表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/43

第40話 「第8章 3:魔王と魔王と勇者と勇者」

「あら、面白いことになっているわね」


 息子やその従僕たちがボロボロになっているのを見て、ナビーリアは微笑んだ。

 闇の精霊の力を暴風の如く振り回すガラハドに、アデルたちは成すすべもなく翻弄されていた。

 全身傷だらけになり、ところどころ血に塗れている。

 ガラハドは暴れ疲れると一休みし、それからまた暴れ始める。それを、何度も繰り返した。


「……母さん」


 床に這いつくばりながら、アデルはひょっこり現れた母を見上げた。


「ふふ、ガーちゃんたらなかなかの暴れっぷりね」

「ナビーリア姉様……何を、何を考えているのですっ!!」


 呑気なことを言うナビーリアに、ニャルガが抗議をする。


「何をって……言われてもねえ。たぶん、見たままよ?」

「がぁぁぁぁぁっ!」


 雄叫びを上げるガラハドを見て、ナビーリアは話をしているのだから静かに、とガラハドへ文句を付ける。

 指のたった一鳴らしで、ガラハドの周囲には漆黒の空間が広がり、瞬く間にガラハドの姿が飲み込まれる。うるさい声は聞こえなくなり、濃厚だった気配すら、感じられなくなる。


「ニャルガ。この程度で苦戦するなんて、鈍ったんじゃない?」

「……う、うむ……」


 そう言われてしまうと、ニャルガはぐうの音も出なかった。戦いから離れて長く、満足な訓練もしていなかったのは間違いない。


「はっ、そうだ姉様! その男は……」

「あら、気付いた? そうよ、やっと、見つけたの」

「なぜ、ガーランド様が……」

「皮肉な話よね。魔王の夫が──生まれ変わったと思ったらよりにもよって地上の人間だし、そのうえ光の精霊の加護を受けて、勇者の資質を持っているだなんて」

「……まさか、魔王を降りたのは……」

「そうよ、ガーちゃんを探すため。だって、許せないじゃない。人のこと勝手に放り出して、一人で死ぬなんて。だから──」


 ナビーリアは少しだけ、間を開けた。


「魔王を倒した勇者としての名声を得てもらって、あとはのんびりと二人で過ごすの」

「母さん……俺を殺すってこと?」

「酷いわ、アーちゃん。母さんが大切な息子にそんなことをすると思う?」

「……」

「そんな目で見られると、悲しい。勘違いしているようだけど……殺しそうになったから、闇の精霊の力を与えて、魔王が死なない状況を作ったのよ」


 既に三度ばかり殺されたアデルは、闇の精霊の加護で三度生き返っている。ナビーリアはかつて魔王であったため、魔王の死ぬ方法について熟知している。だからこそ、どこまでやればいいのかが分かっている。


「お腹を痛めて産んだ子なのよ。大切に決まっているじゃない」

「──俺の記憶が確かなら、母さんと会うのは、これで五回目だよ?」

「アーちゃんの記憶がないだけ、よ……」

「私の記憶では六回です。アデルが生まれたその日に、母さんが連れ帰ってきた時には、もう物心ついていましたので、覚えていますよ、ナビーリア様」

「……あ、あら。そんなものだったかしら。まったく、本当に貴方はネージュそっくりね。細かいことばかり覚えていても仕方がないわよ」

「娘ですから」

「……まあ、いいわ。とりあえずアーちゃん以外には死んでもらうわ」


 ナビーリアは当然のようにそう言うと、指をかき鳴らした。それを合図に、ガラハドが再び広間へと姿を現す。


「姉様!」

「ごめんね、ニャルガ。貴方のことは大好きだったけど、ガーちゃんのために死んでね」

「……ニャルガは、殺させない。俺の、大切な女、なんだ……」


 体中から届く悲鳴を無視して、アデルは壁に手をつきながら立ち上がった。


「アーちゃん。もう少し、相手を選びなさい。母さんみたいないい女は見つけられないでしょうけど」

「それは無理でしょう。アデルは、幼女趣味の変態ですからね……」


 カナリアが、アデルに寄り添うように立ち上がり、二本のナイフを構える。


「アデルと共に生きると誓いました。この愛は、この程度のことでは切り裂けません」

「全く魔王殿は……そういうことを言われてしまうと、迂闊に死ぬわけにもいかぬではないか。バカモノが……」

「思いっきりハブられてたけど、あたしだっているよ!」


 ニャルガとフランも立ち上がって、ナビーリアへ向けて構えを取る。離れた場所にいたドガも、片腕を失ったままでバランスが悪そうに立ち上がる。

 ガラハドはナビーリアの隣で、体を揺らしながら、ゴーの合図を待っているようだった。すぐにでも飛びかかれるよう構えを取りながら、アデルたちをねめつけている。


「最後の抵抗、というわけね。美しい主従愛ね。でも、無意味ね」

「──それはどうでしょう」


 その言葉と共に、広間に光が溢れた。目のくらむような眩しさに、アデルたちは目を開けていられない。

 光の向こうから、人影がじんわりと湧きだして広間へと入り込んできた。その人影は、一瞬でナビーリアとガラハドへ肉薄すると、剣を閃かせた。

 ガラハドがその攻撃に気付いて、ナビーリアを抱きかかえてその場を離れた。


「ぐっ……」


 ナビーリアの右腕が宙を舞い、床に落ちた。


「追ってきたのね……よくここが分かったわね」

「ふふ。お兄ちゃんが、わたしの宝物、ずっと大切に持っていてくれたから……」


 その人影は、アデルが愛してやまない、地上にいるはずの勇者の資質を持った、まだ覚醒していないはずの少女。

 ミランダ・コーネルであった。


「ミランダ!?」


 アデルは歓喜した──が、すぐさま現れたミランダに怪訝な目を向ける。


「……なんで、ミランダが?」

「お兄ちゃんがピンチだったから……迷惑だった?」

「まさか! むしろ、会えたことが嬉しいよ。でも……ミランダは、まだ勇者じゃ……」

「えへっ」

「かっ、可愛いなぁ」


 てこてこ、と寄ってきたミランダに鼻の下を伸ばして、いい子いい子するアデル。


「……アデル、気付いていなかったんですね」

「カナリア……」


 突如として現れたミランダに、カナリアは非常に厳しい視線を浴びせかける。カナリアにとって、最大の敵である少女だ。


「ああ、おばさんが、わたしのことを殺そうとしていた人だね?」

「カナリアっ!?」

「アデル。貴方が地上で死んだのは、全てこの女がやったことですよ。毎回、貴方はこの女に殺されていたのです」

「はっはっは、何を言うんだカナリア。ミランダがそんなことするわけが──」


 笑い飛ばしたアデルであったが、ミランダは顔を伏せたままで、否定しようともしない。


「……ミランダ……」

「鼻血を吹いて死ぬだなんて、錯覚なんですよ。そんなことで死ぬわけがないじゃないですか。それくらい、分かっているものと思っていましたが」


 カナリアの言葉は衝撃的で、アデルは思わず硬直した。


「お兄ちゃん、わたし……」


 うるうると潤んだミランダの目を見ていると、アデルは衝動的に抱きしめてしまっていた。


「気にするな。俺はこうして生きているんだから、何の問題もない」

「うん、お兄ちゃん」


 カナリアがものすごい表情をしながら、足元の床を踏み抜き、粉々に砕き始める。


「アデル。私は、その女だけは、認めませんよ。一億歩譲って、ニャルガ様のことは我慢していますが……」

「……お兄ちゃん、その女は敵だよ。一緒にいたら、お兄ちゃんが不幸になるよ」


 ミランダとカナリアが激しく睨み合う。


「なあバ様。よく状況がわかんないんだけど」

「ワシにも分からん」


 フランのもっともな疑問を、ニャルガはどうでもいいと言わんばかりに放り投げた。


「とりあえず、ガキんちょ。貴方はあの元魔王と勇者紛いを倒してください。そのために来たんでしょう?」

「わたしは、お兄ちゃんのお嫁さんになりにきたんだよ。ついでに、アレは倒してあげてもいいけど……」

「うっひゃああああああああああああああああっ!!」


 ミランダの嫁発言に、アデルは感極まって大きく叫んだ。興奮のあまり、鼻血が吹き出して綺麗な放物線を描く。

 そしてアデルは──ばたりと床に仰向けになって倒れたが、当たり前のことだが死んだりはしなかった。


「自ら、死なないことを確認するなんて、アデルは本当におちゃめさんですね」


 すかさず倒れたアデルの頭を持ち上げて、カナリアが膝枕をしてあげる。


「ほら勇者。さっさと戦って、せっかくなので、一緒に死んでください」

「うっさいオバサンね。わたしはお兄ちゃんのために戦うんだからさ、黙っててよ」


 ミランダは、笑顔でアデルを膝枕しているカナリアをおもいっきり睨み付けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ