盗らしき集団と剣を交えると、馬車の中の女官達も悲鳴を上げた。
すぐ側で剣が振り回されて、驚いた馬たちが暴れて馬車が大きく傾く。
「あっ……!」
エセルはその拍子に外に投げ出され、近くの茂みの中に転がった。
慌てて顔を上げると、つい今しがたまで乗っていた馬車は暴走して倒れ、野盗たちが襲い掛かっている。
その光景に、エセルは息を飲む。
剣の音と悲鳴が響き渡り、まるで戦のような光景だった。
野盗の一人がエセルに気づくと、剣を持ったまま近づいてきた。
エセルは恐怖で立ち上がることができず、倒れ込んだまま腕を動かして後退する。
その時、後ろについた手元が急に崩れ落ちた。
「きゃぁ……!」
すぐ側が崖だったことに気づかかず、エセルはそのまま崖の下へと飲み込まれた。
川の中へと姿が消える。
「ん……」
水の冷たさにエセルは目を覚ました。
はっとして顔を上げると、そこは静かな川岸だった。
起き上がって周囲を見回すが、雑木林が続き川の向こうは水平線しか見えない景色は見知らぬ場所だった。
崖から落ちたことまでは覚えているが、その後の記憶はなかった。
川に流されてここまでたどり着いたのだろうか。
「他のみんなは……」
周囲を見ても、一緒にいた女官仲間の姿どころか、荷物の一つさえ見当たらなかった。
人里から離れているのか、人の声は聞こえず、鳥の鳴き声が時折り響いている。
その静けさに、不安が募った。
けれどいつまでもこうしていても状況は変わらず、震える足で立ち上がった。
濡れていた服を絞り、重い足取りで川岸を歩き始める。
当てもなく歩いても、景色は変わらなかった。
どこまでも川が続いている。
途中で休みながら、冷たい川の水で喉を潤した。
そうして再び歩き始めてしばらくすると、先の方に黒い影を見つけて思わず足を止めた。
遠くから目を凝らしてうかがう。
「人、かしら……」
動く気配はなかった。
警戒しながら近づく。
黒いものは洋服のようだ。
エセルはそれに見覚えがあるような気がした。
恐る恐る近づいて覗き込み、驚いた。
その人影は、エセルが同行していた王弟のジェラルドだった。