第4話 「第1章 1:突然ですが勇者様がやってくる」
「前に報告しておいた勇者が、ついに魔界に入り込んだそうですよ、アデル」
カナリアが玉座の主に告げた。
魔王としての制服に身を包んだアデルは玉座に座りながら、それを聞いていた。
黒を基調として、アクセントに白を使うその魔王の制服は、アデルが魔王の位を継承した日の夜、カナリアが夜なべして作ったものである。
それに身を包んだ際、アデルの体格くらい、わざわざ測らなくても分かりますよとカナリアは言い、実際にアデルの身体にピッタリとフィットした。そして、アデルが身体的に成長していくのに合わせて、いつの間にかサイズが変えられており、キツイと感じたことは一度もなかった。
「魔界にまで入り込んできたとなると、7年ぶりになりますかね。アデルが魔王になって初めての勇者到来ですよ」
「まったく面倒なこと、この上ないな」
七年前、先代の魔王が勇者に討たれた。その時、闇の精霊が次代の魔王にアデルを指名したことで、アデルは魔王となった。
魔王は勇者と違い、死亡時に次の魔王が闇の精霊によって指名される。魔王とはあくまで闇の精霊の代行者として魔界を統治する存在であるが、魔界が統一されていない時期のほうが永かったりする。
魔界では何度かの戦争と、何度かの統一があり、それが定期的に繰り返されている。
アデルの前の魔王は魔界を統一し、そしてアデルが魔王になるのに合わせて離散した。統一されていた期間は、あまり長くなかったとアデルは記憶している。何しろ、生まれた時の魔界は戦争状態で、それに忙しくてアデルは乳母であるカナリアの母に預けられていたくらいだ。
「頑張って、戦ってみます?」
魔王という地位を継承する際には、闇の精霊から魔界の統治を代行するための力を受け取るはずなのだが、なぜかアデルはそれを受け取っていなかった。もしかしたら受け取っているのかもしれないが、扱えないんだからないのと同じだよな、とアデルは思っている。
魔力制御の封印を解除して貰う前に、母とは死別してしまった。
闇の精霊が指定する魔王は、闇の氏族という氏族に限定されている。闇の氏族は、闇の精霊が世界を魔界創造の際に、自身の代理となるものとして生み出された氏族であった。その出自のため、その民は生まれつき高い魔力とそれを駆使した魔法を使うことに長けていた。ただ、幼いうちは魔力の暴走の危険があるため、生まれてすぐに魔力が制御できないように封印を施される。その封印は、親にしか解除できない特別な魔法であった。
最大の武器である魔法を扱えないため、アデルはただのヒトであり、歴代最弱の魔王であった。
闇の氏族はその出自ゆえに少数氏族で、その上魔王となって魔界のトップに立ち、勇者とも戦うため、時間が経つにつれてその人数を減らしていき、現在はほぼ残っていなかった。
そのため、ここ何代かの魔王は直系の血族に継承されてきた。
幸運だったことに何代か前の魔王が浮気癖で、魔界の至るところに子どもを作っており、闇の氏族は絶滅を免れていた。だが、その血縁がどこまで残っているのかは、闇の精霊以外は知らなかった。
闇の氏族の生き残りは、アデルが知っている範囲では、アデル自身とカナリアを含む黒騎士フィルディアの一家の合計四人のみだ。
「魔王って、勇者に殺されると生き返れないんだよ、知ってるだろう」
「もちろん知っていますよ」
「知ってるのに、そういうこと言うのか」
「大丈夫ですよ、アデル。死後の世界でも私が一緒ですから」
「それはイヤだな」
とてもイヤだった。
「ふふ、そんなに照れなくてもいいですよ。恥ずかしがり屋さんですね」
「……」
カナリアはアデルの言葉を意に介さずにいた。
「それで、どうしますか。調べた限り、勇者としての力はかなり弱いようですから、うっかりその辺の魔物にでも倒されてしまうかもしれませんが」
「そうなのか、だったら放置しておくのもアリだな」
「それでもうっかり城まで攻め込んでこれたら、アデルなんてけちょんけちょんのギッタンギッタンですけどね」
「その時は逃げるさ」
「格好の悪い魔王ですね。でもそんなアデルも素敵ですよ」
「……」
褒められているのか貶されているのか分かりにくいカナリアの言葉に、アデルは微妙な顔をした。
「そうそう。勇者が来たのであれば、闇の精霊から託宣でもあるのではないですか?」
「……」
アデルは冷や汗を浮かばせつつ、パッとカナリアから目をそらした。
闇の精霊は特別な事情でもなければ、魔王と交信を行えると聞いていた。だが最近はアデルがいくら呼びかけても、返答がない状態が続いていた。魔王になりたての頃には、きちんと交信できていたのだが。
「アレですね、実はアデルが魔王じゃないとか……いえ、継承の際には魔界の全住人がその声を聞いているので間違いではないでしょうが……実はもう魔王ではなくなっていて、自称魔王だったりするんでしょうか」
「次の魔王についての声は聞いていないだろう」
「寝ている最中だったとか」
「……」
否定しにくかったが、新たに魔王だと名乗る者がいない以上は、それもないと思える。それ以上の根拠はなかったが。
「託宣もない、交信も出来ない、それで魔王だなんて、アデルは本当に色々な意味で前代未聞の魔王ですね」
アデルは嘆息することで返事とした。
「先代様は、友人を相手にするように、暇つぶしに会話していたと聞いております」
「それが原因で答えなくなったとか」
「それもないでしょうね」
「だよなあ」
「たとえアデルが自称魔王だったとしても、私が養ってあげますから不安にならないでいいですよ」
「むしろ不安過ぎるんだが……」
慈愛の瞳で見つめてくるカナリアへ、アデルは素直な感想を口にした。
「もしかしたら何か原因があるのかもしれませんね。何か、闇の精霊を怒らせるようなことをしてはいませんか」
「するわけがないだろう。魔界に生まれた者が、闇の精霊を敬わないわけがない。それは俺だって同じだ」
「それは分かっています。当然ですからね。だからこそ、何かしでかしたのではないか、と考えたのですよ」
「うーん、そうは言ってもなあ、心当たりもないんだよなあ。今でも、寝る前に闇の精霊のことを考えているし」
アデルの言葉に引っかかりを感じたカナリアは、そこを掘り下げることにしてみた。
「寝る前に?」
「ああ。闇の精霊って姿が見えないから、頭の中でとりあえず姿を作って」
「なるほど」
「だいたい四十くらいの女の子で、肌は褐色で、明るい紫色の髪をポニーテールにしててな、ちょっとぶかぶかのタンクトップと短いスカートを着てて、じーっと見つめると、顔を赤くしながら、ず、ずっと我を見続けるでない、って──」
「ストップストップ!」
妄想を爆発させたアデルを、カナリアが急停止させた。
「な、ななななんてことを! よりにもよって、闇の精霊に……」
「いやいや、それくらい親しみを感じてるよってことでだな」
「……一万歩くらい譲っても、ぶっちぎりでアウトな気もしますが、擬人化までなら、許してもらえなくはない……んですかね」
「それで、せっかくなのでベッドの上イチャイチャしたり──」
いつの間にかスカートの中から取り出した漆黒の剣で、カナリアは遠慮なくアデルの頭を殴りつけた。鞘から刃を抜いていないので、鈍器扱いである。
「それが原因です!」
後頭部に大きなコブを作りながら玉座から床に転がり落ちて大の字になったアデルは、ゆっくりと体を起こした。
「痛いじゃないか! だいたい、仲良くなろうと思ったら自然とそうなってしまったんだ!」
「なぜ幼女なのですか」
「男はイヤじゃないか!」
「もう少し年上に……」
「醜い脂肪の塊はいらん」
手に持った剣を、鞘から刃を抜き放ちたいのをギリギリ自制して、カナリアは再びアデルを殴りつけた。
「ほんっとうにロリコンな変態魔王ですね」
アデルは弾き飛ばされた。
「仕方のないことなんだ。ちょっと興奮していた方が眠りにつきやすい体質なんだ」
それでもめげずにアデルは自己主張をやめなかった。
「分かりました、今日から私が添い寝しましょう」
「カナリアは成長しすぎてるから無意味だ。年を半分くらいにしてから出なおしてくれ」
カナリアは剣を構えると、アデルに向かってまっすぐ突き出した。