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話は聞かせて貰った。

作者: 浩太

 


 ──だが、断る。



 提示されている条件に不足はない。どちらかと言えば破格とも言える程の好条件なのだろうと言う事は判ってはいる。だが、いかんせん興味がわかない。好条件、厚待遇、etc.そんなものをぶら下げられたからといって、受け入れるかどうかはこちらの感情次第な訳で。

「何度誘われようと、返事は変わりませんよっと」

「そう、言わずに、もう少しで、いいですからっ、話を、聞いて下さい!」

 こちらのいつも通りそっけない返答に、相手は躍起になって息を切らし走って追いかけてくる。

 これはそう、性質の悪いセールスマンか、熱心な宗教の勧誘もかくやという粘り強さだ!

 そんな適当な事を考えながら、左側通行の規則を守りつつ、歩行者にも車にも注意を払い、慣れ親しんだ町の碁盤の目を疾走する。

 ああ、自転車はいい。素晴らしい。

 小回りも利くし、降りれば歩行者に早変わりも出来る。

 息を切らし人混みを掻き分けながら必死で走って追う彼には悪いが、ここで振りきらせて貰おう。

 静かにギアを上げる。

 ちなみに、上げるのは変則ギアなどではなく、自身の心のギアだ。変則ギアの自転車は、当人の力量を欺く卑怯。あれに跨がるのは、怠惰であり緩慢なのだ。決して、金額的に買えなかったなどという負け惜しみではない。美学なんだよ、美学。……うん、泣いてない。

 そしてここからの道は、サイクリングロード。つまり、私の領域だ。一蹴りに力を込め、ぐいと踏み込みを深くしてゆく。

 等間隔に座る恋人達に迷惑をかけないように気は使いつつ、涼やかな風を頬に感じながら全速力で駆け抜けてゆく。

 ざぁっ、と木々を揺らす風の音や川面の流水音に、無意識のうちに口元も綻ぶ。

 気温は心地好いを通り越して寒くもあるのだが、自然とはそういうものだと少し震えつつも実感する。

 イヤフォンをつけて音楽を聴きながらなんて最高なのだが、今の世情ではそれも出来ないのが残念極まりない。

 風景は徐々に街並みを消してゆき、自然溢れる山々が視界に映りこんでくる。空気は澄み渡り、木々の薫りが胸を充たす。

 ……まあ、排気ガスも紛れてるけどね。

 でも、基本が違うんだよ。ほんとに。心地好い空気ってのはさ。

 15分程の疾走を終え、サイクリングロードから外れて車道へと進路を変える。運良く踏切に止められる事もなく、線路を渡り信号をこえる。

 目当ての神社の参道前に自転車をとめて、鳥居に一礼し潜る。神社内の凛とした空気に、自然と背筋がぴんと伸びるのはホントに気持ち良い。

 一通りの参拝を終え、参道にある茶屋で甘酒とにしんそばを注文する。滑走していた為に大気に奪われていた体温が店内の暖房にじんわりと馴染んだ頃、注文の品が目の前へと並べられてゆく。

 いい匂いだなぁ、やっぱこれだよなぁ。

 ほっこりした気分で箸を割っていると、扉の開く音と共に荒い息が近付いてくる。

「おお、ナイスタイミング」

 平然と言い放つと、荒い息の主は恨みがましげな視線をこちらに投げつけてくる。滴る汗が、明るい金の髪を僅かにくすませているが、栗色に近いそれもなかなかに味のある風情で。イケメンは卑怯だと、心の中でごちる。

 まだ喋る事も出来ないだろう彼は、肩で息をしながらなんとか呼吸を整えようと必死だ。なんかこう、哀れな程に。よしよし、少し溜飲が下がったぞ。

 しかし、目の前には食べ頃のそばがある訳で。それを蔑ろになど出来たものか。

 いや、できまい。

「とりま、食おうよ?」

 ここ最近の流れ的に、彼がここまでやってくる事は判っていたから、最初から二人分注文していた優しさに感謝するがいい。

 まあ、到着が遅れた場合は彼自身の分が、伸びきったそばと冷めきった甘酒に変わり果てているだけで、こっちにはなんの被害もない。ただ、どんな状態になっていようが完食はさせるよ?

 食べ物を粗末にする奴は、言語道断である。土下座しても許さない。こちらは漏斗を使う事すら、辞さないからな!

 ──とまあ、そんな決意はほっぽり投げて、だ。

 まずは出汁を一口。鼻孔を抜ける香りに自分の顔がだらしなく緩むのが判る。あっさりした中にしっかりと顔を覗かせる昆布と鰹の愛しさよ。

 ひょいと放りこむと、ほろほろと口腔内でほぐれるにしん。そのにしん独特の魚臭さを消しながら、舌にぴりりとしたアクセントを与えてくれる薬味の山椒は神だな。うん、入れすぎてちょっと舌痛いけど。

 にしんの脂とその身に煮含められた旨味によって、つゆの中の出汁がしっかりとそれぞれを主張してくる。

 まあなんだ、旨いんだよ。

 単に、旨いの。蘊蓄なんていらないんだよ、旨けりゃ。

 訝しげに最初はにしんをつついてた彼なんて、今じゃ目を輝かせてるしね。旨いは正義|(好みはあるだろうがな)。

 眼前の彼は相変わらず箸使いも啜るのも下手だけど、及第点はあげてもいい。

 ぶっちゃけ、周りに食欲をなくさせるような所作じゃなきゃ、多少の不器用はスルースルー。で、旨そうに食ってるなら逆にポイントアップってなもんだ。

「──あ、それ。湯気出てなくても超熱いから、油断大敵な感じで一つ」

 疑問符を盛大に顔に浮かべつつ、表面上に一切湯気を浮かべない白濁とした飲み物を手に取る彼に一応の忠告。

 湯気の出ないとろみのある温かい飲み物の凶暴性は、侮る者を問答無用で叩きのめす──が、そんな経験者(・・・)からの優しい忠告を聞き入れるか否かは、当事者の自由である。

「──────!?!?!?」

 聞いた事もないような言語で悶絶しながらも、なんとか大声を堪えた彼への称賛の意味を込め、冷たい水をそっと差し出す。

「油断大敵って、わかった?」

 コクコクと無言で頷く彼の姿は、座っているせいか長身を感じさせず、さながら小動物といった体で。口内に水を含んで軽く膨らんだ頬も、その雰囲気を助長している気がする。

 うっすらと涙を浮かべる蒼い瞳ってのは案外綺麗なもんだなと、じっと見つめていると、ばつが悪そうに身を竦めた。

「……恋に落ちるってよりは、嗜虐心をそそられるってヤツですな。これは」

「なんなんですか、それ!?」

 心外だと非難気な視線は、まだ涙混じりで潤んでいる。

「追撃してくるとは、やるな。オヌシ」

「まったく意味がわからないんですがっ!」

 

 

◆◆◆



 腹もくちくなり、食後の緑茶に舌鼓を打っていると、行儀良く御馳走様をする彼が視界に入る。その様に、慣れてきたもんだなぁと感心してしまう。

「──文化の違いがあるとはいえ、行動の意味を理解した以上は当然のことですよ」

 視線の意図に気付いたのか、不満げな声が上がる。うむ、相互理解は大事だね。

 ならば、褒美をしんぜよう。

「あ、みたらし二皿お願いします」

 しばし待つ間の沈黙は──

「そろそろ、真面目に考えて頂けませんか?」

 懲りない青年からの訴えにより破られる。

「んー。真面目に断ってるんだけど、その辺はどうなのさ?」

 こうばっさり返されると流石にぐぅの音も出ないのか、視線をさ迷わせながら彼は必死に言葉を探す。今までのやり取りを思い浮かべながらなんとかかんとか頭を捻って頑張ってはいるようだが、アイデアももう限界を通り越してしまったようで。

「で、でも悪い話ではないと思うんですよ?」

 開き直りきれない、悪足掻きをぶちかましてきた。

 まあ。衣食住全て完備、ただ身一つで迎え入れ可能。お小遣いも十分に支給され、仕事さえ終われば楽隠居。

 そりゃあ、たしかに悪い話じゃあないさ。

 悪い話じゃあないけど。

「──ぶっちゃけ、厚待遇すぎて怖い。『うまい話には裏がある』……疑うには十分しょ?」

 そんなこちらの返答に対して、彼は目を丸くする。

「裏も何も、貴方に都合が悪いだろう所も隠さずにちゃんと説明しましたよね!?」

 激昂して声高にその後を続けようとした勢いを、香ばしくも甘い匂いが中断させる。

 立ち上がる微かに出汁の匂いを纏った甘味が、二人の視線を奪う。

 ナイスおばちゃん、ナイスみたらし。

「貴方の言うメリットとデメリットなるもの全て伝えたのに、今更裏がとか言われても……」

 解せぬと言いたげな様子で、しょんぼりと彼はボヤく。

 ほふほふと焼き立てのみたらしを頬張りながら、前から告げられていた内容を再吟味してみはするけれど。

「メリットに対しての、こっちのデメリットが低すぎるんだよな―」

「はへ?」

 まぬけ面でも、イケメンはイケメン。王子様チックな外見でそのまぬけ面ブチかまして、ギャップ萌え狙ってやがんのかこんちくしょう。

「……あー、でもなぁ。食生活変わっちゃうんだよなぁ。そのデメリットはでかいんだよなぁ」

「そこ!? えっ、そこなの!?」

 キャラが変わる程に何故か驚いている彼に、素直に首肯し続けてみる。

「別に異世界行くとか魔王倒すとか魔物ボコるとか、その辺は別に構わないんだけど。──やっぱ食生活は妥協出来ないじゃん?」

 譲れないとこは大事でしょと問い返してみた訳だが。おかしいな。驚愕通り越して茫然自失になってるぞ?

「せ……世界の命運が……食事以下……」

 項垂れた拍子に乱れた彼の前髪が付かないように、そっと彼の前に置かれていたみたらしを救出する。そしてそれを一本手に取って差し出すと、なんとも言えない表情ではありながらも、はむっとくわえた。

 よし、餌付け成功。

 ──まあ、本来ならば切羽詰まってるだろう彼を巻き込みながら、どこまでも呑気に見える現状ではある訳ですが、ちゃんと理由はあるんですよ?

 現段階、異世界の時は止まっているらしい。彼が勇者を連れて戻るその時まで。

 あちらに行けば、始まるのは戦乱っつか戦いの日々。それは確かに重荷ではある。

 だからこそ、こうして焦らしながらものんびりと思案してるという訳なんですよ。いや、言い訳じゃないから。ホントホント。

 なんで選ばれたのが自分なのかなー、とはすっごく思うけれど、こんなもの結局は運なんだろう。たまたま当選しちゃった的な。それが当たりクジだったのか、外れクジだったのかはわかんないけど、類い稀なる何らかが自分にあるとは自惚れてはいない。

 ほんの数日とはいえ、付きまとってくる彼に悪印象はなく、どちらかと言えば好印象。助けてと言われりゃ、ほいきたがってんと助けるのも吝かではない程に。

「──ん? そういや、おまいさん。夜とかはどこで過ごしてんの?」

「え、公園ですが?」

 それが何か? 的なきょとんととした顔に、こっちがきょとんだよ!

 イケメンホームレスか……よくもまあ拐かされなかったな、ホント。

 ──つまり、放っておくのもなんかこう、良心が咎める系なんだよね。こいつ。

 しょうがない、こうなった以上は諦めよう。

「はぁ──めんどくさいから、もう家来い」

「……へ?」

「家にいりゃ、いつでも勧誘出来るっしょ」

「いや、でも、その……」

「出かけないとは言わないけど、うざいからって帰宅拒否とかしないから、安心していいよ」

「──わかりました。申し訳ないですが、お世話になります」

 逡巡しつつも、素直に彼は首肯する。

 じゃあ、さっさと行くかと精算を済ませて、一人暮らしのマンションへと帰路につく。

 二人乗りはアウトなので、勿論暫定的同居人は走らせました。キリリ。

「ただいまー」

「……ただいまー?」

 誰もいないのは判っていても、癖になってしまっている帰宅の言葉に、疑問符を浮かべつつ彼も追従する。

 わー。

 物がほとんどない殺風景な部屋の中に、イケメンがいるってのはなんかこう違和感満載だな!

 その視線に何かを言おうとして彼は、はたと気付いたように目を見開いた。なんだなんだ? どうした?

 咳払いをし気を取り直したのか、ようやく彼は口を開く。

「暫くの間……としたいですが、お世話になります。ユーリ・カナルヴァ・リカルグです」

 …………。

「──匡時(ただとき)、です」

 そうだね、自己紹介してなかったよね。あは、あはははは。



◆◆◆



 それから。

 彼を無理矢理引き連れて、有給を使って旅に出たり、遠出をして食べ歩きをしてみたりと、そんなやり取りを続けてもうすぐ二ヶ月。

 本日を目処にと届け出ていた退職届も無事に受領され、後任への引き継ぎも完璧に終えた。 自身に求められている役割を聞いた──初めて会ったその日に、全ての手続きは着々と始めていたからね。

 招来に際してこの辺も鑑みられているのか、家族親戚に関しては天涯孤独な身の上の自分との別れを惜しんでくれるのは、幼馴染みと友人と上司と同僚達だけ。

 優しかった、温かかった。

 すべてに別れを告げるのは、確かに辛かった。

 だけど、旅立ちの理由を聞いた皆は、呆れながらも大笑いして門出を祝ってくれた。

 ──まあ、行き先が異世界とまでは言ってないけどね。


 そして、来る旅立ちの日。


 深夜遅くに大量の花束やプレゼントを抱えて帰宅した姿に、彼は驚き戸惑う。

 そりゃ、戸惑うだろうさ。終業後に最後の挨拶をしたら、そのまま予定外の送別会に拉致られ、見事なまでの手練手管によって恥ずかしい程に号泣させられてしまった所為で、目元は赤く腫れていたから。

 きっと彼の良心を呵責するだろうそれを隠しもせずに、いっそ清々しいくらいの笑顔で告げてやった。

「さて、ここから先の責任は取って貰うからな」

 言葉に含めた重さを理解しながらも、一切の怯みも見せずに真剣な眼差しで彼は首肯する。

 跪き頭をたれ、胸元で己の拳を付き合わせて。

「──我が血にかけて」

 そう告げた声はどこまでも澄わたっていた。






     ◆◆◆






「一目惚れした相手に付き合って、ちと遠い国行ってくる」



 もう二度と会えない、その想いを込めた割には軽く聞こえただろうその言葉を、ちゃんと受け入れてくれた人達に感謝しながら、大好きなこの世界を旅立つ。

 写真は一杯持った。貯金も使いきった。一応、手土産なんかも買ってみた。思い出は心にしっかり刻んだ。家族で暮らしていた、今は無人の家を訪ねて行ってきますの挨拶もした。明日にはこの部屋も、友人の手によって解約の手続きを終える。



 ──欲しいと思った。


 あの蒼い瞳で、自分だけを見て欲しいと初めて思った。



 私──匡時悠莉(ただときゆうり)は、初恋を叶えに世界を越える。



 責任だけで縛りつけるなんて有り得ない。惚れさせなきゃ意味なんてない。

 170cmを越える身長も、ユーリと並べばいい感じな気もする。面倒くさくて適当にショートにしてた髪も、伸ばせばになんとかマシに見えるような気がする。う、うん、たぶん──いや、マシに見えるように努力してみよう。

 そんな、産まれて初めての作業(女磨き)を決意する私に。

「タダトキ……」

 今更でしかない、不安げな瞳がこちらを見つめて揺れている。

 そんな葛藤なんて知ってやらない。精々、悩んで悔やんでくれればいい。私から今までの人生を、これからの平穏を、それらすべてを奪うのだから、そのくらいの心痛は味わって貰ってもバチは当たるまい。

 そんな恨みがましくもある思いとは裏腹に、辿々しく呼ばれたその声音に鼓動は逸る。

 出来れば苗字ではなく名前で呼ばれたいけれど、なんの因果か惚れた相手と同名と理解した時点で名乗り逃してしまったのだから仕方がない。

「んじゃ、行くかね」

 あっさりとさっぱりと。

 別れは潔く。

 まだまだ割り切れない葛藤を断ち切り、己の役割を果たすべくユーリは詠唱を開始する。

 浮き上がる魔法陣の中で、別れを告げた人達に、この世界にお辞儀をする。

「行ってきます!」

 当たり前だけど返事はない。

 だけど、それでいい。




 さーて、いっちょ異世界でも救ってみますかの。





 


■■■後書き■■■






異世界転移する前「だけ」の話です。

ジャンル指定はどうしたらいいのかが判りにくい内容なもので、間違ってるかもですが気にしない方向でいこうかと。


誤字があったので、それを踏まえつつ改訂。


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