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逃走生活スタートです。

 その日、黛喬士まゆずみ たかしは友人達と待ち合わせをしていた。

 何をすると言う予定はなく、ただ休日を仲間と近況報告などをして過ごすつもりだ。

 それは、喬士にとって特別な事ではなく、いつも通りの、日常の筈だった。


「すいませぇーん。ちょっとお時間いいですかぁ?」


 そのアンケートに付き合ったのは、ただの偶然だった。

 待ち合わせの時間までまだ余裕があったから。

 それと、アンケートスタッフの女の子が、可愛かったから。

 喬士は別に軟派な性格ではない。

 積極的に自分から女の子と遊ぶこともない。女性が苦手というわけでもないが、縁はない。派手でモテる人間が近くにいれば、地味で目立たない喬士は単なるおまけにすぎない。そういう自己評価だった。

 その日はたまたま、だったと思う。

 その娘は小柄で、フレームの細い大きめの眼鏡を掛けており、おさげ髪がとてもよく似合っていて、だぼだぼのスタッフジャンバーにショートパンツという出で立ちも可愛らしかった。それは、そう、言うなれば本能的なものなのだと思う。例えば、年下に対する保護欲のような。妹に対する、兄心のような。

 そんな経験はなかったけれど、一目惚れ、と言っても過言ではないかも知れなかった。

 喬士は普通の社会人だ。

 普通の大学を出て、普通の会社に就職した。

 このまま普通の女性と出会って、普通の家庭を築くんだろうなと何となく思っている、普通の青年だ。


 「少しだけなら」とアンケート用紙とペンを受け取り、いくつかの質問に答えていく。

 意識調査のようなものだと思ったが、なかなか自分の内面に踏み込んだ質問もあり、時々回答に迷った。基本的に真面目な性格なので一度始めた事には真剣に取り組んでしまう。

「ありがとうございまぁす」

 ペンを渡す際に指が触れて、内心どぎまぎしながら「いえ」と小さく返す喬士に彼女はにっこりと笑顔を向ける。

 その笑顔に釘付けになった。

 「ええーとぉ」と呟きながら、用紙に目を落とす。

 やや間延びした口調も嫌いじゃなかった。

 幼い印象だけれど未成年ではなさそうだ。

 もしかしたら喬士と同じくらいかも知れない。

 睫毛の長い大きな瞳が用紙の上をなめらかに滑り、

「うわぁ、すごぉい」

 と感嘆の声を上げる。

「ありがとうございます黛さん」

 喬士の名前を呼ぶ彼女。

 距離が縮まったような錯覚にとらわれそうになった。

 こういうものは無記名でも構わないのだろうが律儀に名前を書いたので、この時はそれを読んだのだと喬士は思っていた。


「わ」


 突然、ふわりと手を掴まれた。

 小さく柔らかな感触と人間の体温に一瞬で戸惑い、狼狽える。


 アワアワとするだけで何も言えないでいる喬士を彼女は大きな瞳で覗き込んでくる。


「すばらしいです、さいこうです、うれしいですっ」


 キラキラとした笑顔に圧倒されるしかない。

 一体何がどうなっているというのか。


 カチャリ。

 小さな金属音。

 左の手首に時計のような物が付いていた。


「…何?」

「いいですか、黛さん」

 パッチリと開いた瞳に引き込まれるようで、目が、そらせない。


「貴方は追われる羊さんで、追い掛けてくるのは恐ろしい狼さんです。だから貴方は逃げなければいけません。逃げて逃げて逃げまくるんです。絶っっっ対に捕まらないように、頑張ってくださいね!」


 彼女の言葉は直接脳に染み込んでくるようだった。

 

 唐突に周りが敵だらけのような恐怖心に蝕まれる。



 ―――逃げなければ…!!


 何故だか分からないがそういう思いに駆られるのを止められなかった。


「後はこのイヤホンから指示を出しますからねっ」

 耳に何かを付けられるがそれどころではなかった。



 「go!」と押し出された途端に自分でも情けないと思える悲鳴を上げて、


 喬士は一目散に駆け出した。

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