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目覚め

ぴちゃっ‥ぴちゃっ‥。



なにか冷たいものが頬に落ちてくる。鼻の辺りには細いフワフワの毛があたり、なんだかムズムズする。心地よい眠りを妨害されて、ウィリアムは不満気にまぶたを開けた。


「う‥うわっ!!」

「むにゃむにゃ‥ご主人さま、もう食べれないですわん。ああっ、そんなプリンは別腹‥むにゃむにゃ‥。」



目の前には白銀のに輝く妖狐の耳。幸せそうにむにゃむにゃ言っているその口からは大量のヨダレがウィリアムの頬に流れ落ちている。



「起きろダメ狐!」

「きゃうん。

‥あたた‥ご主人さまヒドイデスわん‥。繊細でか弱い狐に何てことをっ‥」


摘まんで放り投げられたビッキーが悲鳴をあげるのを横目に、ウィリアムは体を起こした。

ぼやける視界に写るのは最低限の明かりのともされた薄暗い石造りの室内。六畳程度の狭い空間は窓さえない。



「千年生きてる妖狐が何をほざく‥って、ここどこだ?リリアーナは‥?

こんな部屋に移動までするなんて今回の実験は大規模だな。」



‥‥シャラン‥‥‥



ウィリアムが立ち上がろうと手をついた拍子に、紫水晶のネックレスが音をたてて滑り落ちた。


「ん‥?これ、リリアーナのお気に入りの魔力水晶じゃないか。何でこんなところに‥??」


拾ってみるが、特に魔方陣等の反応はなく、普通の魔力水晶のネックレスである。


「うぅっ‥痛い‥。寝起きなのにひどすぎますわん‥。」



床から這い上がったビッキーが定位置であるウィリアムの左肩に登る。




「あ、ご主人さま、そこに置き手紙がありますわん。」

「あ、本当だ。置き手紙だけであいつが居ないなんて珍しいな。」


枕元に置かれたカードをウィリアムが手に取り開こうとする。








「‥‥ビッキーのヨダレで浸水してて全く読めん!!」

「‥てへっ♪」













「手紙はアホ狐のせいで全く読めない訳で‥。とりあえず部屋から出てみるか。リリアーナが近くに居るかもしれんし。」


狭い室内には石の寝台と専門外のウィリアムには全くわからない複雑な魔方陣、そして上へ繋がる階段しかない。

他に通路も無さそうなので階段を上っていくと、その先には小さな魔方陣が刻まれた石戸があった。



「俺であくのかな‥?閉じ込められたってことはないよな‥?!」



ウィリアムが魔方陣に魔力を流すと、カチャっと小さな音をたてて石戸が開いた。





「うぉっ、まぶしい!!」

「なんだか久しぶりに日の光を浴びた気分ですわん。」


外に出ると、そこは鬱蒼と緑が生い茂った森の中だった。

扉の周囲にはウィリアムの身長を越える高さの草に覆われ、全く周囲が見えない。




「ったく‥いったいどこなんだよここ。とりあえずリリアーナもいないみたいだし、手紙のこと聞くためにもリリアーナの屋敷に移転門で移動するぞ。」

「ワタシのヨダレで読めなくなったことは、リリアーナさまにはご内密に‥。」

「するわけないだろ、バカ狐。俺がリリアーナに怒られるのはやだよ。お前が怒られろ‥っと、あれ?」



慣れた手段で魔力発動体でもある『裁きのメイス』をアイテムボックスから取り出し、移動魔法である移転門を発動させようとするが、指定ポイント0の表示がされてしまう。



「む‥移転門の移転先のポイントがオールリセットされてる‥なぜだ?」

「えぇっ‥ってことは、この森から歩いて出るしかないとおっしゃるんですかん?!」



草に囲まれた深い森を眺めつつ、ビッキーが絶望的な顔をする。




「ビッキー、もう1つ悲しいお知らせだ。移転門を発動したときにここの座標が表示されたが‥どうやらここは住み慣れたマイホームのようだ。」


「ええっ?!リリアーナさまに壁を吹っ飛ばされて半壊していたとはいえ、マイホームはさすがにここまでの大自然じゃないですわん!

柱の欠片もさえない‥ってことは、冷蔵庫のワタシのプリンはどうなったんですん?!今夜のデザートに満腹亭特製のカスタードプリンを冷やしておいたはずですわん。まさかリリアーナさまに吹っ飛ばされて‥?!」



緊張感のない声をあげる狐を肩からつまみ上げたウィリアムは、草むらの中にペイっと投げ込む。



「ビッキー、上空から確認するんだ。大きくなってくれ。」

「うぅっ‥暴力反対ですわん‥。」




もともと、ネコサイズだったビッキーが白銀の光に包まれると、どんどん大きくなり、馬よりひとまわり小さい程度の大きさになった。

ウィリアムがヒラリとその背に飛び乗ると、ビッキーはゆったりと上昇していった。3メートルほど上空に行った辺りで木が途切れる。


妖狐族は風の加護がある個体ならば5メートル程度まで飛ぶことができる。ただし、動きはゆっくりで飛ぶというよりは浮くに近いのだが。





「南にプレオディス山、西にカルサルテ湖‥。まさにマイホームの場所だな。いったいリリアーナはどんな魔法の実験したんだよ‥。移転門初期化とかマジでありえないんだが‥。」



聖職者系の上級職であるハイプリーストが使える移転門は、記録した地点へと繋がる門を呼び出せるとても便利な魔法だ。ただし、一度行って記録した地点にしか行けないので、この記録が無くなると、もう一度登録しに自力で行く必要がでてきてしまう。

記録できるポイント数は使用者のレベルによって違うが、最高レベルだったウィリアムは上限である50の地点を登録してあった。




「とりあえず、一番近い街であるソルトエンドの街にまで移動するか‥。そこの教会にいる聖職者に移転門でリリアーナがいる帝都に送ってもらおう。

ビッキー、ソルトエンドまでひとっ走りよろ。」



「うぅっ‥ますます手紙の重要性があるきがしてきましたわん‥。リリアーナさまには本当にヨダレのこと内緒にしてくださいねん‥。」


とりあえず1人と1匹はマイホームからビッキーの走る速度で北に2時間(普通の馬なら半日程度)にある人口5000人程度の小都市、ソルトエンドの街へ向かうため、草木が生い茂る深い森の中を進むことにした。







「その前にご主人さま、着替えないと焦げたパジャマのままですわん‥。」

「あ‥‥。」













もともと、ウィリアムのマイホームがあった場所は辺境であり、狂暴な魔物が多く住む地域であった。

マイホームの近くにはリリアーナに防御魔方陣を設置してもらっていて安全だったが、一キロも進むと弱くはない魔物に遭遇するが‥。



「‥なぁビッキー。ホワイトサーベルタイガーに地竜、さらにグリフォン‥。我が家のまわりはいつの間にこんなに狂暴な魔物が出るようになったんだ‥?」

「まるでダンジョン最下層みたいなラインナップですわん。どこかに新しくダンジョンでもできて、氾濫でもしたのかしらん‥。」



十キロ程度の道を進む間に、ブラッディーベアー、キラーホーネットなどのいつもの我が家に周辺にいた魔物にの他に、明らかにレベルがおかしい魔物がいた。


ホワイトサーベルタイガーや地竜は災害級と呼ばれるモンスターで、地上で遭遇することなどまずない魔物だ。

まぁ、どちらも異名をもつ世界最高レベルの冒険者であるウィリアムにしてみれば、少し気合いを入れれば狩れる魔物ではあるが。





目の前のグリフォンも災害級と呼ばれる魔物である。

さすがにビッキーに乗りながら片手間で倒せるレベルの魔物ではないので、ウィリアムはビッキーから飛び降りると自分に支援魔法をかけはじめる。


自己強化系の支援魔法を使い終わると、ウィリアムは魔力発動体でもある『裁きのメイス』を片手に、グリフォンに向かって突っ込んでいった。


一直線に突っ込んでくる獲物に対して、グリフォンは鎌鼬のような風の魔法で牽制しつつ、人間の手の届かぬ高さまで飛んで移動して、鋭い嘴で狙いを定め攻撃しようとする。



「はぁっ!」


ウィリアムは鎌鼬を避ける。ただし、グリフォンが想定していた左右ではなく、上空に駆け上がっていった。ウィリアムの装備している『天馬の靴』は空を駆けることができるので、それを利用して一瞬でグリフォンより上空に駆け上がり、『裁きのメイス』をグリフォンの頭に一気に振り下ろす。


支援魔法で底上げされたパワーで叩き込まれた一撃に、一瞬意識を朦朧とさせたグリフォンを仕止めるべく、さらにメイスで殴り倒す。

剣のような鋭利な得物にくらべて、杖や鈍器はどうしても一撃の攻撃力に劣る。しかし、職業制限で聖職者は杖か鈍器、ナックル以外の武器を使うと威力が10分の1以下になってしまうため、ウィリアムはメイスを愛用していた。

‥‥普通の聖職者は後衛なので、魔力発動体である杖を愛用しつつ、自衛のため程度に鈍器を使うのだが‥。



‥‥ドォォン‥‥‥




首を殴り折られたグリフォンは、草むらに墜落すると、動かなくなった。


「うむ。ラッキーだな。グリフォンは錬金術のいい素材になるから、これでリリアーナに燃やされた美脚君8号(右脚)を作り直そう。」


アイテムボックスにグリフォンを収納しつつ呟いていると、遠くで眺めていたビッキーが呆れた顔で近寄ってくる。



「通り道でグリフォンに遭遇して、ラッキーで済ませられるのはご主人さまくらいですわん‥。」


「いや、リリアーナでもそんなもんじゃね?タイミング悪くなければ、ロジーだって倒せるだろ。それに師匠なら一撃だろうし。」


「ご主人さまのまわりは人外ばっかりですわん‥。」





多少のトラブル(美脚用資金稼ぎ)はあったものの、順調に森の中を進み、1人と1匹は最寄りの街、ソルトエンドに到着したはず‥‥‥‥だった。


‥‥目の前に広がる森に侵食され、木々に押し潰された石造りの建物たち。ここはかつてソルトエンドと呼ばれた街‥‥。




「最寄りの街が古代遺跡になっとる‥‥。」


「はっ!!‥‥ということは、お気に入りのケーキ屋さんは?!今月の新作はマロンタルトだって聞いて楽しみにしてたのにっ‥‥ひどいですわん‥。」


「お前はぶれないな‥このアホ狐‥。」

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