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第9話 「第2章 3:龍の氏族の集落へ」

 龍の氏族の住まう集落に向けて、アデルとカナリアは空を移動していた。

 その集落は山間の高原にあり、魔王の城から向かうと、海や森を越えてさらに向こうにあるため、かなりの距離があった。

 アデルとカナリアの二人は、普段は背の中に隠している翼を広げて、雲を流す風を掴んで飛んでいた。


「だいぶ、飛び方がサマになってきましたね、アデル」

「これだけは頑張ったからなあ」

「ふふ、頑張った甲斐がありました」

「お陰で、地上に行くのも楽になったよ」

「……」


 アデルの言葉が聞こえた瞬間、笑顔だったカナリアの顔から表情が消えた。


「アデル。地上に行きやすいように、封印を解いたわけではありませんよ」

「分かってるって」


 アデルが最弱魔王である最大の原因である魔力制御の封印は、その封印を掛けた母親にしか解くことが出来ないものであったが、カナリアは独自の研究を何年も何年も行い、ようやくその封印に綻びを入れることに成功した。

 だが、その綻びで扱えるようになった魔力は微々たるものであり、カナリアの厳しい訓練を乗り越え、ようやく翼に魔力を付与して空に浮かび上がることができるようになった。


「アデルと、こうしてデートするため、なんですからね」


 カナリアはそう言うが、アデルにはどこまでが本心であるかは見通せないでいた。ずっとそう言っているが、本当は魔王となったが、強力な勇者の襲撃でアデルが為す術なく倒されてしまうことを懸念しているのではないか、とも思えた。


「とりあえず、今は別にデートしてるわけじゃないよな」

「はあ、アデルは女心を理解していませんね。愛する者同士が出かけるのであれば、行き先も目的も関係なく、それをデートと言うのですよ」

「愛する者同士ではないだろう」

「私はアデルを愛していますよ?」

「……お、おう……」


 ストレートに言われてしまうと、さすがにアデルも照れてしまう。


「で?」

「で、とは?」


 続きを促してくるカナリアに、アデルはとぼけた。


「アデルは、私を愛していますよね?」

「あ、ああ……家族として、な」

「おや、恋人とか妻とかを光速で通り越して、家族だなんて、アデルったら気が早いですね」

「育ての親の家族、という意味でだ!」


 カナリアが嬉しそうだったので、すぐさまアデルは言い返した。


「そんなに照れなくてもいいですよ」


 姉だと思っている、だなんてアデルは口に出さなかった。それを言うと姉という立場を最大限に利用した行動を起こしてくるに違いない。この微妙な距離感を、カナリアとの間に置き続けることが、アデルにとって最難関のミッションだった。

 話しながら空を飛んでいると、カナリアは角度が悪いと言って、少しだけ進路を東へと動かした。

 西に見える森が炎を上げていて、その炎と煙とが、アデルたちのいる高度まで届いていた。その炎を見ながら、アデルはなぜか物悲しい気持ちになった。

 やがて森を越えて山並みへと入り込み、山を二つばかり超えたところに岩と砂とに覆われた高原が眼下に現れた。

 その一角にある緑の生い茂る辺りに目的地が見え、カナリアの先導でアデルはそこに向けてゆっくりと下降していった。

 それが龍の氏族の集落だった。幾十もの天幕が中央に大きく確保された広場を囲うように不規則に並んでいる。

 幾匹もの龍や氏族の民がいる広場の、開いたスペースを見つけると、二人はそこに降り立つ。

 不意の来客に、集落の民はざわめきつつ、遠巻きに二人を見てきた。

 龍が、警戒するように喉を鳴らしていた。


「族長様はいらっしゃいますか?」


 その様子をまったく気にするでもなく、カナリアが近くの民に声を掛けた。

 カナリアの作戦は聞き出せていなかったが、勇者が来るのに合わせて訪ねてきた以上、何かしらの根拠を持っているだろうとアデルは考えており、一切をカナリアに任せるつもりでいた。


「……ほう、随分と珍しい来客ですな、魔王殿」


 龍の氏族の族長ディードリヒ・ハインケルが、民の間から姿を現した。


「久しいですな」


 相変わらず事務的なディードリヒに、アデルは軽く手を上げるだけに留める。魔王たるもの安易な対応はいけません、とカナリアが口酸っぱく言うため、アデルの考える魔王としての素振りを頑張っていた。


「して、何用ですかな。龍の氏族は、戦に向けた準備で多忙である故、要件は手短にお願いしたい」

「用は──なんだ?」


 と、アデルはカナリアに話を振った。


「お初にお目にかかります。黒騎士フィルディアが娘、カナリアでございます、族長ディードリヒ様」


 カナリアは一礼して名乗った。


「ほう、フィルディア殿のご息女であったか。貴殿の父には、世話になった」

「戦の準備──とは、魔界に入り込んだ勇者とその一行ですね」


 ディードリヒはその通りだと、隠さずに答えた。


「その戦、我が魔王様にも協力をさせていただけないかと思い、お願いに参りました」

「えええええええええええええええええええっ!?」


 なんだか話がオカシイぞと、アデルが素っ頓狂な声を上げた。


「……魔王殿はたいそう驚きのようであるが……いや、わざわざの来訪ではあるが、お断りさせていただこう。足手まといを抱えては、勝てる戦にも勝てなる」


 きっぱりとディードリヒは断言した。

 アデルはカナリアの腕を掴んで自分の方に向けると、小声で詰問した。


「おいカナリア、そんな話は聞いてないぞ」

「言って無いのに聞いていたらオカシイじゃないですか」

「そういう話ではないだろう」

「そういう話ですよ」


 カナリアはそう言い放ってアデルを突き放すと、改めてディードリヒへと向き直る。


「まあ! 歴戦の龍の氏族ともあろう方々が、足手まとい一人いる程度で負けるだなんて、ご謙遜を」

「安い挑発だ──」

「むっきー! 邪魔者がいたって、負けるわけないだろ!」


 ディードリヒは軽くあしらったが、簡単に引っかかる者がいた。


「……フラン、引っ込んでいろ」


 アデルのすぐ背後に突如として現れたその娘は、アデルの身体をペタペタと触りまくると、


「なんだなんだ、魔王のくせに、なんでこんな貧相な身体してんのさ! うわっ、何この腕! ほそっ! 胸板うすっ!」


 アデルの情けない身体について、そう言い放った。


「この足じゃ龍に跨っても力入らなさそうだし、こんな首じゃ風圧でぽっきり折れそう!」


 全身にダメ出しをしたフランは、つまらなさそうにディードリヒのほうへと寄った。


「アレ、本当に魔王なの? 足手まとい以前に、戦場に辿り着く前に死にそうなんだけど」

「ふ、普通に生きてる分には健康的なんだぞっ!」


 アデルは涙目で反論した。


「フラン、その辺にしておけ」

「……殺しますよ、ぺったんクソガキ。人参加えさせて窒息死させますよ」


 カナリアは温厚な表情を保ったまま視線の刃でフランを斬りつけながら、スカートの中から取り出した大きめの人参の先端をぷらぷらと揺らした。


「む、胸の大きさは関係ないだろ! でかいからって自慢するな! それから人参はいらない」


 叫びつつプレゼントを断りつつ、フランはディードリヒに巻き付いた。


「パパン、アレじゃ魔王の下から離れたのが正解だったって分かるよ」


 父に向けてそう言いながら、フランはアデルへと向き直った。


「あたしはフラン・ハインケル。で、魔王ちゃんの名前は?」

「魔王ちゃん、てなあ……名はアーデライト・アルタロスだ」

「ふうん」


 自分で聞いておきながら、フランはとても興味なさそうだった。

 フランは胸も大きくないし、なんだか幼い感じがして、アデルは好印象を感じていた。背はアデルよりもやや高いが、おそらくそれは戦士の一族だからに違いない。年の頃は六十には届いていないだろう。服から飛び出ている腕と足は筋肉質に見えるが、柔らかさも兼ね備えているようだ。触れられた時の手の感触は柔らかく、これは幼子のモノに違いない。

 なるほどなるほど、思いがけない出会いに、アデルは心持ち喜びを感じていた。


「そっちの女はー?」


 カナリアは、そう問われても口を開く素振りすら見せなかった。


「……なんだよー、ムカつくなー。ねえ魔王ちゃん、どういうことー?」

「カナリア。名乗れ」

「……魔王アーデライトの愛妾、カナリア」


 とても不機嫌に、不本意であると言葉に乗せながら、カナリアはそう名乗った。


「おお、魔王ちゃんのお手つき!」

「自称だ自称! 本気にしないでくれ!」


 アデルは精一杯否定した。


「……魔王殿。すでに用は済んだであろう、そろそろお帰り願いたい」

「そんなストレートに帰れって言われたの初めてだ!」

「帰れ帰れー!」


 調子に乗ったフランが、ディードリヒの背中から顔を出して煽ってきた。


「それならさ、龍の氏族が味方になってくれると言ったら帰るよ!」

「……少なくとも、貴殿と手を組む理由がない」


 ディードリヒは淡々と答える。


「用は、魔王がそれだけの理由を見せれば考える、と受け取ってもいいですね」

「まあ、そうだな」


 カナリアの鋭い一撃に、ディードリヒは否定をしなかった。


「分かりました、なら──この魔王が、勇者めを倒しましょう。それで、改めて場を持っていただきましょう」

「でええええええええええええええええっ!?」


 アデルが再び驚いた。

 オカシイ、勇者を倒すために味方にするはずだったのに、話が思いっきり変わってしまっている。

 もちろんアデルに勇者を倒す自信などない。


「魔王殿は、たいそうな自信をお持ちのようだ。すでに結果は見えているが、先に返答を受け取って行かれるか?」

「結構です。この魔王はとても謙虚な方なので、お気になさらず」

「いやいや気にしてよ!」


 アデルの悲鳴は、誰も受け取ってくれなかった。


「あはははは、魔王ちゃん面白いな!」


 立ち去ったはずのフランが、青い龍をゆっくりと歩かせながら、その背に乗って再びその場に姿を見せた。


「なかなか強そうな龍だね」

「魔王ちゃん! いい目をしてるね! そう、あたしのハイゼンはとっても強いよ!」


 アデルに向けて、ハイゼンと呼ばれた龍がアデルの腹に鼻をこすりつける。


「お、褒められてハイゼンも喜んでる。魔王ちゃん、気に入られたね! ……餌だと思ってるのかもしれないけど」


 龍の背からそう言われて、アデルは冷や汗を流しながらこっそりと一歩下がった。


「……龍、人参食べますか」


 カナリアがハイゼンに向けて人参をぷらぷらと揺らすと、ハイゼンは大きく口を開いた。


「こら、そんなもん食わせるな!」


 フランが怒るのも気にもとめず、カナリアはハイゼンの口の中に人参を放り込み、スカートからさらに人参を五本取り出すと、それも口の中に投げ入れた。


「あああああああっ! ハイゼン、そんな汚いもの食うな!」

「汚くありませんよ、ちゃんと洗いましたから」

「ああ、もう……」


 嬉しそうに咀嚼するハイゼンを見て、フランが落胆した。


「ではディードリヒ族長、先ほどのお言葉、ゆめゆめお忘れになりませんよう」

「ふっ、楽しみにしておこう」


 ディードリヒの返答を受け取ると、カナリアはもはや用は済んだとばかりに背の翼を広げた。それを見て、アデルも慌てて翼を広げる。


「お、魔王ちゃん、その翼かっこいいな」

「だろ?」

「ま、ハイゼンの翼に比べるとしょぼいけど。くひひひ」


 さすがに、龍の大きな翼と比べられては小さく見えるのは仕方がない。

 フランとアデルのやりとりを横目に見つつ、カナリアは羽ばたくと、その身を宇宙へと舞わせた。


「それでは失礼する」


 きちんと挨拶をしてから、アデルはカナリアを追いかけて空へと浮かび上がった。


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