レイヴンとレイカ
「もっと飛ばしなさいよ。学校に遅れるじゃない。」
「いえ、これでもかなり飛ばしている状況です。レイカ殿。」
「遅刻したらあんたの責任だからね!パパにも言いつけてやるんだから。」
「お言葉ですが、レイカ殿がもう10分早く起きて下されば、こんなにも焦らずに済むと思いますが。」
「あんた、私のせいだって言うの?」
「そうは言っておりません。ですが、その可能性はあるかもしれませんよ。」
「バカ言ってるんじゃないわよ。元々はパパのシークレットサービスだったあんたがクビになっても、こうして私の運転手に雇われているのは誰のおかげだと思ってるの。もっと私に感謝して、言うこと聞きなさい。」
「私はクビになっておりませんし、レイカ殿の口添えがあったことも聞いておりませんが。それにただの運転手でもございません。休暇をいただく流れで、レイカ殿のシークレットサービスをやらせていただいております。」
「はぁ、何それ!だったら、私の送迎はついでってこと!」
「いえ、そういうつもりではございません。レイカ殿の身辺は私がしっかりとお守り致します。」
「愛想悪いし、いつも眉間に皺が寄ってるし、なんだか役に立たなさそうだし、私の運転手におさがりとして追いやって、パパはパパで新しく若くて美人の人を雇っているに違いないわ。」
レイカはひょうひょうと言いながら、ペットボトルのキャップを開け、ごくごく飲み始めた。
「そ、そんなことはございません。マスターがあろうことか私を差し置いて、他の者と一緒にいるなど。」
マスターと若い女が夜の街を2人で過ごす。それだけでは終わらないだろう。休憩とかなんとかいいつつ、どこか近場のホテルに車を止めて、そのまま・・・
そんな破廉恥な状況を想像するだけで、ざわめきが心をよぎった。
レイヴンは思わずハンドルから両手を離し、口元を抑え絶句の表情を浮かべていた。
「ぷはっ!ちょっと!まえまえ!!」
ハンドルを切る反応が少し遅れた。
側溝に少し乗り上げ、車体がガクンと傾いた。
後方のタクシーから盛大なクラクションが浴びせられる。
「何してんのよ!バカ!!」
「も、申し訳ございません。お怪我はありませんでしょうか。」
走行修正し、レイヴンはちらりとバックミラーでレイカを見やった。
「大丈夫じゃないに決まってるでしょ!!もー服がびしょびしょじゃない!」
座席を蹴る力強さから察するに、どうやら怪我はないらしい。
「マスターのことを考えてしまい、少々取り乱してしまいました。」
「・・・うげぇ、何それ。気持ち悪いんだけど。あんた男でしょ。」
「人間が人間を好きになることは悪いことでしょうか。」
「もう喋らないでくれるかしら。」
「御意。」
レイカはハンカチを取り出し、制服の第1ボタンを外してこぼした水をふき取る。
「・・・とか言ってあんた、本当は私に近づきたくてわざと降格になるように失敗ばっかりしたんじゃないの。」
レイカは腕を組み、無い胸を強調するようにそのまま持ち上げた。
「私、可愛いし、同級生にもよくモテるのよね。だからあんたも私のこの大人の魅力にほだされて――」
「レイカ殿、学校に到着しました。」
「こら!無視すんじゃないわよ!」
レイカのシークレットサービスに付いてから3日目にして、レイヴンはすっかりレイカのあしらい方を覚えていた。