表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

( だから、返事が遅くなったのは悪かったって }


 文章を打ち込んで、送信。スマホの文字入力は苦手だ。上の文章を打つだけでも、何度も入力ミスをして結構な時間がかかってしまう。


{ 本当にそう思ってる? (-"-;) )


 対して、シロキ――今私が付き合っているカレシ――の入力は速い。まるで私の返信を予測していたかのように、秒単位で返事を送ってくる。


{ トモノって本当はオレのこと愛してないんじゃないの? )


 そんなことはないよ、と打ち込む前にメッセージが来た。


{ いっつも仕事仕事で、全然返信してくれないし。先週もデートドタキャンしたよね。なんかオレ、トモノに愛されてるか自信がなくなってくるよ )


 イラッとする。文章を打つスピードが遅いとしても、ちゃんと夜には返信しているのに。むしろフルタイム勤務のくせに24時間お構いなしにメッセージを送ってくるおまえは何だ、と言いたい。


{ 仕事とオレ、どっちが大事?)

( シロキ }

{ 嘘ばっか )


 不幸にも、昼休みが終わる時間だった。


( 休憩終わるから、切るね。続きは夜話そう? じゃあね }


 送信してすぐ、スマホの電源を落とす。こうでもしないと延々とメッセージを送って、終いには電話までかけてくるのがシロキだ。いくらマナーモードにしても会議中に鳴らされれば結構響く。入ったばかりの新人時代ならともかく中堅になりつつある今、そんなことでみんなの前で上司に小言をくらうのは勘弁してもらいたい。


――男選び、間違ったかな。


 しかし、今からまた新しい恋を始めて、交際して、婚約にこぎつけることを考えると果てしなく気が重い。そもそも新しい恋を始めようにも出会いがない。

 まあ文句を言い出したらキリがない。シロキもあれでいいところはあるのだ。優しいし。働いてるし。


「またなんか、こじれてるみたいね。いいオトコ、紹介しようか?」


 向かいの席に座る笹宮さんがそう言ったが、そもそもシロキも速攻で別れた前カレも彼女の紹介なのだ。悪意をもってハズレをあてがってきている疑惑があるので丁重に辞退する。



************



「――みんな、緊急ミーティングだ。悪いが午後からの仕事はちょっと後回しにして、付き合ってくれ」


 百野(ももの)課長が入ってくるなりそう言った。プロジェクターのある会議室へ移動。全員が着席すると、いつものように課長はおもむろに一同を見回した。その目は両目とも義眼である。過去に魔法少年を取り押さえる際、両目を抉られたのだという。それ以来、視力を魔法で補っている。


「最近連続している失踪事件な、やはりウチの管轄だということが判明した」


 このところ小学生の失踪事件が連発していた。身代金の交渉がなかったことから当初は迷子として認識されていたが、それが不自然なまでに連続したことで関連性を持つ事件として認められた。

 行方不明者の中には私達がマークしていた魔法少年も含まれている。それも多数。だから私達の中で半分以上の者が、これは私達にもいずれ関係してくる事件なのではないかと疑っていた。


 そしてそれは、不幸にも的中していたらしい。


「資料を見てくれ」


 ディスプレイには関東一円を示す白地図が表示されていた。そこに、行方不明になった児童が最後に目撃された地点を示す赤い点が、失踪報告が出た順番に刻まれていく。


「縮まってる……?」


 マチカがぽつりと呟く。失踪事件は西に東にとランダムに起きているように見えるが、1日単位で見ると赤い点はある一点を中心とする輪の中で起きたものだった。そしてその輪は日が経つ毎に小さくなっていく。


 うむ、と課長は頷いた。


「捜査二課もこれに気付いたから、『失踪事件』は『連続失踪事件』になったわけだ」

「この中心部分、何があるんでしょうか?」

「何もない。田んぼが広がっているだけだ。……目で見える範囲では」


 含みを持たせた言い方に、誰もが気付いた。


「……マジカル結界ですか」


 マジカル結界。そこにあるものを見えなくしたり、特殊な亜空間への見えざる入口を設けたりする魔法技術だ。


「そうだ。なおこの中心部分を以後『ポイントX』と呼称する」

「ウチらにお鉢が回ってきたのは、それでですか?」

「いや、警邏(けいら)中の巡査が人気のない場所をフラフラ歩く子供を見つけて保護しようとしたんだが、そこで『珍妙な服を着た子供』から妨害を受けノックアウトされたんだ」

「珍妙……なるほど」


 苦笑いが広がる。何しろ自分達も似たような衣装を着ているのだから耳が痛い。


 少しばかり空気が緩んだところで、課長は咳払いをして場を引き締めた。いつになく真面目な表情で続ける。


「私は、これを異界生物の新しい勧誘方式と考えている。それも、大規模かつ組織的な」

「確かに。失踪者の数、1カ所の異界生物が集めるには多すぎますよねぇ」


 通常、異界生物は片手で数えられる程度の子供しか勧誘しない。故郷を侵略から救いたいなら戦力は1人でも多い方がいいし、個人ではなく政府に接触を図るべきだと思うのだが、彼等はそうしない。


 理由は幾つかある。第1の理由は子供達を魔法少年に変えるアイテムは希少で、彼等にも量産できないこと。第2の理由は人間界が第2の侵略者になるのを恐れていること。そして、どうやら人間界以外では集団戦の発想がないか、あるいは未熟らしい、というのが第3の理由だ。


 多次元並列世界においては、私達の世界のような、千人万人単位で構成される軍隊というのはポピュラーではないらしい。多くても10人ほどの、一騎当千の魔法使いが軍事を一手に引き受けるのがスタンダードなのだそうだ。城を守る衛兵はいても、こちらの世界でいう警備員程度のものでしかない。だからこそ容易に侵略の憂き目に遭うのだが、それでも彼等には軍隊を持つという発想が出てこない。彼等の持つ唯一にして絶対の兵器であるマジックアイテムが適合者にしか使えないことが影響しているのだろうか、生まれつき戦士になるべき者とそうでない者に分かれていて、それはどのような状況におかれても絶対不変だと彼等は考えている。


 それ故に、自分達が武器を取るのではなく異世界の『戦うべき者』に頼るという発想になるのだろう。それも、「今まで贔屓にしてた定食屋が潰れたから別の定食屋に行こうぜ」くらいの気安さで。当たり前のように揉め事を押しつけられるこっちにとってはいい迷惑だ。


「我々の活動に業を煮やして、奴等も複数の世界同士で手を組んだらしい。それでも自分達で連合軍を作って戦うのではなく、子供達を兵力にしようとするのが奴等らしいがな。問題は、子供達が失踪しているという点だ」


 異界生物は魔法少年達の日常を妨害しようとはしない――手助けもしてくれないが。「学校なんて行ってないでさっさと自分達の世界に来て敵の親玉をやっつけてくれ」と言い出すのはレアだ。だがこれは自分達のために戦ってくれる相手に遠慮しているのではない。きっと戦略を考えるのも戦士自身の仕事だから、魔法少年が自分から日常を放棄する選択をしない以上、それに異を唱えないというだけなのだ。


 それが今回は子供達が失踪している。いくら子供とはいえバカではない。学校に行きたくないとは思っていても行くべきだというのは理解している。現実から逃げ出したいと思っていたとして、本当に逃げ出してしまえる子供がどれだけいるのだろう。


 子供達のプロフィールを見る。本人に訊いたわけではないとはいえ、家庭環境はだいたいが良好だ。あまりアテにはならないが、いじめを受けている子供もいないらしい。


「――――ッ」


 隣で息を呑む音がした。同期の宇佐木(うさぎ)ツキノが驚愕の表情でファイルを見ていた。顔面が見る間に蒼白になっていく。

 彼女の開いたページには、1枚の女の子の写真が中央に大きく載せられていた。そのページを探して手元のファイルをスクロールする。最終ページに少女の写真はあった。


『巡査の証言を元に製作した魔法少年のモンタージュ写真』


 気の強そうな――そりゃ襲われた側の証言から作ったのだから攻撃的な表情になるのは当たり前か――少女の目が自分を見つめ返す。何処かで見た顔だ。その既視感の理由に気付いて、私は隣に視線を向ける。

 温度というものを感じさせないツキノの目が、じっとこちらを見返していた。


「――A班は今日の勧誘範囲を、B班はポイントX付近で張り込みだ。しばらく時間外勤務が増えるが、埋め合わせはするから我慢して欲しい」


 課長の話は実際的な捜査活動に移っていたが、上手く頭に入ってこない。


「――そして最後のページだが、これが巡査を襲った魔法少年の顔だ。心当たりのある者はいるか?」


 ツキノは小さく首を横に振る。私は何も言えなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ