第40話 「第8章 3:魔王と魔王と勇者と勇者」
「あら、面白いことになっているわね」
息子やその従僕たちがボロボロになっているのを見て、ナビーリアは微笑んだ。
闇の精霊の力を暴風の如く振り回すガラハドに、アデルたちは成すすべもなく翻弄されていた。
全身傷だらけになり、ところどころ血に塗れている。
ガラハドは暴れ疲れると一休みし、それからまた暴れ始める。それを、何度も繰り返した。
「……母さん」
床に這いつくばりながら、アデルはひょっこり現れた母を見上げた。
「ふふ、ガーちゃんたらなかなかの暴れっぷりね」
「ナビーリア姉様……何を、何を考えているのですっ!!」
呑気なことを言うナビーリアに、ニャルガが抗議をする。
「何をって……言われてもねえ。たぶん、見たままよ?」
「がぁぁぁぁぁっ!」
雄叫びを上げるガラハドを見て、ナビーリアは話をしているのだから静かに、とガラハドへ文句を付ける。
指のたった一鳴らしで、ガラハドの周囲には漆黒の空間が広がり、瞬く間にガラハドの姿が飲み込まれる。うるさい声は聞こえなくなり、濃厚だった気配すら、感じられなくなる。
「ニャルガ。この程度で苦戦するなんて、鈍ったんじゃない?」
「……う、うむ……」
そう言われてしまうと、ニャルガはぐうの音も出なかった。戦いから離れて長く、満足な訓練もしていなかったのは間違いない。
「はっ、そうだ姉様! その男は……」
「あら、気付いた? そうよ、やっと、見つけたの」
「なぜ、ガーランド様が……」
「皮肉な話よね。魔王の夫が──生まれ変わったと思ったらよりにもよって地上の人間だし、そのうえ光の精霊の加護を受けて、勇者の資質を持っているだなんて」
「……まさか、魔王を降りたのは……」
「そうよ、ガーちゃんを探すため。だって、許せないじゃない。人のこと勝手に放り出して、一人で死ぬなんて。だから──」
ナビーリアは少しだけ、間を開けた。
「魔王を倒した勇者としての名声を得てもらって、あとはのんびりと二人で過ごすの」
「母さん……俺を殺すってこと?」
「酷いわ、アーちゃん。母さんが大切な息子にそんなことをすると思う?」
「……」
「そんな目で見られると、悲しい。勘違いしているようだけど……殺しそうになったから、闇の精霊の力を与えて、魔王が死なない状況を作ったのよ」
既に三度ばかり殺されたアデルは、闇の精霊の加護で三度生き返っている。ナビーリアはかつて魔王であったため、魔王の死ぬ方法について熟知している。だからこそ、どこまでやればいいのかが分かっている。
「お腹を痛めて産んだ子なのよ。大切に決まっているじゃない」
「──俺の記憶が確かなら、母さんと会うのは、これで五回目だよ?」
「アーちゃんの記憶がないだけ、よ……」
「私の記憶では六回です。アデルが生まれたその日に、母さんが連れ帰ってきた時には、もう物心ついていましたので、覚えていますよ、ナビーリア様」
「……あ、あら。そんなものだったかしら。まったく、本当に貴方はネージュそっくりね。細かいことばかり覚えていても仕方がないわよ」
「娘ですから」
「……まあ、いいわ。とりあえずアーちゃん以外には死んでもらうわ」
ナビーリアは当然のようにそう言うと、指をかき鳴らした。それを合図に、ガラハドが再び広間へと姿を現す。
「姉様!」
「ごめんね、ニャルガ。貴方のことは大好きだったけど、ガーちゃんのために死んでね」
「……ニャルガは、殺させない。俺の、大切な女、なんだ……」
体中から届く悲鳴を無視して、アデルは壁に手をつきながら立ち上がった。
「アーちゃん。もう少し、相手を選びなさい。母さんみたいないい女は見つけられないでしょうけど」
「それは無理でしょう。アデルは、幼女趣味の変態ですからね……」
カナリアが、アデルに寄り添うように立ち上がり、二本のナイフを構える。
「アデルと共に生きると誓いました。この愛は、この程度のことでは切り裂けません」
「全く魔王殿は……そういうことを言われてしまうと、迂闊に死ぬわけにもいかぬではないか。バカモノが……」
「思いっきりハブられてたけど、あたしだっているよ!」
ニャルガとフランも立ち上がって、ナビーリアへ向けて構えを取る。離れた場所にいたドガも、片腕を失ったままでバランスが悪そうに立ち上がる。
ガラハドはナビーリアの隣で、体を揺らしながら、ゴーの合図を待っているようだった。すぐにでも飛びかかれるよう構えを取りながら、アデルたちをねめつけている。
「最後の抵抗、というわけね。美しい主従愛ね。でも、無意味ね」
「──それはどうでしょう」
その言葉と共に、広間に光が溢れた。目のくらむような眩しさに、アデルたちは目を開けていられない。
光の向こうから、人影がじんわりと湧きだして広間へと入り込んできた。その人影は、一瞬でナビーリアとガラハドへ肉薄すると、剣を閃かせた。
ガラハドがその攻撃に気付いて、ナビーリアを抱きかかえてその場を離れた。
「ぐっ……」
ナビーリアの右腕が宙を舞い、床に落ちた。
「追ってきたのね……よくここが分かったわね」
「ふふ。お兄ちゃんが、わたしの宝物、ずっと大切に持っていてくれたから……」
その人影は、アデルが愛してやまない、地上にいるはずの勇者の資質を持った、まだ覚醒していないはずの少女。
ミランダ・コーネルであった。
「ミランダ!?」
アデルは歓喜した──が、すぐさま現れたミランダに怪訝な目を向ける。
「……なんで、ミランダが?」
「お兄ちゃんがピンチだったから……迷惑だった?」
「まさか! むしろ、会えたことが嬉しいよ。でも……ミランダは、まだ勇者じゃ……」
「えへっ」
「かっ、可愛いなぁ」
てこてこ、と寄ってきたミランダに鼻の下を伸ばして、いい子いい子するアデル。
「……アデル、気付いていなかったんですね」
「カナリア……」
突如として現れたミランダに、カナリアは非常に厳しい視線を浴びせかける。カナリアにとって、最大の敵である少女だ。
「ああ、おばさんが、わたしのことを殺そうとしていた人だね?」
「カナリアっ!?」
「アデル。貴方が地上で死んだのは、全てこの女がやったことですよ。毎回、貴方はこの女に殺されていたのです」
「はっはっは、何を言うんだカナリア。ミランダがそんなことするわけが──」
笑い飛ばしたアデルであったが、ミランダは顔を伏せたままで、否定しようともしない。
「……ミランダ……」
「鼻血を吹いて死ぬだなんて、錯覚なんですよ。そんなことで死ぬわけがないじゃないですか。それくらい、分かっているものと思っていましたが」
カナリアの言葉は衝撃的で、アデルは思わず硬直した。
「お兄ちゃん、わたし……」
うるうると潤んだミランダの目を見ていると、アデルは衝動的に抱きしめてしまっていた。
「気にするな。俺はこうして生きているんだから、何の問題もない」
「うん、お兄ちゃん」
カナリアがものすごい表情をしながら、足元の床を踏み抜き、粉々に砕き始める。
「アデル。私は、その女だけは、認めませんよ。一億歩譲って、ニャルガ様のことは我慢していますが……」
「……お兄ちゃん、その女は敵だよ。一緒にいたら、お兄ちゃんが不幸になるよ」
ミランダとカナリアが激しく睨み合う。
「なあバ様。よく状況がわかんないんだけど」
「ワシにも分からん」
フランのもっともな疑問を、ニャルガはどうでもいいと言わんばかりに放り投げた。
「とりあえず、ガキんちょ。貴方はあの元魔王と勇者紛いを倒してください。そのために来たんでしょう?」
「わたしは、お兄ちゃんのお嫁さんになりにきたんだよ。ついでに、アレは倒してあげてもいいけど……」
「うっひゃああああああああああああああああっ!!」
ミランダの嫁発言に、アデルは感極まって大きく叫んだ。興奮のあまり、鼻血が吹き出して綺麗な放物線を描く。
そしてアデルは──ばたりと床に仰向けになって倒れたが、当たり前のことだが死んだりはしなかった。
「自ら、死なないことを確認するなんて、アデルは本当におちゃめさんですね」
すかさず倒れたアデルの頭を持ち上げて、カナリアが膝枕をしてあげる。
「ほら勇者。さっさと戦って、せっかくなので、一緒に死んでください」
「うっさいオバサンね。わたしはお兄ちゃんのために戦うんだからさ、黙っててよ」
ミランダは、笑顔でアデルを膝枕しているカナリアをおもいっきり睨み付けた。
 




