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第43話 「エピローグ それから」

 停戦合意の条件の中で、地上と魔界を塞ぐ大穴を一年ちょっとばかりの間、封鎖することに決まった。魔界よりも時間の流れの早い地上では、それでも十分な時間だ。それだけあれば、地上でももはや魔王の存在は少なからず遠く感じられるようにだろう。

 うっかり魔界に入り込まれ、魔王が生存していたことが知れ渡ることを恐れたことと、お互いに干渉しないことを明確にするための対応だった。

 そのため、ミランダはしばしの間だけアデルへの嫁入りが延期されることとなった。

 これにアデルは血涙を流しつつも受け入れ、ミランダも大粒の涙を流しながらも受け入れた。


「あっ……」


 じわじわと光の精霊の力を流し続けていたミランダが、地上へと送り返される時間が来たようだった。

 少しずつ透けていくミランダにアデルは抱きつき、別れを惜しんだ。


「待ってるからな、ミランダ。必ず、必ず戻ってきてくれな」

「うん、絶対だよ。ちゃんと、お嫁さんになりにくるからね……」

「ああ、約束だ」

「うん、約束……」


 アデルはミランダと硬く約束を交わし、そして。


「それじゃあ、元気でね、お兄ちゃん」


 ミランダは、最後にそう残して広間から姿を消した。


「カナリア。アーちゃんのこと、よろしくね。出来れば……性癖も何とかして貰いたいわ」

「ええ、お任せください。大丈夫ですよ、きっちりと校正させますから」

「……なんだか、俺が悪いっぽい言い方だなあ」


 そうは言うものの、アデルは少しだけ寂しさを顔から隠せていなかった。


「それじゃあね、アーちゃん。もう会うこともないでしょうけど。母さんは、この人と仲良くやっていくから」


 ぐったりとしたガラハドはナビーリアの小脇に抱えられていた。ガラハドの体はうっすらと光に包まれており、光の精霊の力で地上へと送り返されるのも間近であることが知れた。

 ガラハドに渡されていた闇の精霊の力は、すでに闇の精霊自身が回収されたため、光の精霊の加護を受けた勇者としての力が表層に出てきていた。


「ああ。会えて嬉しかったよ。さよなら、母さん」

「ええ。さよならアーちゃん。ニャルガも、アーちゃんのこと、よろしくね」

「任されよう。さらばじゃ、姉様」


 ナビーリアは闇をまとうと、手を振りながらその闇の中に吸い込まれ、その場から消えていった。


「さて。とりあえず、後始末か」


 アデルはその場にいる者たちに、そう声を掛けた。




 魔王アーデライト・アルタロスがまた負けた! 勇者に土下座して許しを請うて生き延びた! あの貧弱者には期待できない!

 そんなゴシップが魔界中に広がったのは、停戦合意のすぐあとであった。

 未曾有の暴風である勇者を倒すため、という一時的な協力関係を結んでいた氏族たちは、敗北の報を受けると、速やかに魔王の城から民を引き上げた。

 アデルは魔王になって以来七年ぶり二度目の、三行半を多数の氏族に叩きつけられてしまった。

 魔王の元に残った氏族は、戦いの中心になっていた龍、鬼、獣、水の四氏族だけだった。たった四氏族だけではあったが、アデルはそれでも十分だと思っていたし、それだけ残ってくれていたことが嬉しかった。

 それから一年と少しばかりが過ぎていった。


「魔王ちゃーん、畑に子どもまだ出来てなかったよー?」


 てこてこと広間に入ってきたフランは、畑仕事を手伝うかたわら、畑で出来るはずの子どもを、今か今かと楽しみにしているようだった。

 さすがに、いつまでもそのままと言うわけにはいかないとは思ってはいたが、いまだに畑で子どもが出来ると信じているフランに、アデルは言い出すキッカケを見いだせなかった。

 気の毒には思いつつ、さりとて大人の女など抱きたくないと、アデルは途方に暮れていた。


「そ、そっか……まあ、気長にな」


 いつものように、アデルは玉座でのんびりとしていた。

 あの戦いのあと、大穴が封じられたことで地上と行き来が出来なくなり、勇者が魔界へと入り込んで来ることもなかった。

 氏族間での小規模な争いは起きていたようだが、アデルにとっては他人事である。

 アデルの元には、相変わらず四氏族だけが残っていた。

 目の前に危機があるわけでもなく、アデルはそれ以外の氏族を味方につける気はなかった。

 強大な力を背景に武力で全氏族を統一した先代の魔王のような生き方に憧れはするものの、それは自分には向いていないと早々に諦めた。今のところ、それで問題はなく、魔界は至って平和であると言えた。


「はあ……暇だし、今のうちに子ども育てたいんだけどなあ。パパンも、帰る度にまだかまだかって言うんだよ」

「こればっかりは、授かりモノだからな。焦ったほうが良くないと思うぞ」

「それは分かってるよー。仕方ない、ちょっと散歩にでも行ってくるよ」


 広間からフランが退室していったのを確認してから、アデルの隣で微笑み続けていたカナリアが口を開いた。


「いつまでも騙されっぱなしなんて可愛いですね」

「お前がそう言うと、褒めているようには聞こえないよな」

「それはアデルが考え過ぎなんですよ。それよりも、私も早く子どもが欲しいですね」

「……カ、カッテニガンバレバイインジャナイカナー」


 下手くそな口笛を吹いてアデルは誤魔化そうとするが、そんなものがカナリアに通じるわけもなかった。


「勝手に頑張ってもいいという許可をありがとうございますね。それでは早速、今夜から勝手に頑張りますから、覚悟しておいてくださいね、アデル」


 アデルとカナリアの関係も、ずっと変わらずにいた。

 アデルはそれが心地よく、ずっとそうであって欲しいと思ってはいるものの、カナリアの方がそれには満足していなかった。

 叶うのであれば、カナリアの願いは叶えてやりたいとアデルは思っている。ただ残念なことに、カナリアはすでに成長しきった大人の女である。その事実がアデルの行動を食い止める。

 せめて、見た目だけでも……とは思うものの、そうはいかないのが無念でならなかった。


「……何も聞かなかったことにしておこう」


 だからアデルは、自分の知らないところで勝手に願いが叶ってしまえばいいと思っていた。


「相変わらず、仲がいいのう」


 カナリアとやりとりしている間に、いつの間にか広間にはニャルガが入ってきていた。


「──ニャルガ!」


 その姿を認めるや、アデルは玉座から立ち上がって一目散に駆け寄り、ニャルガに抱きついた。


「ああ、ニャルガ、久しぶりだなあ。うんうん、この匂いだあ」


 抱きついて匂いを嗅いでそこら中を触りまくるアデルを、ニャルガは好きな様にさせていた。


「魔王殿は、いつまでも変わらぬな」


 ニャルガは、獣の氏族の族長位を譲るため、長いこと城を離れていた。そして今日、戻ってきた。


「族長は、無事に譲って来れたのか?」

「うむ。綺麗サッパリと片付けてきたわ。これでワシも、ただの人じゃ」

「そうかそうか。なら、もう遠慮なくニャルガを抱きしめてクンクンモフモフしていいわけだな」

「……かなり昔からしているではないか」


 呆れつつも、ニャルガはアデルの言葉を否定しないでいた。


「それよりも、じゃ。大穴の封印が解かれたそうじゃ」


 ニャルガの言葉に、アデルとカナリアは色めきだった。


「すでにドガを向かわせておる。そこでフランを見かけたので、後を追わせたが……」

「勇者、でしょうか」

「どうだろうな。だが警戒だけはしておこう」


 アデルは、新たな戦いの予感を感じていた。




 果たして、地上と魔界の間に敷かれた封印を解いたのは、地上の勇者であることが確認された。

 龍の氏族の伝令から、ドガが撃退され、フランもいいようにあしらわれて叩き落されたという報告が入った。

 ただ、二人とも大きな怪我はなく、無事であるということが報告に付されていた。

 城内には最低限の守りしかなく、攻め込んでくれば瞬く間に広間へと至るだろう。

 カナリアが慌てて廊下へ走りだそうとしたその瞬間、広間の扉が轟音を立てて開いた。

 そこには、アデルの見覚えのない女がいた。

 灼熱の炎で造られたような真紅の長髪、整った顔立ちと優しげでありながらも視線は厳しい。スラっとした長身に豊満なバストを抱え、一目でアデルはいい女だと思った。

 ただ、守備範囲から逸脱していたので、それ以上の感情を抱く事はできなかった。

 玉座に座りながら、アデルは魔王らしくあろうと緊張で高鳴る鼓動を顔から隠した。


「よくぞ来た地上の勇者よ。俺が魔王だ」


 上手く言えたかドキドキしながら、アデルは精一杯の虚勢を張った。

 カナリアが、すっと前に出て両手にナイフを構え、アデルを庇うような位置に立つ。

 すっかり油断しきっていた。

 勇者が再び現れて、攻め込んでくることは想定していなかった。だが、今更それを悔やんでも仕方がない。精一杯、抵抗することをアデルは考えていた。

 だが、勇者はアデルの予想を大きく飛び越える反応をした。


「……お兄ちゃん、やっと、やっと会えた……」


 その言葉で、アデルは心臓が止まりかけた。頭の中に様々な記憶が往来して、目の前の少女との誤差を修正していく。そして思い出す。


「ミランダ、なのか……?」

「うん、そうだよ」


 満面の笑顔で、その少女は頷いた。


「──そうか。地上では、五年も経っていたのか」


 先だっての戦いから、一年と少々。地上では、およそ五年。

 五年後の再会の約束。アデルは脳内から少々溢れてしまっていたが、ミランダはちゃんと覚えていて、そして約束を果たそうとこうしてやってきた。


「お待たせ、だね。ずっと、ずっと会いたかった」


 笑顔のまま、ミランダは涙を流していた。

 アデルは──


「ミランダ……」


 呆然としながら立ち上がり、そして告げた。


「なんで……なんで、成長してしまったんだ!」

「……はっ?」

「そんなに大きくなっちゃったら……女の子としては終わりじゃないか!」


 ミランダは、アデルの言う言葉が理解できず、左右を見回したりしながら、言葉の意味を探った。

 アデルの目の前に立ったカナリアは、アデルがいつも通りだったことに安心して、ナイフを仕舞う。最大の脅威だと思っていた女は、もはや脅威ではなくなった!


「地上の五年、というのは残酷なんだな……ミランダ、ごめんな。もう、ミランダを大切に出来そうにない」

「……ふふ。ふふふふふふふふ」


 顔をうつむかせたまま、ミランダは壊れた機械のように笑い始めた。


「ははははははは、あははははははははは」


 ミランダが、一歩前に出る。


「お兄ちゃんは、お兄ちゃんはそんなこと言わない!」


 剣を抜きながら、ミランダは一直線に玉座を目掛けて走りだした。

 その剣を、深々とアデルへと突き立てる。間違いなく、その剣はアデルの心臓をきっちり貫いていた。


「わたし、知ってるよ。光の精霊の力さえ使わなければ、お兄ちゃんは死んでも大丈夫だって。約束だもんね、ちゃんと、お嫁さんにしてもらうんだから……ね?」


 アデルは、とても久しぶりに暗くなっていく視界の向こうで、狂気じみた笑顔を咲き誇らせるミランダの顔を見た。そして視界が漆黒に染まった。

 玉座から姿を消失させたアデルが、少しだけの間を開けて広間の中心に落下した。 


「まったく、アデルはいつになったら女心が理解できるんでしょうね」


 そう言いながらカナリアは嬉しそうに言葉を続けた。


「おお魔王よ、死んでしまうとは情けない」


end


これにて「おお魔王よ、死んでしまうとは情けない」完結となります。

最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。


ファンタジーというジャンルの物語を書きたいという欲求を広げた結果、

こういった物語を皆様へ披露させていただくこととなりました。


これだけの長い長いお話ではありましたが、最後まで読んでいただけましたこと、改めて御礼申し上げます。

皆様に費やしていただけた時間に報える物語でありましたら、これより幸せなことはございません。


それでは、またの機会に皆様のお目に触れます機会に向けて精進して参りたく思います。

ありがとうございました。

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