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第42話 「第8章 5:戦いの終わり」

「「「「えええええええええええええええええええええええええええええっ!?」」」」


 ミランダが、カナリアが、ニャルガが、フランが、アデルの宣言に声を揃えて驚きの声を上げた。

 ドガは驚いた顔をしているが、声は出さない。


「お、お兄ちゃん!? わたし頑張ってこいつら殺すよ!?」

「アデルが決めたことであれば……ですが、正気ですか? 頭打っておかしくなっていませんか?」

「魔王殿! 今なら勝機がありますぞ!?」

「考えなおしてよ、魔王ちゃん!」


 それぞれに思うところは大きいようで、アデルは一身に集中砲火を浴びた。

 だが、アデルの決意は硬かった。


「ストップストップ、とりあえずみんな、俺の話を聞いてくれ」

「があぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 一人、話の通じないガラハドがアデルに向かって飛びかかる。ミランダはその間に割り込むと、剣で攻撃を受け止める。


「ちょっと! こいつなんとかしなさいよ! これから、お兄ちゃんがお話するんだよ!?」

「……そうね」


 ミランダの悲鳴に近い訴えに、ナビーリアはしばし考えこんでから……ガラハドに戻るよう命令を下した。

 不承不承というのが目に見えて分かるが、それでもガラハドはナビーリアに従ってゆっくりとさがっていった。


「そもそもの前提が間違っているんだ」


 アデルは最初にそう切り出した。


「この戦いそのものに、意味が無い。戦う必要なんて、なかったんだ」


 広間にいる全員が、この戦いで小さくない傷を負っている。そしてガラハドが広間まで到着するまでの道中で、魔界の住人が多数死傷している。

 その結果すら、アデルは無意味であったと否定した。

 それは、誰しもが受け入れることは難しかった。少なくない犠牲は、勝利のために消費したものだ。


「納得がいかないところもあるだろうが……それは、お互い様ということにしよう」


 より多い犠牲を出した魔王側のトップがそう言っても、感情的には納得出来ないという顔をしているのが、アデルには見て取れた。

 だが、これ以上の犠牲を出すよりは、今の犠牲でこの結末に辿りつけたのだと、アデルは自身を納得させていた。


「俺の──魔王側の勝利は、勇者を追い返すことと、俺が生きていること、だと思うんだ」


 個人的には、少なくとも自分の周りの者が全員無事であることだけど、とアデルは付け加える。

 その勝利条件そのものには、カナリアたちの誰もが同意した。そう、ここは間違っていなかった。それにアデルは安堵しつつ、続けていく。


「そして勇者側の勝利は、魔王を倒したという実績を作ること」


 ナビーリアは失った腕を抑えながら肯定する。ガラハドはナビーリアの側で、今にもアデルへ跳びかかりたいという衝動を必死に抑えこんでいた。


「つまりは──俺が、勇者に降伏することで、それは同時に達成される、と思うんだよな」


 アデルがそう言うと、カナリアたちは顔を見合わせるが、互いに困惑しており、それが正しいのかどうか、判断に悩んでいた。

 アデルの言葉を頭で受け止めて、それがどうであるかを考え、ニャルガはそれについて一つの答えを出した。


「う、うむ……確かにそうかもしれんな」

「ちょっとバ様! 騙されてるよ!?」

「なんとっ!? 魔王殿……騙すのはよくないな」


 結局は状況を理解しきれなかったフランが、負けるということには納得いかず、とりあえず抗議の声をあげ、ニャルガはうっかりそれに乗ってしまった。


「いやいや、騙してなんかいないでしょうが」

「……そうですね、アデルの言うことは、間違ってはいないでしょう。正しいとも、思ってはいませんが」 

「カナリアはやっぱり俺の味方だな」

「それはそうですよ。私達は生まれてからずっと、相思相愛の仲ですからね」


 カナリアが鼻を鳴らしつつ、ミランダを見下すような目であざ笑う。それに、ミランダは歯ぎしりしつつ、言葉を続けた。


「お兄ちゃんがそれでいいなら、わたしはそれでいいよ。だって……旦那様の言うことだもん」


 負けじとミランダはカナリアを睨みつける。


「はは、二人とも仲がいいようで嬉しいな」

「「……ソウデスネ」」


 二人の仲を正しく理解していないアデルに、カナリアとミランダの二人は表面上でだけ同意しておく。


「そもそも、俺は誰にも死んで欲しくないし、もちろん母さんだってせっかく生きてたんだから、どうせなら寿命まで生きていて欲しいよ」

「老い先短いですからね」

「そういうこと言わない」


 アデルはカナリアをたしなめた。


「とはいえ、魔王殿。これまで多くの犠牲を出した氏族たちは到底納得出来ないであろう」

「そうだね。それは仕方がない。俺が地べたに這いつくばって泣き叫びながら降伏した、とでも伝えておいてくれ。俺なら──それで納得してもらえるだろう?」


 それは、アデルの魔界での評判を利用した形だ。


「ろくでなしだとか女たらしだとか貧弱だとかロリコンだとか変態だとか最弱だとかヘタレだとか無能だとか言われている魔王ですしね」

「あの、カナリアさん。本当に泣きますよ?」


 アデルは涙ながらにカナリアに訴えかける。


「全て、魔界中に知れ渡っている、アデルの評判ですから」


 それを知らしめたのは、主にカナリアであるが。


「魔王殿がそれでいいのであれば……」

「いいよ。魔王としてのプライドも何もあるわけじゃないし。それで、俺の手の届く範囲が幸せになれるなら、喜んで汚名を着よう」

「魔王ちゃんの汚名って、重ね着しすぎて着ぶくれしてるよね」


 アデルの魔王としての評判は歴代トップの低評価であった。


「せっかく目の前に勝利があるのに、それを手放すだなんて、実にアデルですね」

「はっはっは、そうだろう」


 胸を張るアデルではあるが、その背中には若干の哀愁が漂っていた。


「それで、母さんは──受け入れてくれるかな?」

「アーちゃんは、強い子に育ったのね。母さんも頑張って育てた甲斐があるわ」

「母さんには育てられてないけどね」

「……アーちゃんの──いえ、魔王の降伏を勇者は受け入れるわ。誰が確認するわけでもないし、ガーちゃんが魔王を倒したという実績は地上で喧伝させてもらうわね」


 魔王側、勇者側がそれぞれ納得を示したことで、アデルの提案は双方に受け入れられることとなった。


「実質的には、停戦合意ということになるのかの」

「あー、そうなるのかな。この場にいる人たちの間で、ね」


 アデルはみんなの顔を見回してみたが、誰一人として晴れ晴れとしていたりはしなかった。

 様々な想いがあることはアデルにも分かっている。ただ、自分で導き出したこの答えが、自身にとっては理想的とも言える結論であることがアデルには誇らしく感じられていた。


「ニャルガ、ありがとう」

「にゃ……良い良い。魔王殿が望んだ結論であろ。ワシはそれに意を唱える気はない。まぁ、氏族の者たちにどう説明するか、ということだけは悩ましいがの」

「済まないね」


 アデルはニャルガに礼と詫びを入れた。


「フラン、納得してない顔だね」

「当たり前じゃん……こんな終わり方は、戦士の戦いの終わり方じゃないからね」

「でも、受け入れてくれてありがとう」


 フランは少しだけ頬を赤く染めてそっぽを向きながら、いいよ、と答えた。


「ミランダ。来てくれてありがとう。ミランダが来てくれたから──こういう答えに辿りつけたよ」

「いいの。だって、わたしはお兄ちゃんのためなら何でもするから」


 ミランダはアデルに破顔した。


「ドガ、済まない。鬼の氏族は一番犠牲を出したよな」


 ドガは無言でアデルを見つめると、しっかりと一度だけ頷いた。


「ありがとう。戦士としての戦い、すごく頼もしかった」


 アデルはナビーリアとガラハドへと向き直った。


「母さん──色々言いたいことはあるけど、また会えて嬉しかった」

「私もよ。アーちゃん、殺そうとして、ごめんなさいね」

「本当だよ。実の子を殺そうとするなんて、酷い親だね」


 アデルは笑顔でそう言うと、ナビーリアも笑顔でそれに答えた。


「……カナリアは……」

「はい、アデル」


 カナリアは笑顔でアデルの名を呼んだ。最後に自分へと向いてくれたことが、自分が特別なんだと思うことが出来て、カナリアはそれがとても嬉しかった。


「……ま、いっか」

「よくありません。アデル、愛しています」

「……あ、ああ……」


 カナリアの不意打ちに、アデルは面食らいつつ、顔を赤くしながら、ありがとうとだけ言った。

 そして──


「ギブアップ」


 両手を上げて、アデルは改めて宣言した。

 こうして魔王は勇者に敗北し、地上から攻め込んだ勇者は魔王を倒したという結果を手に入れた。


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