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醍醐院寿三郎の冒険  作者: 石井 秋文
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醍醐院寿三郎の冒険パート4

5、醍醐院寿三郎

「かくかくしかじか。」

僕は事件?の内容をできるだけ詳細に話す。といっても今わかっていることはそこまで長い内容ではない。

それに事件というより単なるトラブル解決に近い、少々不可解な点を除けば。

最初はとても楽しそうに聞いていたうんうんうなずきながら聞いていた市さんだったが、話が終わりに近づくにつれ、真剣な、重苦しい表情になってきた。

市さんの第一声は

「聞かなきゃ良かった。」

「えっ何でですか。」

依頼を断る気なのだろうか。

「いえ、なんでもないわ。仕事は受けるわ。紛らわしいこと言ってごめんなさいね。」

なんでもないわと言われてもとてつもなく気になる。

立ち上がった市さんは棚のファイルの内一つから資料らしきものを取り出す。

「ハイ、ではこちらが料金プランになりま~す。」

ファミレスの季節のメニューのようなデザインの、ラミネートコーティングされた二つ折りのパンフレットを渡された、片面A4サイズ。

口頭での説明のとおり表紙には「料金プランのご案内」とある。

一応僕を「客」として受け入れてくれたのは有難いが、ノリと小道具のせいでまったく探偵事務所っぽくない。パンフのベースの色もピンクだし、フォントはどこで見つけて来たのかひどい丸文字である。

中を見ると大きく「いつもニコニコ現金払いコース」「ほぼほぼ無料タダ得割コース」とある。

「13万!?」

「いつもニコニコ現金払いコース」には初期費用つまり前払いとして13万円に加え、後払いで解決に掛かった日数×4万、交通費など職務中の実費別途。さらに成功報酬として10万円の支払いになるとの表記。ってことは依頼解決した場合は4日間で39万円以上が確定する。

ちなみに言っておくと僕の銀行通帳には3万4千円ほどしか貯金はない。

えーと、まずいな、薄々予想していたとはいえ、全く払える金額ではない、なるほど「客層」が違うとはこういうことか、基本的に此処にはある程度の財産を持つ人間しか来ないのだ。しかしどう考えてもヤバい内容であろう「ほぼほぼ無料タダ得割コース」の説明は読みたいとすら思わなかった。約40万円が「ほぼほぼ無料タダ得割」になる条件がまともなはずはないのだ。それにしてもなんだこの「頭痛が痛い」みたいな書き方は。

でも、でも。

諦めに似た感情が僕を支配する。パンフレットの右側を見る。

「ほぼほぼタダ得割コースは本当にお得!、お支払いは交通費などの実費を含め、一切頂きません!

条件はたった一つ。「探偵を満足させること」ただそれだけなのです!」

このオカマ探偵を満足させる?非常に嫌な予感しかしない。

読み終わったのが判ったのだろう。黙っていた市さんが立ち上がり話かけてきた。

「んふふ、我が探偵事務所の実績を鑑みてもなかなかリーズナブルな値段設定にさせて頂いてますわ~。

みなさん喜んで払って下さるのよ、だからこそニコニコ現金払いコースですわ。」

払えないのわかって言ってやがんな、この野郎。

「まあ、でも万が一、お支払いできないということでしたら隣のコースでも全~然っ!構いませんのよ、ワタシとしては~。」

ちょっと待って、なんでソファーの左隣に座る。

いきなり僕の太ももにその、なんていうか「さわさわ」してきた。

ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

叫びそうになるのをギリギリでこらえる。

太ももからしびれるような不快感が背骨を抜けて後頭部で拡がる。

電車で痴漢の合う女性ってこんな気持ちなのだろうか。神経を蟲に直接、なぶられているような地獄。

「さあて、どちらになさいます、お客様~。」

満面に邪悪を垂らした笑みを浮かべながら問いかけるクソオカマ。

目が「久しぶりの若いオ・ト・コ」と激しく主張している。蛇の様な細いちょろちょろした舌が今にも出そうである。

こちらの話から今回の件に時間的余裕がないことを当然相手は知っている。

本性を現しやがったな!誰が契約するか!

これも口に出すわけには行かない。当然、契約は成立させなければいけない、無事穏便に。

耐えろ!耐えろ、野慈 始! 桜子のためだ!

「その、もし「満足」させられなかったら、どうなるんです。」

とてつもなく怖いが必要な確認事項だ。

「その場合は現金コースと同額を後で一遍に払って頂くことになりますね~。払えるのならですが。」

つまり後で教授に交渉して支払ってもらうことも可能ということだ。

とは言え、清水の舞台から飛び降りる心境。

「判りました。ではほぼほぼタダ得割でお願いします。」

ニンマリと言った表情のオカマこと、市妖花。

「では、契約書の内容を確認の上、こちらにサインと印鑑を。」

あちらは手際良く、契約書と黒いボールペン、朱肉、印鑑拭きを置く。

あっ

「印鑑は持ってこなかったのですが。」

「拇印で構いません。」

ティッシュ箱も置かれた。

甲だの乙だのと書かれた書類に免責事項だの個人情報の取り扱いについてのセンテンスが並んでいる。

またセクハラされたらかなわない。

さっさと書いてしまおう。

ボールペンで最下段の下線が付いているところに署名する。

ん、何だ?

違和感を感じ、もう一度書類の下部を見直した。

え。

気付いた僕は油の切れたカラクリ人形のようにぎぎぎぎぎと首を回しながら左側の自称 市 妖花を睨みつける。

暇だったのだろう。また手を伸ばそうとしていた市 妖花ことセクハラクソオカマは、びくっとしながら手を引っ込める。

「ど、どうしたの。」

僕の形相を気にしているようだ。

「い、いいじゃない、太ももぐらい。減るもんじゃなし。ほぼほぼ無料タダ得割コースなんだからそのぐらいのサービス!」

何がサービスだ、何が。

それに触ったのは契約書に署名する前からだろうが。

まあ、今はそんなことより重要なことがある。

「市妖花さん、確認しますがあなたはこの探偵事務所の代表ですよね。」

本来、馬鹿馬鹿しい質問だ。

「当たり前でしょ、ちゃんと市妖花探偵事務所って契約書にも・・・。

はあああっ。」

市妖花は結構なオーバーリアクションで立ち上がる。

なぜ左手でアイーンをしているのか。志村○んかお前は。

そう、目の前にあるのは契約書。契約書に偽名は書けない。

そして話ぶりからの推測になるが今まではお金を持っている「客層」相手ばかりで

「ほぼほぼタダ得割コース」を選ぶ奴はほとんどいなかったはずだ。(そうでないと商売として成り立たないので当たり前と言えば当たり前だが。)

人生に余裕ある人は今からするようなこういう追いつめ方はしない。

大抵の人は大人として空気を読んでスルーする、僕はしない。

相手の弱点を見つけたらそれがとてつもなく百済ない事に思えようが、事徹底的に追い詰め、叩く。

それが自分の利益に、保身に直結する場合がある、なりふり構ってなどいられないのだ。

「事務所代表の名前欄には醍醐院 寿三郎って書いてありますけど、何かの間違いですかね?」

僕は契約書を掲げ、右手でその箇所が良く見えるように指差した。

「もしかして、この醍醐院寿三郎ってへんちくりんでクソダサい名前もしかして本名ですか?市妖花さん。

いえ、失礼しました市妖花は単なる偽名でしたね、醍・醐・院・寿・三・郎さん。」

がっくりと力を失くしたようにソファーに座る市妖花こと醍醐院寿三郎。

ぶつぶつ何か呟き始めた。

たかが本名ごときでなぜここまでダメージを受けるのだろう。契約書に書いてあるのだから当然依頼人には毎回毎回認識されているわけなのに。

「本名・・・、本名・・・。」

まだ言っている。事件解決に影響が出なければ良いが。

「本名はね。選べないのよ。」

厳密に言うと、戸籍上の改名は可能であるはずだが、スルーする。僕も20超えた良い大人だから、空気を読まねば。

「百歩譲って醍醐院は判らなくもないわ。昔っからご先祖様が守ってきた名字だし、

でもでもぜぇったいに「寿三郎」だけは許せない!」

憤懣やる方ないと言った表情。右腕をガッツポーズみたいにして目をメラメラと輝かせている。

たしかに悪魔ちゃん命名事件(1993年)を彷彿とさせなくもないが、そんなに嫌かね「寿三郎」。

なにはともあれ、元気なったようで何よりである。本題にもどろう。

「それで、寿三郎さん、相模さんの実家の事なんですがってあれ?」

またしょぼんとしている醍醐院寿三郎。面倒臭いなあ。

まあ三蔵法師が悟空が悪さしたときに唱える呪文みたいで良いかもしれない。

またセクハラしたら寿三郎呼びしよう。

「元気だしてください!素敵で可愛い市妖花さーん!」

リップサービスぐらい心得ている。

「はーい!」

とっても元気な声。ここが保育園だったらハナマルあげちゃう。

「よし!野慈君。さっそく、相模さんの実家に突撃して、親御さんと律さん本人に面会!さっさと済ませちゃいましょう!」

「足はどうしましょう。」

「裏の駐車場に車があるから乗せてあげる。ほら、行くわよ、急いで!」

どたたたとショルダーバッグを肩にひっかけ、鍵も掛けずに部屋を出る市妖花探偵。

そういや相模さんの実家の番地までは聞いてなかったな、学生課は当然把握しているのだから、阿久津教授に聞こう。研究室で阿久津教授の電話番号は確認してあるから困ることもない。

とっくに型落ちした僕のスマフォを手にして、いまさら気付く。

阿久津教授、もしかして「ほぼほぼ無料タダ得割」の事を知っていて、僕をけしかけたんじゃなかろうか。

いやそうに違いない。


阿久津教授、なんて悪い奴なんだ。




















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