お礼はお昼ご飯
「お昼奢ってもらえるなんて本当にありがたいです。節約のためによくお昼ご飯抜いたりするんですよ。だから、本当に嬉しいです」
ただいま昼の12時20分。大きな窓のまわりにポトスなどが置いてあり、仕切りがあまりないからか客の声がBGMみたいになっている。どこからどう見ても明るい雰囲気のファミレス。目の前にはニコニコ嬉しそうにオムライスを食べている芹沢さんがいる。そして、俺は何もしていないのになぜか店員から近づいて来て料理を俺たちが使っているテーブルの上に置いていく。テーブルの上には食べ終わった後のお皿が山積みになっている。こんだけ食べたのにまだ足りないのか、芹沢さんはメニューを見ている。
「あ、あの」
「・・・・・・」
無視された。メニューに真剣で俺の声が聞こえないらしい。
「あ、あの!」
「ひゃい! あ、かんじゃった」
俺の声に驚いてかんでしまったらしい芹沢さんは頬をピンク色に染めて少し恨めしそうにこっちを見た。
「そろそろ、俺の財布もやばいんですけど」
なんでもいい。たぶんだけど、この人ははっきり言わないと止めてくれない気がする。
「そうなんですか。あ! すいませーん! これとこれお願いします」
俺は芹沢さんに聞こえない程度の音量でため息をもらした。
そもそもなぜこんなことになったのか、ことの発端は昨日仕事を手伝ってもらったことにある気がする。
そしてそれは今日の朝に遡る。
午前7時。俺は昨日のお礼がしたくて早めに会社に来ていた。最近の芹沢さんは大体この時間帯に来る。
誰もいないオフィスで仕事をしていると、コツコツとヒールの音が聞こえてきた。
「おはようごさいます」
まわりを気にしているのか、少し小さめの声。でも俺はすぐにその声が芹沢さんのものだとわかった。
「おはようごさいます、芹沢さん」
「えっ! あ、河井さんでしたか。おはようごさいます。びっくりしましたよ」
最初は目を見開いて驚いた顔をしていたが、すぐに笑顔になった。
「あー、昨日のお礼がしたくて。何がいいですか?」
あれ以来、女の人とは関わってこなかったからどんな物がいいのかさっぱりわからない。いろいろ悩んだ末、本人に直接聞くことにした。
芹沢さんは少し悩んでから、ふと思いついたようにこう言った。
「お昼をごちそうして下さい」
俺はこの時、完璧に油断していた。あそこまで食べるとは思わなかったんだ。いや、どんなに注意深い奴でも油断すると思う。それくらい見た目とのギャップがすごかったんだ。