入部:2
「ようこそ、私達のホームへ!」
ビルの裏口から入り非常階段で、二階に上がる。
そしたら途端に目の前を進んでいた瑠奈が振り返り、叫んだ。
「おい、もう少し我慢しろよ。まず応接室まで行かせろ」
見ろ麻沙の顔が、眉間に皺を寄せながら口と目を開けっぱなしにするという、何とも言えない表情なってんじゃないか。顔張らないのか?
因みに扉を開け放ったおかげで、奥の窓からの夕日を真っ正面から受けることになった。サングラスをしていなかったら、おそらく某有名な大佐状態になっていただろう。こいつは俺が何の殻持ちだか知ってるはずだが? 嫌がらせか。
「いいや限界よ。早く話しましょう、入部させましょう、馬車よろしく働かせましょう、殻持ちの制あ……ぁあぅおぉぉ」
「ちょぉぉあああぁぁぁぁぁぁ!」
途端、俺が瑠奈の口元を抑え押し倒す。大事な取引内容が暴露されずに済んだようだ。
「むうぎがにむんんお(急になにすんのよ)――んはっはぁはぁ……窒息させるてから襲う気かしら!? 回りを見なさいよ」
「それはこっちの台詞だ」
「いや、私の台詞で合ってるでしょうよ!」
全くけしからん。
「……俺は?」
「ちょっと待ってくれ、このバカをどうにかしないと交渉が進みそうにないわ」
そう言い俺は麻沙を奥の応接室におくった。
麻沙は瑠奈とは対照的に落ち着いているようだ。
戻って廊下でハイテンションでぶつぶつ呟いている瑠奈に話しかけた。
「お前は馬鹿なのか? 本気のアイツの頭の回転は異常なんだって、情報は出来るだけ少なくしてだな。テンション落としてもうちょと慎重にして……」
「無理よ! だって、あの彼が部員になるのよ。わくわくするじゃないのよ。ねぇねぇねぇ」
よほど嬉しいのか頭を俺の胸に押し当ててきた。
「わかった、わかったから。取り敢えず離れんかい!」
よほど気に食わなかったのか地味に鳩尾に拳を捻じ込ませてきた。いやさっきのは悪かったって。痛いからやめ。
しばらくするとだいぶ落ち着いてきたようだ。これで重要な事まで吐露する前に何とかなりそうだな。
「しっかり頼みますよ、今回は絶対にアイツの力が必要になりますからね」
「わかってるわよ。でもこっちには最高のカードがあるじゃない。最悪これを拡散しなくちゃいけないけど――まぁ任せなさい」
そう言いつつ一枚の写真を取り出した。
「確かにそれがあれば……」
「では早速だけど本題に移りましょうか」
瑠奈と麻沙は応接室のソファで向かい合っている。因みに俺は瑠奈の後ろに立っている。完全に執事扱いだよな、まぁいいけど。
「まず私たちについて話しておこうかな? 私たちの部活『帰路安全管理及び委託執行部』通称”帰託部”について。
そして、さっき言った通りここに私たちの部室があるの。一応は学校公認なのよね。質問は?」
麻沙は首を地面と平行運動させ続きを促して来た。
「活動内容としては学校近辺の見回りとハザードマップの作成、あと委託の受付かな」
――と、ここまで言ったところで麻沙が質問を挟んできた。
曰く『依頼ではなく委託で間違いないか?』と。
「やっぱりあなた面白いわ、そこに目をつけるのね。その答えはYesよ。委託で間違いないわ」
その答えが満足とでもいうように麻沙は続きを促した。
「そんな中今回受けた委託は予想以上に大仕事になりそうだった。だからあなたにコンタクトを取った。あなたの力が必要になったからよ」
「――そこだ、そこが引っ掛かってるんだ。楓がいれば大抵の問題はなんとかなるだろうに、なぜ俺を頼った? 楓は俺と基本的に能力に差はなかったはずだが?」
……そろそろ麻沙の目が爛々とし始めてきたし、俺も混ざろう。
「お前さんは『俺じゃ力不足』って言っても信じるかい?」
まぁ、結果は目に見えたが、
「おいおい、そんなわかりきったことを聞くなよ。お前の手に負えないことはそうそうないだろうに。もう一度聞くが、どうして俺なのだ?」
麻沙の目以外が笑っていた。
そんなに敵意ガンガン出されてもな……
「……だってなぁ……それ以上聞くと――」
俺が言い淀んでいると瑠奈が答えてしまった。
「今回委託主は警察よ。とある指名手配犯の確保。私たちへの委託よ」
沈黙。
直後麻沙は笑いだした。
「例え警察関係だとしても、俺の参加は決定事項だろうに? アンタの事だ一週間前みたいに上手く取り込む算段でもあるんだろうよ。
だが、これで納得だ。ついでに言えば、その指名手配犯ってのも"殻持ち"なんじゃないのかい?」
瑠奈は唖然としたが、俺は驚かない。こいつはこうゆう奴だ。
「全く、よくわかったわね。――そうよ、だからあなたの力を借りようとしたの」
「相手も殻持ちじゃ、楓達でも流石にキツいだろうしな」
「そう言う事よ」
……っ、全く。本当に変わらないな。
麻沙はため息つきつつ天井を見上げた。殻持ちを追い詰める事の難しさをこいつは十二分に知っている。
目線を瑠奈に戻して聞いてきた。
「取引き――と言ってたが、単刀直入に聞こう。俺は何をすればいいんだ?」
「あなたには入部、この大捕り物に参加してほしいのよ」
瑠奈が即答する。
麻沙にとって予想外な答えだったのだろう。僅かにだが表情が崩れた。もっとも、目の殻持ち、『視殻』である俺だからこそ捕らえられる程度の変化だったが。
「……………………」
麻沙は考え込んでいるが、これまた僅か。口角が上がった。
「そっちの要求はそれだけか?」
「ええ、そうよ」
「こっちからの要求はどこまで大丈夫なんだ?」
「そうね……基本的に彼に出来ることなら何でも可能よ」
……何でもいいのか?
――――いや、それよりも "彼" ?
俺が疑問を感じると同時に、麻沙の口角が誰が見ても分かるくらいに上がった。
「俺が楓を一日借りたい……と言ったら?」
「一日と言わずに入部中は好きに扱っていいわよ」
これまた即答――って。
はあああぁぁぁぁぁぁ!?
「そんなことでいいのかしら」
「いや、待っ――」
「あぁ十分だ。これで取引き完了だな、俺で良ければ力を貸そう。だが、ひとまずは仮入部でも?」
「仮入部ね……いいわよ。これからよろしく♪」
「――取り敢えずそいつを貸せ。今すぐに」
笑顔だが命令口調で言う麻沙と。
「構わないわ。一階が駐車場になっていたわ。あなた達がじゃれあっても問題は無い位の広さはあったはずよ」
笑顔で場所の提供までする瑠奈。
二人は狼狽える俺を尻目に固い握手を交わしながら取引きを終了させた。
そして瑠奈は振り返り言った。
「久し振りの再開なんでしょ? もっとじゃれあって来なさいよ」
「嫌だあああぁぁぁぁぁぁぁ!」
たまらず俺は絶叫した。こいつとはやりにくいんだよ。
ふと見ると瑠奈の後ろで麻沙が準備運動を始めていた。
そんな麻沙に見えないように瑠奈は体で隠すように手を合わせ、ウィンクしながら口を動かした。声には出してないが"なんちゃって読唇術"を使える俺は瑠奈が何と言ったのか確かにわかった。
瑠奈は『ホンキヲミセナサイ』と言っていたので、それを受け入れるしなかった。