第8話 「第2章 2:新たな仲間が欲しいね」
食堂で、カナリアは向かいで美味しそうに夕食を貪り尽くすアデルに見とれていた。
どうして、こうも美味しそうに食べてくれるのか。作りがいがあるったらありはしない。それを見ているだけで、カナリアは幸福感でお腹いっぱいになりそうだった。
「そういえばアデル」
アデルが一息ついたタイミングを見図ると、カナリアは先ほど得た情報をアデルへ開示する。
「龍の氏族が、勇者へ襲いかかったそうですよ」
「へえ、そいつは面白いな。だが、ハインケル将軍の仇討ちではないだろう?」
「そうでしょうね。彼らは戦士ですからね、そのようなことは矜持が許さないでしょう。単純に、集落に近づいてしまっただけのようですが」
「なるほど、それは攻撃するだろうな」
「もっとも、彼らとしてはアデルの助けになるようなことはしたくなかったと思いますが」
「まあ、善意として受け取っておこうじゃないか」
アデルは残りを綺麗に平らげると、カナリアへごちそうさま、と言った。
カナリアは用意していたお茶を入れると、そっとアデルへ差し出しながら、話を続ける。
「しかし、勇者が迷子になるとは思ってもいませんでした」
「そうだよな、そろそろ城まで来るくらいの時間は経っているよな」
勇者の魔界入りの報を聞いて、一月以上は経っていた。だが、勇者はまだ海すら超えていない。
「勇者の仲間たちですが、ハインケル将軍との戦い、今回の龍の氏族の襲撃で、だいぶ仲間を減らしたようですね」
「そのまま全滅してくれないかな」
それは希望であり、予測ではなかった。
「水の氏族は静観するようですし、海を渡るのは容易いでしょうね」
魔界の海を支配する水の氏族は、基本的に自ら争いに加わることのない氏族として知られている。だが、一度仲間を傷つけられれば、龍の氏族よりも恐ろしいハンターとなる。
陸に住まう者が海を渡るには、彼らを超えるより他ないからだ。
水の氏族の族長は、海をも荒れさせるほどの力を持つという話だ。
「まさかとは思うが、龍の氏族が負ける、とかはないよな」
「可能性という意味ではあり得るとは思いますよ。ハインケル将軍を落とすほどです。いい勝負になるのかもしれませんね」
そう言って、カナリアは手を止めた。
「ああ、いいことを閃きました」
「そっと、どこかへしまっておけ」
「……つれませんね、アデルってば」
「イヤな予感しかしない」
「そんなことはありませんよ。龍の氏族を、傘下に加える方法を思いついただけですから」
「──はは、そんなことが出来るのか」
カナリアの入れた茶をそっと傾けながら、それでもアデルはその方法への興味を失えなかった。
「あら? とても興味がある、という目をしていますね」
「き、気のせいだろう」
カナリアの指摘に慌てて、アデルはお茶を急角度に傾けてしまう。勢い良くお茶が流れでて、アデルはむせながらお茶を置いた。
「ふふふ、アデル、バレバレですよ」
「言いたいなら、言ってもいいぞ」
「いえ、止めておきましょう。だって、アデルがしまっておけと言いましたからね」
「……」
アデルはじっとカナリアを見つめると、カナリアは頬を染め、その頬に手を当ててクネクネした。
「アデルったら、そんなに熱い眼差しで見つめられると、自分が抑えられなくなります」
「そう言う意味じゃないからな!?」
「んもうアデルはいったい、いつになったら私の愛を受け入れてくれるんですかね」
「三億年後」
「分かりました、三億年後までアデルを凍りづけにしろということですね。確かにそれなら、老いも寿命も関係なさそうです」
「止めてっ!」
うっかりしたことを言うと本気にされてしまうため、言質を取られないようにするのにもいちいち気を使う。それでもアデルは、目の前の相棒が無理やりな手段を取らないことを知っているので、ついつい言質を取られてしまい、慌ててストップを掛けるのだが。
……知らない間に取られていると、後で大変なことになるのだが、アデルはそんなことに気付いてはいなかった。
「では話はすっかり変わるんですが、母がたまには顔を出せと言っていましたよ」
「……あー、そういえば長いこと行ってないな。確かに、黒騎士の見舞いには行っておきたいところだが」
腕を組んでアデルは考えこんだ。
ぎっくり腰で寝こむようになったのだから、育ての親への孝行を考えて一度くらいは顔を出しておくか──
「ま、母がアデルに言うことなんて、一つしかありませんけどね」
「よし、勇者が来るから忙しい、とでも言っておいてくれ」
アデルはそれが容易に想像できるので、すぐさま返答内容をまとめた。
「まあ、それは構いませんが。定期的に家に帰っているんで、その時に暇だと答えてしまっていますから、いつまでもゴマカシは効きませんよ」
「……」
「そもそも、先代様に長年仕えた人ですからね、むしろ私より、魔王という立場がどれくらい忙しいか把握していますよ」
「──うむむ」
確か、先代に仕えた期間は百年近かったはずで、それだけ永く仕えていたら、よほどのことがなければ分からないことなんてないだろう。
アデルには、それを武器に徹底的に言葉で殴りかかってくる養母の姿を脳裏に描いたが、ぱっぱと手を振ってそのイメージを消し去った。
「仕方ありませんね、しばらく実家に帰らないようにして、忙しいことをアピールしましょう」
「それは名案だな!」
「おや、それでいいんですね。分かりました、今日からアデルのベッドで寝ることにしましょう」
「……一応、お前の部屋もあるよな」
「もう覚えていませんよ」
涼しい顔で自分の茶を継ぐと、カナリアはそれをゆっくりと飲んだ。
「いい加減、覚悟を決めてください。ヘタレですか」
「カナリアはさあ、ビーンボール過ぎるんだよ。もう少し、ほんの五十年でいいから若がえってくれ」
「残念ですが、私は、今の私のままアデルの寵愛を得るつもりです」
「……」
アデルは、カナリアの頑固さと真っ直ぐさは尊敬に値することもあるが、それが自分に向いていなければ、という条件付きである。もっとも、なんだかんだ言いつつも実力行使をしてこない点については感謝してもいいと思っている。
とはいえ、ある程度のところで回避しなければ、アデル自身が自分を追い込むハメになってしまう可能性もあったので、話の進行方向をぐるっと反転させることにした。
「そうだ、さきほどの件、龍の氏族に関することか」
「……さきほどの件?」
上手いこと話を逸らすことが出来たので、アデルはそのまま話を続ける。
「ああ。なんか閃いた、って言っていたろ」
「はいはい。そうですね、龍の氏族を、合法的に傘下に加わってもらう方法を思いつきまして」
「……とてもツッコミたくない単語は華麗にスルーするとして、味方に付けることが出来るのか」
「まあ、するだけなら難しくはないんですが、なるべく穏便に済む方法があるなと」
「……やっぱり、聞かないほうがいいのか……」
「大丈夫ですよ。聞けば、アデルもそれなら、と納得するでしょう」
自信があるようにそう言ったカナリアは、アデルの茶が飲み干されていることに気付いて、もう一杯継いであげた。