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SSのレイヴン

「レイヴン、お前この仕事好きか。」

皺がれた声が車中にこだましたことを受け、私は意識の1割を耳に集めた。

その初老は紫煙をくゆらせながら、夜の街並みを恨むように窓の外を見ている。

「いえ、特に。マスターに拾われてからというもの感謝はしていますが。」

私はバックミラー越しにマスターを見た。

退屈そうなその表情は、物思いに耽っているか、愛娘のことを考えているかのどちらかに違いない。

「嫌いとでも。」

「いえ。どちらかと言えばそこそこ好きでやっているかもしれません。」

少しスピードを上げます。

私はアクセスを踏んだ。

「なら少しは笑ったらどうだ。そういつも眉間に皺を寄せていては、見ているこっちが陰鬱な気持ちになる。」

座る位置を整えるように左右にお尻をずらしながら、マスターは片手で丸メガネを上げる。

部下がミスをした時のような、不満そうな言い方だった。

初老の男は、イタリア製のスーツを隙なく着こなし、その風情はビジネスマンというよりどこか札付きの裏社会組織の首領に見える。

口ひげは綺麗に整えられ、落ちくぼんだ目からは少し疲れた様子がうかがえる。

じっと黙っているだけでも威圧感は相当なものだろう。ましてや、刻み込まれた年季の入った皺だらけの顔から、往年の同族抗争によってつけられた傷跡のようにも見えなくもない。一応。

「マスター。こうも毎日毎日人の嫌な部分を見ていると、警戒心が顔の筋肉を硬直させてしまい、笑う活動すら許してくれないのです。」

何か面白いことを言って退屈凌ぎにでもなれればいいのだが、意識の1割ほどの余力だとせいぜい簡単な日常会話が十分だった。

「何を馬鹿なことを言っている。終始笑っていても気味が悪いから、せめて何もない時ぐらいは普通にできないかと言ってるんだ。普通に。」

「何もない時ぐらい、笑えというのですか。尽力しましょう、マスター。」

残りの意識の9割がフル活動し始めると、日常会話などもってのほかだ。

大体、目の覚めれている半分近くは、その状態になるのを知っていてマスターは予め話題を投げかけたのだろう。


――そうでなければ、こうもタイミングよく人を殺すことなどしないのに。


だったらほら普通に表情を緩めてみせろ、と促す初老の声をレイブンはスリップ音によってかき消した。

ホイールが高速回転を極め、車体はスピードをグンと上げた。

虹橋空港からセダンを飛ばすレイヴンは、ちょうど上海動物園を通り過ぎた所で強引に2車線変更をする。

車体が右に思い切り傾き、後部座席に座るマスターを含めた社内の小物類が大きく揺れ動いた。

「な、なんだ!急に!コーヒーを噴き出すところだっただろう!」

「申し訳ございませんマスター。ですが、一気に飲み干して、早くどこかに掴っていて下さい。」

そう言い終わると私は、マスターの口角泡を飛ばす詰問を右から左へ聞き流し、窓を全開した。

そして、前方の信号3つ先が青になっていることを視界の端で確かめ、ハンドルから手を放し――上半身を外へと乗り出した。


器用に窓枠に腰かけたのだった。


足をアクセルから離しても惰性で時速80キロは優に超える2月の吹きすさぶ寒風の中、レイヴンは動じることなく愛用のコルトゴールドカップを胸ポケットから素早く取り出し、後方車に向かって3発放った。

スパァンと、高らかな音が路上に鳴り響く。

薬きょうと硝煙が瞬く間に失せ、弾丸が追跡する車の前輪を見事に打ち抜いた。

正常なハンドル操作ができず、喚く運転手の姿がフロントガラス越しに微かに見える。

「・・・・・・。」

私は窓枠に腰かけたまま、5秒待った。

追撃はなし。警戒レベルを徐々に落とした。

するりと社内へと滑り込み、まるで何事もなかったかのように、ハンドルを握り、アクセルを大きく踏む。

「約束しましょう。何もない時ぐらいは、眉間に皺を寄せないと。ですが、私にはできません。笑いながら人を殺すのは。」

「・・・・・・ああ。もういいわ。さっさと研究所に戻りたまえ。」

「了解。」

私は静かに答え、さらに4つ目の赤信号を無視して、虹橋路を時速120㎞でかっ飛ばした。


背後に燃え盛る追手の車を残しながら。

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