レイヴン休暇を取る 2
2月25日。上海の潮風は肌をさすほどに、まだまだ冷たさを残していた。
レイヴンは、黒セダンの運転席からスモークガラス越しシャッターを押す。
「黒スーツに身を包んだおよそ裏社会風な男が、嫌がる子供を無理やり抱きかかえる。まさに、悲劇の一部始終が繰り広げられていますよ、マスター。」
虹橋メルキューレホテルから出て、目の前の西方向への一方通行道路をズンズン横切るその姿は、まるで有無を言わせないただのひとさらにしか見えない。
あけろと言っているのだろうか、後部座席を指さすジェスチャーに従い、レイヴンはドアを開けた。
「ちょっと、何するのよ!この変態!馬鹿!阿婆擦れ!」
「これ!そんな汚い言葉を口にするんじゃない!一体誰に教わったんだ!?」
ドアが開いた瞬間、けたまましい言葉の奔流が車中に流れ込んできた。
「人さらい!警察に言いつけるんだから!」
「おとなしくしておれ!レイカ!」
ボフっと、座席に投げ入れられたレイカと呼ばれる少女は、キャッと不満の奇声を上げる。
あられもなくスカートがめくれ上がり、パンツが丸見えになってしまったが、ここは紳士な対応をすべきだろうとレイヴンは判断、バックミラーを片手で調整する仕草で誤魔化した。
「ちょっと、今見たでしょ!エロ運転手!2万円、いえ、2万元で許しといてあげる!」
「いえ、今のは不可抗力でした。それに、阿婆擦れは女性に対して使う蔑視の言葉です。男性だとクソ野郎が適当かと。」
ぐるりと回ってきた初老の男は、助手席のドアを開けた。
「余計なことを言わんでいい。それに、座席を蹴るんじゃない!汚れるだろう!蹴るなら直にこいつを蹴れ!」
「私をですか。そういう問題ではないかと。」
「そんなことより、さっさと出すんだレイヴン。」
「クソ野郎どもぉ!こんなことしておいて、ただで済むと思った大間違いなんだからっ!!」
レイカの足蹴りを座席越しに食らいながら、レイブンは小さく頷いた。
「承知致しました、マスター。」
そして、カメラをダッシュボードに突っ込み、レイブンは人さらいもといマスターの指示に従いアクセルを踏んだ。