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 もしあなたの前に、雨に濡れた犬猫のような、同情心と庇護欲を大いに刺激する喋る生き物が現れ、救いを求めてきたとしたら。


 そいつは地球とは違う、別の世界に住んでいる生き物だとあなたに語る。故郷を理不尽な侵略によって奪われ、ただ独り、命からがら逃げてきたという。しかもとんでもないことに、その侵略者の魔の手はあなたの住むこの地球にも伸びてきているというのだ。

 侵略者に対抗する武器をその生き物は持っている。だがそれはそいつ自身には使えず、なんとあなたにしか使えないことが判明する。

 そこでその生き物は言う。自分と一緒に侵略者と戦って欲しいと。


 引き受ければあなたは英雄になれる。その生き物が持つ武器を自分のものとして好きに使える。それはつまり、いずれ来る侵略者の攻撃に際し、親しい人間を優先的に守ることができるということだ。その力を自分だけのために使う自由もあるだろう。ただし、侵略者相手か人間社会相手かは兎も角、厳しい戦いが待っているのに変わりはない。


 断れば、生き物は武器を使える他の誰かを探しに行くだろう。危険なことはその誰かがやってくれるわけだが、そいつが自分を守ってくれるかはわからない。その誰かは自分の野望のために力を使うかもしれない。また、他の適合者が見つからない可能性だってある。その場合、この世界は侵略者に為す術なく滅ぼされてしまうかもしれない。


 あなたがどちらを選ぶかは知らないが、かつて前者を選択し、自らを犠牲にして2つの世界を守った少女がいた。

 その伝説は様々な世界に語り継がれ、おかげでこの国には、救いを求める異次元の知性体が国境どころか次元の狭間を越えてやってくるようになったのだった。


 彼等は伝説に則ってか、あるいはまだ判断能力がしっかりしていないのにつけ込んでいるのか、子供――特に女児――を狙って救いを求める。いくら子供でも現実とアニメの区別はついているはずだが、どっこい、純朴な正義感やヒーロー・ヒロイン志向、あるいはただ暴れたいだけの理由で契約を結ぶ子供達は大勢いた。


 特殊非搾取児童、通称『魔法少年』。対象が女児の場合は魔法少女とも呼ばれる。

 恥ずかしながら、私こと桜木トモノもその1人であった。


 そしてそんな少年少女を危険な戦いの日々から解放するために、公安主導の下に特定少年課――通称『魔女課』は結成された。かつて魔法少年であり、今も魔法を行使可能な人材が極秘裏に集められ、密入国及び不法占拠を行う異界生物の摘発及び駆除にいそしんでいる。



************



「先輩の言うとおりでした、やっぱりいましたよ、仲間」


 食堂で遅い昼食をとっていると、カナハが近づいてきた。目の前の席に座る。彼女も今から昼食らしい。トレイの上にはミートソースパスタが載っていた。


「先輩はネギトロ丼ですか。女子力低いなぁ」

「ほっとけ。で、仲間って?」

「ほら、あのハルモニアンナイツとかいうの」

「ああ」


 4大精霊――地水火風にそれぞれ精霊が宿っているという中世の思想で、オンディーヌとサラマンダーはそれぞれ水と火の精霊の名前だ。だから残り2つ、つまり風の精霊シルフと地の精霊ノームの名を冠したハルモニアンナイツの存在が考えられる、と報告書に書いた気がする。


「先輩は物知りですね。わたしはサラマンダーとか、お経の文句だと思ってました」

「あの子、どうなってるの?」


 サラマンダーを殺害してから既に3日が経っていた。人手不足から私とマチカは別の案件に移され、後処理はカナハ1人でやっている。


「マチカ先輩は流石にやり過ぎですよね。オンディーヌちゃん、立派に引きこもりになってましたよ。訪ねていったらパニック起こしてろくに話ができませんでした。まあ、親友を一瞬でミンチにされちゃ仕方ないですけど」


 あはは、と笑いながらカナハはミートソースをフォークで弄ぶ。


「まあその辺は私のコミュ力をフルに活用したわけですけど、あの場にはいなかっただけであと2人仲間がいました」


 どう活用したかは訊かない方がいいだろう、と思った。興味もない。ハルモニアンナイツの件は私にとって既に終わった出来事だ。終わったことをいつまでも引きずっていたらキリがない。無数に存在する異世界の不法入国生物による児童略取・不法労働は今もなお続いているのだ。過去の事案や感傷に浸る時間はない。一方的にこき使われる少女達を1人でも多く救わなければならない。


――『一方的に』? 本当にそうか?


 機械的にネギトロを口に運んでいた手が止まった。


 私自身が異世界の都合で戦わされる『可哀想な』児童だったことで、何もリターンがなかったといえば嘘になる。いや、あの時、私にとって戦いはむしろ必要だった。


 物心ついた時から父はいなかった。性的にだらしのない母親と同じ人生を歩むのが嫌で、私は絵に描いたような優等生を演じ続けていた。子供らしい衝動や欲求を押し殺し、同年代から嫌われながらも大人達に媚びる。だがその大人達は私を都合のいい子供として利用はしても特にこれといって助けてはくれない。終わりのない忍従の日々。

 その鬱屈を解消するのに、魔法少女としての戦闘は大いに役立った。

 さながらジキルとハイドである。昼は堅物で真面目な委員長、夜は残虐無比な悪役レスラーめいた魔法少女として振舞うことで、私は精神の安定を保っていた。

 あの時、魔法少女になっていなかったら――どうなっていただろう。


 そして、そんな鬱屈を抱えて生きているのは誰だって同じだ。ハルモニアンナイツだって、これまで武装解除させた魔法少女達だってあの頃の私とさほど違いはないだろう。

 ならば私のやっていることは難病に苦しむ患者から薬を取り上げるように、彼女達の抱える問題はそのまま、その鬱屈を解消する手段を取り上げていることになるのではないか。

 自分は救われたくせに。


「……どうしました?」


 顔を上げると、パスタを平らげたカナハが途中で食べるのをやめたままの私に怪訝な目を向けていた。


「ちょっと、ね」


 私がさっき考えたことに対して、カナハはどう答えを出すのだろう。ふと興味がわいたので、尋ねてみる。もちろん魔女課のあり方に疑問を持っているとは思われないよう、慎重に言葉を選んだ上でだ。


「あの子達には悪いけど、この不景気にわたしみたいなのが高給取りになれるんだから頑張りますよ」


 それはそうだ。かつて魔法少女であり、大人になった今でもその力を保持しているという1点を除けば、私達は特に秀でたところもない凡人だ。いってはなんだが凡人としても二流三流の部類に入る。

 そんな私達がこの不景気に曲がりなりにも警察組織の一員――厳密には国家公安委員会に属している――に就職できたのだから、文句を言っては罰が当たるだろう。


「それに、世界の為だなんだといってもあの子達はまだ子供でしょう? 年端も行かない子供が重圧を1人で背負い込んで殺し合いをするなんておかしいですよ。リスクとタスクは分散させるものって課長が言ってたじゃないですか」

「そうね」


 カナハの意見はもっともだった。たとえ本人が納得ずくでも、大人としては止めるべきなのだろう。


「それより先輩、カレシさんとはどうなりました?」

「あ」


 私の鬱屈をシェアされそうになったことへの復讐ではないだろうが、カナハはより残酷な現実を私に突きつけてきた。

 スマホを取り出す。彼からのメールが未読のまま、たまっていた。


「あんまりそっけなくしてると、逃げられちゃいますよ?」

「……わかってる」


 結婚願望はある。目前に迫った30歳の誕生日に、私は焦っていた。



************



「ハーモニーランドの連中が根こそぎやられたゾナー」

「ウチも最近変な奴等が嗅ぎ回るようになったでバジャ」

「どうやらボク達が救世主の力を借りるのを邪魔している人間がいるようだホシ」

「そんなぁ、あの子達の力を借りずにどうやってガツガツ帝国の魔の手からオラーカ王国を取り戻せばいいんだラカ?」

「人間界の大人達は自分達の世界さえよければ、他の世界はどうなってもいいと考えてるポン!」

「我々が力を貸さなきゃ魔法も使えないくせに!」

「フッカイアースを倒さなければ、どのみち人間界だっていずれは滅ぼされるしかないピヨ。なのにどうして邪魔するのかわからないピヨ」

「ビョーキングダムだって」

「こうなったら、我等の力を合わせるしかないジョ」

「計画を」

「実行に移すギャ」



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