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第36話 「第7章 5:それぞれの夜」

「怪我の具合はどう?」


 ベッドに寝込むガラハドの額に乗せた濡れタオルを交換しながら、ナビーリアは目を覚ましたガラハドに尋ねた。

 地上へと転送されたガラハドは、城に与えられた部屋ではなく、それまで暮らしていた小さな村の、掘っ立て小屋の中に転がっていた。

 ナビーリアは地上全体を覆うように空へ魔法陣を描いて、見つけ出した。

 光の精霊も、もっと分かりやすい場所に飛ばせばいいものを、と空に浮かぶ太陽を睨みながら、ナビーリアは思ったのであった。


「あ、ああ……もう、大丈夫だ」

「そう。でも、もう少しだけ寝ていたほうがいいわ」


 起き上がろうとするガラハドを制して、ナビーリアはガラハドを再びベッドに寝かせる。

 目を閉じたガラハドにそっと手を当てて、視界を塞いでやる。まだまだ部屋の外は明るいが、こうすれば光も入ってこない。


「すまない、ナビーリア。あのくらいの魔王なら、簡単に倒せるかと思ったんだが」

「そうね。そういう油断が負けた理由よ。でも大丈夫でしょう? 次は油断しないでしょうから」

「はは、勇者の力に踊らされていたのかもしれないな。だが悪くない気分だ。いくら勇者でも、負けることがあるんだと知れた」

「それはそうよ。どんな力でも、使うのは人間だもの。力の大小も使う人間次第でどうにでもなるわ」

「それが嬉しいんだ。あれだけ恋焦がれた勇者の力も、所詮はそんなもんだった、ってことがな」

「貴方は強くなる。そう考えられるんだもの。だから今はゆっくりと寝なさい。もう少しだけ強くなれるように、ちょっとだけ手助けしてあげるわ」

「……ちょっとだけ、か」

「ええ、ちょっとだけ。あとは、貴方次第」

「それくらいなら、遠慮なく受け取っておこう……」


 そのままガラハドは口を閉じた。


「おやすみなさい、ガラハド」


 ナビーリアはガラハドの額にキスをすると、部屋に魔法陣を広げた。闇の色をした魔法陣が瞬く間に部屋を埋め尽くしていく。

 漆黒の雷が魔法陣を走る。暗い炎が魔法陣を舐めていく。魔法陣が光輝いていく。


「さあ受け取りなさい。これが、新しい力よ」


 宙に浮かび上がったガラハドに、魔法陣が収束していった。




 闇の精霊に聞きたいことをひと通り聞き終えたため、会議は解散となった。

 ニャルガとフランとドガは揃って氏族の元へと戻り、アデルは闇の精霊と手をつないだまま私室へと向かい、カナリアはそれに付き従っていた。


「それでは我も消えよう」


 幼い少女の輪郭が消えていくのを見て、アデルは慌てて止める。


「待って待って。せめて、せめて今夜は一緒に寝よう。大丈夫、何もしないから!」

「何もしないのであれば、不要ではないか?」

「じゃあする! 色々するから! だから一緒に寝よう!」

「ダメです、アデル……今日は、今日だけは、私と……」


 弱々しく、カナリアがアデルの服を掴んでくる。その目は潤んでおり、とても儚げに見えた。


「お願いします、アデル。何もしなくていいので……アデル、お願いします……」


 アデルはいつものように拒絶しようとしたが、カナリアの様子がいつもとは全く違ったので、それを口に出せないでいた。


「アーデライト・アルタロスよ、我はいつでも側におる。魔王であれば、配下の者の希望を叶えることもまた、王としての使命ぞ」


 闇の精霊はそう言い残して、制止するアデルの言葉を待たずにその姿をかき消した。


「ああ、俺の闇の精霊ちゃん……」


 がっくりと項垂れるアデルであったが、いつまでも服を掴んだまま何も言わないカナリアに向いて、諦めたように言った。


「分かった分かった。今日だけだぞ、何もしないぞ、何もさせないぞ、大人しく寝るんだぞ」

「……はい、ありがとうございます、アデル……」


 カナリアがこうでは、アデルは調子が狂いっぱなしだった。普段からこうなら、もう少しくらい優しくしてあげなくもないんだけどな、とは思いつつも、こんなカナリアだったら側にいて欲しくないとも思う。

 皮肉屋で、慇懃無礼でありながら、それでもアデルを支えてくれている。

 なんだかんだと言って、そんな、いつものカナリアであることが、アデルにとって一番理想的なのかもしれなかった。


「だから、起きたらいつものカナリアでいてくれな」


 アデルはカナリアの腰を抱くと、ベッドへと連れて行く。揃って布団に入ると、ナリアはすかさず全身でアデルにしがみついてきた。


「アデルは、ずっといてくれますよね」

「当たり前だろ」


 それはまるで、どこかに行ってしまわないか不安な子どもみたいだな、とアデルは思った。

 胸元を掴んでくるカナリアの手が震えていることに気づくと、アデルはそっとその手に手を重ねる。反対側の腕にはカナリアの頭を乗せた腕枕状態で、そっちの手でそっと後頭部を撫でてやる。


「カナリアはバカだなあ」

「……バカですよ。アデルが側にいてくれないと、何もできません」

「はは。全く……何年一緒にいるんだろうな。今更気付いたことがあるんだよ」

「──私を、愛していることに、ですか?」

「ちょっと違うな。お前が、俺のことどれだけ好きなのかって」


 カナリアはアデルの服を掴む手を硬く握った。


「アデルも、バカですよ……ずっと、ずっと言っていたじゃないですか。私は、アデルを愛しています。生まれてからずっと……」

「ははっ、お前が生まれた時には俺はまだ陰も形もないぞ」

「そうじゃありませんよ。アデルが生まれてから、ですよ」

「……そ、そうか……」


 アデルは脳内で逆算してみた。

 アデルとカナリアの歳の差は十五なので、アデルが生まれたばかりの頃のカナリアは言葉を話し始めたばかりか、それくらいじゃないだろうか。人を愛すると言えるような歳であるとも思えない。

 だが、それを言うのは野暮であるようにも思えた。本人がそう思っているのであれば、それでいいのかも、と。


「母さんが、ずっと言っていました。お前はこの子の子どもを産むんだ、と……」


 ネージュが豪快に笑いながらそれを言う姿が、容易に想像できて、アデルはゲンナリする。


「ふふ、バカな話でしょう。たったそれだけで、こんなにも愛してしまうんですから……」

「ああバカだな。だけど……」


 アデルは少しだけ腕に力を込めて、カナリアを抱きしめる。


「それがカナリア、だろう」

「……はい、アデル」


 しばらくそうやって抱きしめていると、カナリアは疲れがぶり返したのか、気が付いたら寝息を立てていた。


「はあ、調子が狂う」


 そう言いながら、アデルはいつもの三割増しくらいの優しさを発揮して、そのまま眠りに落ちた。




 青い龍の背に乗って空を飛びながら、フランは物思いに更けていた。

 手綱を手放して、ハイゼンの赴くままに空を飛ばせる。考えたいことがあると、いつもそうしていた。

 思い浮かべるのは、カナリアのことだった。

 アデルの名を呼びながら、泣き叫び、体が動かなくなっても諦めない、あの姿……


「なんだろうな。よく分からないけど……」


 答えのでないもやもやとした気分が、さっぱりと晴れない。

 ただでさえ考えることは苦手なフランである。考えても、答えが見つからなかった。




 宛がわれた私室で、ニャルガは酒を飲み干しながら空を見ていた。朝も昼も夜もない、魔界の空。いつもいつでもずっと同じ色。

 魔王が継承されるという闇の精霊の声を聞いた時も、確かこうやって空を見上げていた。あの時は、涙が落ちないように。そして今は想いを馳せるように。

 先代の魔王ナビーリアの姿がニャルガの脳裏に映し出される。かつては戦場で刃を交え、それから共に戦場を駆け、時にはベッドに連れ込まれもした。

 死んだと知った時は、とても落ち込んだ。

 勇者との戦いの直前に交わした、各氏族の族長たちとの約束を交わした。


 ──次代の魔王へ従わずに離反なさい。


 あの時のナビーリアの声が、今でも思い出せる。何を考えていたのかは分からなかったが、ニャルガはナビーリアの言うことだからとそれを受け入れた。

 そしてニャルガは魔王となったアデルへ三行半を叩きつけて魔王の城を去った。そして今は、獣の氏族を守るため、その約束を違えた。だがナビーリアはそれについて何も言わなかった。もしかしたら、忘れているのかもしれない。

 もしかしたら、何かを考えていたのかもしれない。

 今度会う機会があれば、聞けるのだろうか……

 いつしか、ナビーリアの姿がゆっくりとアデルへと切り替わっていた。

 現在の魔王。ニャルガを気に入ってくれている様子は、ナビーリアの生き写しのよう。そうだ、ナビーリアもああやってニャルガを口説いてきたと思い出す。困った親子だ。だけどそれは、悪い気がしない。

 そう思い至ると、毒されたのかと思う。

 もう二百年近く生きてきた。それほど先の長くない命のはずだ。あの魔王のために使うのも悪くない。望まれるまま、そして望むままに。

 ニャルガは、すっかりぬるくなった酒をぐいっと飲み干した。




 ドガは一人、黙々と土を掘り返していた。

 城門の戦いでは多くの死者が出た。鬼の氏族の被害は甚大だった。だが、相手は勇者である。多くの氏族が配された城を進み、魔王を追い詰めた勇者だ。

 強き者との戦いでの死は名誉だ。悲しみはあるが、憎しみはない。

 無為に生き続けるよりも、戦って死ぬことが誇りだ。

 共に体を鍛えてきた友が死者の山にいる。共に技を磨いてきたライバルが死者の山にいる。共に族長代理の座を争った相手が死者の山にいる。

 自分は──生きている。

 生きることは戦いだ。

 ドガは掘りあげた穴に同胞の死体を一体ずつ並べていく。

 彼らが次に生まれてきた時は、彼らの誰かに自分が葬られることになるだろう。

 ドガはそれが鬼の氏族の次代を担う者であることを願った。


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