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醍醐院寿三郎の冒険  作者: 石井 秋文
6/6

醍醐院寿三郎の冒険パート6

7、殺意

「状況を整理しましょう。」

市さんは運転したまま続ける。

「私たちは相模律に起きたと思われるトラブルを解決し、大学に連れ戻すためにはるばる岩手の山岳地帯にやってきた。あの有名な奥羽山脈の足元までね。相模さんのご実家は温泉旅館をやっていて私たちはそこに向かう途中、「相模律本人」に遭遇した。ここまでは良い?」

「はい。」

市さんが問いたいところはよくわかる。あれは本物の「相模律」なのかという点がどうしても確認したいのだ、当然だろう。僕はこう答えるしかない。

「間違いありません、あれは相模律本人です。」

もちろん声はかなりくぐもっていた、素顔は200m以上の距離でオペラグラス越しに確認しただけだが、顔に関しては間違いようはない。

あんなに整った顔はそういない。

もっとも僕の知っている相模律はいつも桜子の隣にいて、おとなしいながらもよく笑う子だった。

そう、よく笑う子だったのだ。

それがさっきはまるで精気を吸われてしまったような、まるで心がどこかへ逝ってしまったような

そんな顔だった。

あの後、僕たち二人はあの団地内に突入した。といっても市さんが息を整えるまで数秒を要した上に用心のためにと言われて団地の周りを市さんが一周した後のことなので数分は経っていた。

突入時は前衛が僕、後衛が市さん。風通しが良いのだろう、通路側は予想したよりも埃は積もっていない、室内に入れば、それも違うのだろうが。団地は周りは積もった雪、中ではところどころ枯草がははみ出している。それはもうここに誰もいないこと証明のようだった。

1階部分ごとに8部屋、3階建ての団地なので一棟24世帯、同じ構造であれば10棟なので240世帯がここで暮らしていたことになる昔のご家庭ならざっと1000人以上が住んでいたことになるだろう。そんなにぎやかな雰囲気は今は感じようもない。

ここであれっと気づく。

「市さん、ここ階段がありません!」

部屋のない柱が中央にあるだけで通路側の中に入ってもあると思っていた中央の階段は存在しなかった。外からはコンクリートの外壁でここの面は覆われていたた、外面は柱より余裕で二回りは大きいのでぱっと見は確認できなかったのだが。

「じゃああの娘はどうやって3階に行ったの?右の階段から行けば私たちから丸見えだったはずよ。」

先ほど見たここの全体像を思いだせば、現代人の感覚としては非常階段にしか見えない右わきのほぼ朽ちている階段が3階まで確かに伸びている。団地というよりこの構造は古いアパートに近いか。

確かに市さんの言う通りそこから登れば、僕たちから丸見えでかなり間抜けな事になるはずだった。

「市さんも見ていたと思いますが、相模さんは団地の中に入って中央の壁で見えなくなってから10秒も経たないうちに、3階に現れました。」

「そんなこと不可能よね。」

「はい。」

即答する。そんことがあり得るはずがなかった。

「あの階段で3階まで登ってみますか?」

意外なことに市さんは首を横に振る。

「だいたいわかったから帰りましょう。」

言い訳だと思った。

「引くんですか。こんな事態で、このまま!?」

「引くわよ。わかりやすいほど異常事態なんだからプロの判断を信じなさい。」

事務所でのふざけた雰囲気は微塵もない。

「3階に行ってまだあの娘が居残っているのなら室内の閉鎖空間で荒事になるわよ、こっちはなんの準備も無い、あっちは準備する時間がおそらくあったわ。接触するなんてリスクは犯せない。」

「でもあっちは一人で。」

しかも19歳の女性だ。二人がかりなら取り押さえられるのではないか。

「目に見える情報だけで判断すると罠にかかるわよ。彼女が凶器を持っている可能性や複数人が潜んでいる可能性は考えたの?」

反論できない。

「こんなはずじゃなかったというのは馬鹿の想像力不足から発生することなの。覚えておきなさい、命に関わることなら慎重な判断は当然よ。」

「こんな格好で荒事なんてごめんだわ、それにね 。」

彼女はにやりとして言ったのだ。

「言ったでしょ、だいたいわかったって。」


場面は車中に戻る。

「どうして相模さんはあんなことをしたんでしょう?」

「そうね、そこが一番の問題よね。」

「実はさっきのこと、ほとんどわかったって言ったけど、そこがわかってないのよ。」

市さんは軽く首を横に振る。

「まあ、間違いなくただ事じゃあないわよね。」

「はい。」

そしてあんな形で僕たち二人に警告したということは絶対に今回の自主退学と何らかのつながりがあるということだ。正直、わけがわからない。そんなに辰尾温泉は行ってはいけないところなのか?普通の観光地ではないのか?

「あとはこの坂道を上れば、ご実家の名堂館よ。」

坂というには曲った車道と林しか見えない。

「山道にありがちなヘアピンカーブよ。いろは坂みたいに長く続くわけじゃないわ。」

いろいろあったが、これでようやく到着というわけだ。だいぶ寝てしまった人間がここで下手に発言するとひんしゅくを買う、沈黙は金だ。

フェラーリは上りもなんのそのでヘアピンカーブをどんどん上っていく。東京のデパートによくある立体駐車場をどんどん上っていくような若干の気持ち悪さがあるが、市さんの言う通りなら長くはかからない、まあ我慢だ。

と、また道を左に曲がるその時だった。

え、市さんがつぶやく。

ハンドルコントロールが乱れた。

もう少しで林に突っ込むところだったが、そこまでスピードが出ていたわけではないのが功を奏した。

ギリギリで止まる。市さんはハザードを付けると「ちょっと待ってて」といい、フェラーリの前輪を見始めた。僕も外に出る。

「なにこれ。」

「釘ですね、こりゃひどい」

左側の前輪に3本ほど、大型の釘が見事に刺さっていた。

「わざと撒かれていたと見るべきかしら、ずいぶん悪質ね。」

釘1本程度なら車のタイヤは急に空気が無くなることはない。ゆるやかに空気が抜けるか、きれいにタイヤに入れば釘自体が抜けない限りしばらく走行は可能といえる。だが工事用の大型の釘3本同時に抜かれたならこうもなるだろう。釘同士の短い距離に裂傷のような間隙ができてしまっている。

ほんのわずかに摩擦音が聞こえた。

振り向くと軽トラックが猛然とこちらに向かってくる。

「危ない!」

同時に気付いたのだろう。

僕と市さんはヘッドスライディングのように横に跳んだ。

間一髪、フェラーリに軽トラックが衝突する。

あっぶな!!

ひどい衝突音の後、ギギギギギギと少しフェラーリを押し出すようにして軽トラックは進行方向をずらし、さらに近くの松の木にぶつかって動きを止めた。

運転手の安否を確認しなければならない、僕は立ち上がった。

「悲惨な事になってるかも、私が見るわ。」

市さんが軽トラに近づく。近づいた市さんは少しじっとしていると。突然スマホを取り出してライトで照らし始めた。ドアを半分開けてパシャパシャ写真も撮っている。

さすがに不自然なのでこちらも近づく。

運転席には誰もいなかった。市さんの視線は足元に向いている、一見したが、アクセルペダルに何か細工がしてある風ではない。サイドブレーキも同様だ、マニュアル車である、キーはつけっぱなしだった。

軽トラに気付いた瞬間のことを思い返す。エンジンが切ってあったからあそこまで静かだったのか。

エンジン音がしているのなら、タイヤに気を取られていたとはいえあそこまで気付くのに遅れることはない。そういえば、東京でたまに見かけるようになった電気自動車はかなり静かだったが、この軽トラはそれ以上だ。

「ふう。」

一通り写真を撮り終えると、市さんは息をついた。フェラーリに目を向ける。

「両方ともお釈迦ね、うちのフェラーリはシャーシが歪んでいなかったら、直るかもだけど。」

「そういう問題ですか、これ」

僕の手は少し震えている。

どう見たって殺人未遂ではないか。

警告がすぐさま現実になったのだ。

フェラーリは左のヘッドランプが粉々に砕け、ボンネットも盛大にへこんでいる、エンジンの状態はこじ開けねば見られそうもない。

「行くわよ。」

その一言以外は何も言わず、市さんは雪の残る山道を登り始めた。遅れて僕も車に積んであった荷物を両肩に引っ掛け黙ってついていく。

名堂館はすぐそこのはずだ。ただそこには明確な殺意をもった敵が存在しているのは間違いない。

「帰ろうとは思わないの?」

振り向かずに市さんは言った、歩行速度は全く緩めないまま。

確かに時間はかかるが、ここを今から下り、「辰尾温泉街」の方に行けば、今日休むところも移動手段も見つかるだろう。警察もいる。理性的な判断だった。

「はい。」

僕は理由を言わない。

僕はあの相模律という娘が加害者であろうが被害者であろうが、「こんな環境」にいることを桜子が許容するかどうか考えている。そしてその答えは明確だったし、僕も同意見だった。

結構前をのっしのっし歩いている名探偵がどう考えているかは不明だ、しかし、命を狙われ、愛車をお釈迦にされ、それでもごちゃごちゃ言わず前を進んでくれている、それだけで十分だった。

この人は信用に足る人だ。僕は確信した。

と、ヘアピンカーブの道路の曲がり角でまた市さんはパシャパシャ写真を撮り始めた。その奥にはやや林が開けた所があるだけである。見えないがもしかしたら脇道があるのかもしれない、ここの部分だけガードレールが設置されていなかった。なにしてるんですかと声を掛けようとしたらもう撮るのを止めて歩き出した。明らかになにか考え事をしている。

雪の上り坂、運ぶボストンバッグの重さで両肩が痛い。

名堂館まであともう少しだ。



「いらっしゃいませ、道中お疲れさまでした。」

それが玄関口で待っていてくれた和服の女将、つまり相模さんの親御さんの第一声だった。僕たちの格好が雪と枯れ草にダイブしたせいで結構濡れていたからだろう、怪訝な顔をしている。

「お車はどうされました、そのお召し物もお着換えを用意いたしましょうか」

この格好で徒歩でくればこの対応はいたって普通か。

「ここの坂のヘアピンカーブに釘ばらまかれて停車した所を無人の軽トラにはねられそうになったのよ、車もお釈迦になったわ。心当たりありません?」

なかなかストレートなカマ掛けである、カマだけに。

女将はピンとこないと言った顔だ。演技だとしたら相当の狐だろう。この人が相模さんの親御さんか、顔は相模さんから柔らかさを取ったような顔、身長はほぼ同じぐらいだろうか、女性としてはまあ普通の体格である。一番の違いは相模さんの笑顔は女子大学生の姦しさがあったが、この人のは「営業スマイル」である、決して悪い意味ではなく。大人と若者の違いとも言える。

「軽トラックですか?うちには下の温泉街から布団引きのバイトさんが3時ごろ来るのと、衣類などのクリーニング業者、契約している農家さんが午前中に来ますが、午後に軽トラックがくることはありません。」

女将さんは続ける。

「でも、もしかしたら農家さんの車が故障して一旦放置したときにブレーキをかけ忘れたのかも知れませんわ。サイドブレーキはかかってなかったんですよね?」

確かにそう取れなくもない、ぱっと見ブレーキには細工した様子は見られなかった。

「あり得ないでしょう。」

市さんが即答する。

「どうして・・・。」

「2点ですね、まず、あの釘の存在ね、撒かれた釘でタイヤがつぶれた状態で無人の軽トラがぶつかってきたんだから事故なわけないでしょう。あとブレーキのかけ忘れで、徐々に加速してあの速度でぶつかってくることはあり得ないと思います、私たち何個目かのヘアピンカーブが終わった所にいました、百歩譲って次の曲がり角の地点からぶつかってきたとしても道路上の直線なのだからサイドブレーキのかけ忘れで速度ゼロからのろのろ加速してくるトラックを私たちが気付かないわけがない。」

なんの細工もない限りわねと市さんは付け加える。

ぶつかる直前まで僕たちが気付かなかったのは車のパンク、エンジン以外に理由があると。僕は雪のせいだと思っていた、雪が摩擦を減らし、音を吸収したのだと、雪にはそういう効果があるはずだ。

たしかにぶつかってきたときの軽トラは体感だが時速60kmは出ているように感じた。あの距離であそこまで加速するのは確かに無理か。

「十中八九、軽トラックは曲がり角の奥の林に伏せてあったんだわ。私たちが前輪のパンクに気を取られているうちに2、3人がかりで思いっきり押したのよ。」

なんつー力業を。でもだ。

「林の中だからって軽トラックを隠せますかね。」

「真昼間だったら無理ね、でもさっきの時間なら可能だわ。林の中って意外なぐらい光を通さないのよ。薄暗い道路と違って林の中は完全に暗闇だった、あっちからはこっちが見えてこっちからはあっちが見えない状態だったというわけ。」

市さんは続ける。

「それに加えて道路側より奥の林側の山の方が斜度がきつかった、あまり距離が稼げないとしても斜度と初速で補填できる。」

そういえば昔の小学校の問題にそんなのがあった。ルートAとルートBを玉がひとつづつ転がります。両ルートは下り坂、平面、上り坂でシンプルに構成されていて違うのは坂の角度だけ。Aは20度、Bは30度、さてどちらの玉が先にゴールにたどり着くでしょう。

わかるだろうか。

答えはB。平面を転がる時の速度がBの方が速いためである。斜度の違いにより平坦な道に入ったときの初速が違うのだ。意外と正答率は悪かったらしい、Bの方は上り坂の角度も大きいため、到着時間は変わらないと答えた生徒も多かった。

うん?あまり関係なかったかな。

ていうかちょっと待てよ、だったらさっき林の奥で写真を撮っていたのはおそらくスマホのライトで軽トラックの痕跡を見つけたからだろう。証拠じゃないか、なぜ女将と僕に見せない。

疑っているのだ、本当に。女将が僕たちを殺そうとした一人だと。そして僕の仕草や目線や発言すべてが女将へのヒントにならないように、こちらが証拠を保持しているとわからないように、僕に伝えていない。先ほどからの対応でうすうす感じていたが完全に自分を僕の「保護者」だと思っているようだ、悪く言えば僕のことを足手まといだと思っている。ただただ依頼主だから同行していると。

なるほどなるほど、我慢ならない。

「市さん、あの軽トラ、どのくらい速度が出ていたと思います。」

「うーん、60キロは出ていたと思うけど、でもどうして?」

グッド。

僕は急いでこの坂について携帯で調べ始めた、斯波坂というらしい、道路の斜度は平均7度。カーブからカーブまでの距離なんて書いていないが、全長は5kmと書いてある、カーブは9か所、つまり一か所当たりの道路の長さは5km÷10になる。(?と思った方は実際にメモ用紙かなんかを折ってみてほしい)体感ともあまりずれてはいない。だいたいで良いのだ、おそらく重力加速による速度は時速60Kmには全然到達しないはずだ、それを確認できれば良い。時速60Kmは秒速16.667m

カーブ間の距離が500m 斜度は7度 重力加速度は高校で習うが9.8m/s2

斜面を2次元的にx軸としてとらえると斜度がθ、なので16.667m/s≦sinθ(θ=7度)×9.8m/s2×経過時間t(s)+0(初速がO)が否定できれば良いわけだ。計算サイトでsincosの計算をθの値を入れれば自動的に値を出してくれるサイトがある。受験生のときにたまにお世話になったのを覚えていた。探して打ち込む、7度のsinθは約0.122。0.122×9.8=1.1956 まあ1.2でいい。うん?これからどうすればいいんだ・・・。ああ、こんな計算する必要ないか?加速度は速度を時間で割ったものなのだから。僕たちの地点に500mかけて初速0、最終速度60Kmで衝突したとすると平均時速は30Kmなわけだ。つまり8.334m/s。それが500m動くのにかかる時間は59.995秒となる。ほぼ1分。

「んっなわけあるかーーーーーーーーーーーーーい!!」

つい叫んでしまった。

1分もかかっているわけがない。僕たちが車外に出て刺さっている釘を見つけ会話をし、軽トラックの接近に気付くまでいいとこ30秒だ。つまり平均速度に倍の速度が必要である。エンジンはかかっていなかったのだから答えは一つ。僕や市さんが思っているより最終速度が速かったのだ。しかし、最終速度が倍の120Km出ていたかと聞かれればそれもあり得ない。そんな高速道路上の速度をとっさによけられるほど反射神経は僕は良かあないのである。つまり後平均速度を上げる要因になるものは一つだ。初速だ。初速が必須なのだ。初速0は概算上ありえないのだ。地面との摩擦や空気抵抗を考慮に入れても減速的な要素なのでそれは変わらない。今それがわかった。簡単なことじゃないか。

ていうかなんで僕はsinθ使って計算式作ってたんだ。マジで恥ずかしい・・・。

髪の毛をぐしゃぐしゃにせざる負えなかった。家に帰ってさっさとふて寝したい気分だ。

ふと我に返ると市さんと女将がこちらを唖然とした顔で見つめている。

そうか僕は突然携帯で何かを調べてぶつぶつ計算をはじめ、「んなわけあるかーい!!」と突然叫んだ人間になるのか。

結局、この20年の人生史上、もっとも必死に計算式を説明するはめになった。

ただ前半の式が結局不要だったので、説明は簡易だった。叫んだ理由も理解してくれたようだ、恥ずかしいことには変わりないが。

「はあ・・・、事故じゃないということはまあ、なんとなくはわかりました。とりあえず警察をお呼びでないということですので、警察を呼びましょう。よろしいですか。」

女将が言う。市さんはそれを手で制した。

「この時間に連絡しても結局本格的な現場検証は明日になるでしょう。警察を呼ぶと質問などでそちらに時間を取られます。こちらとしては警察への連絡より先に済ませたいことがあります。中に入ってもよろしいですか?」

そういえば外は先ほどまで逢魔が時と言っていい時間と空間だったのにいつのまにか完全に暗くなっている。

「わかりました、ついてきてください。」

中に案内してくれる。ロビーには右手に受付のカウンターがあり、左に通路、中央に広間の構成、奥に何脚かの椅子とバーカウンターらしきものがある。時分によって客がコーヒーや酒でも飲むのだろう。中居さんが動いているのが見える。左通路には温泉の表示があった。

黒蛇こくじゃの湯?

目線で文字の先を追うが温泉自体は通路の奥にあるようでよくわからない。とりあえず女将の案内に従う。

結局案内されたのは、受付の奥の一室だった。事務机にはPCとレターケース、あとは従業員の休憩用だろう、プラスチックとスチールでできたアイボリーカラーのテーブルに同じ素材であろう5脚の椅子、壁には灰色のスチールキャビネットにキン〇ジムのファイルが並べてある。ロビーと違って狭さは露骨に感じる。

「どうぞ。」

着席を促されたので部屋の奥側に二人で座る。女将さんは市さんの真正面に。

「まずは自己紹介をさせていただきます。わたくし、東京で探偵業を営んでおります市妖花と申します。隣におりますのは、私の依頼主であり、SY大学阿久津教授の代理人である野慈 始さんです。野路さんからは今回の同行と問題解決を依頼されております。」

ちらとこちらを見る。へいへい了解しました。

「ご紹介を受けました野慈と申します。普段はSY大学で学生をやっておりますが、今回は阿久津教授の代理としてこの場でお話させていただきたいと思います。お忙しいところこのような時間を作っていただき大変恐縮です。本来、大学関係者とご家族のみで話し合いをすべきところですが、電話での話し合いではそちらのご意見が失礼ながら一辺倒で解決まで至らなかったこと、またこちらの次回の教授会の日程などもあり、阿久津教授は急を要する事態だと判断しました。そこで自由に動ける人材として、かつ問題解決のスペシャリストとしてこちらの市先生にご協力を仰いだ次第なのです。」

自分が積極的に動いた事実は伏せておく。まるで阿久津教授の助手のような振る舞いをしておけば、動きやすいだろう。

「……女将の相模妙子と申します。この度は私の不明により、お二方に遠路はるばるお越し頂きまして、大変申し訳なく思っております。」

女将の瞳からは少しのとまどいが見えた気がした。











































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