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第35話 「第7章 4:闇の精霊が応答する」

 ナビーリアが消え去ったあと、玉座の広間には静寂が広がっていた。

 立ち上がったカナリアはアデルに手を伸ばしてアデルを立たせると、寄り添いながら玉座へと誘導して座らせると、いつかのようにその上に飛び込んだ。

 ニャルガとフランはいったん、城内や城の外にいる各氏族の者たちへ状況を知らせ、再びの襲撃に向けた準備へと出て行った。

 広間には、濃厚な闇の気配がいつまでも残り続けていた。


 ──闇の精霊よ


 アデルが、脳内でそう問いかけると、すこしだけ間を開けて、反応が返ってきた。


 ──魔王か


 しゃがれたような、男か女かも分からない声だった。魔王の座に着く際に聞いて以来かもしれないその声を聞いて、アデルは玉座で力を抜いた。カナリアが滑り落ちそうになって、慌てて首に抱きついてきて、アデルの首がミシミシと音を立てた。


 ──話を聞かせてくれないか


 アデルが目を閉じたのを見て、カナリアが頬へ指を突き立てたり、口を広げたり、耳に息を吹きかけたりしてくる。アデルは目を開く。


「カナリア。闇の精霊と話をしたいんだけど……」

「知りません」

「ちょっと、離れて欲しいなー、なんて」

「イヤです。もう絶対に離れないと決めました。もう……あんな思いはしたくありません」


 つーん、と言いながらカナリアはアデルの首を抱き込んでいる腕に力を込めた。


 ──話を聞ける状態になれ


 闇の精霊にまでツッコミを入れられて、アデルはどうしようかと思うしかなかった。このままでは話をするのも難しそうだ。

 アデルは、ニャルガとフランが戻ってきてからにするかと、今この時は諦めるしかなかった。

 それからしばらくして、ニャルガとフランが戻ってきて、ドガも一緒に現れたので、会議室で話をすることにした。

 アデルに抱きつきっぱなしだったカナリアは、とても渋々であることをアピールしながら、いったん台所へと入ってお茶の支度を始めた。


 ──闇の精霊よ、もし可能であれば姿を見せてもらいたい。他の連中を交えて話をしたいんだ


 闇色の炎が、会議の場に突如として湧き上がった。

 アデルは、あまりに突然な出現に皆が慌てて距離を取って警戒したのを見ると、これは闇の精霊であることを笑いながら説明した。

 だが、その炎はあまりに強大な存在感を持ちあわせており、その場の全員が顔をひきつらせてしまうほどであった。


「……闇の精霊よ。どうだろう、人間の姿を作ることは出来ないか?」

「──可能だ。どういう姿が良いか?」

「ならなら、俺が思い描いた姿で!」


 アデルはそう言うと、いつも想像していた闇の精霊の姿を脳裏に思い描く。いつもより鮮明に、いつもより可愛らしく。

 その思考を読み取った闇の精霊は、闇の炎を激しく蠢かせると、やがてその炎の中から人間の姿を現した。

 紫色の前髪は右目を隠し、後頭部にはちょこんと結わえられた尻尾が首の辺りまで伸びている。褐色の肌をタンクトップと短めのスカートという軽い服装で包んだ少女だった。

 年の頃は四十くらいだろう。ミランダより若干幼く見える。胸元はようやく膨らみ始めたくらいで、すらっとした足は健康的な肉付きをしていた。


「おっほぅ!」


 嬌声を上げたアデルは、よだれを垂らしながらその少女に飛びついた。


「やっべ! めっちゃ可愛い! うひょひょひょひょ」


 狂ったように、アデルは少女を抱きしめ、匂いを嗅ぎ、舐め回す。だが少女はそれを意に介していないようで、何をされても全く動じたりしなかった。


「魔王よ。お前はそんなことをするために、我を顕現させたのか」

「……違うよ違うよ? でも、もうちょっと恥じらったりしてくれると嬉しいなーって」


 魔界の創造主たる闇の精霊が、たとえ少女の姿とはいえ、この場に現れたことに対して、ニャルガとフランとドガは、そのとてつもない状況に、椅子に座っていることすら出来ず、床に這いつくばって頭を床にこすりつけていた。


「魔王。そこの者らのように、多少は我を敬うべきであるぞ」

「そんなもったいない。こんな可愛い子を見ないことのほうが失礼だよ」

「まあ良い。話があるのであろう」

「そうだね……皆も、椅子に座ってよ。それじゃ、話がしにくい」


 恐れ多いとばかりに床に張り付く三人に声を掛けると、アデルは闇の精霊を膝に抱きながら椅子に腰掛けた。

 お茶を持ってきたカナリアが、とてもとても恨めしそうな顔をしながらお茶を配り、盆を立ててアデルの頭へ一撃加えながら、その隣に座ると、アデルは話を始める。


「さて、それじゃあ楽しい楽しい尋問タイムー」

「待て魔王。その前に、何故我を抱いているのか答えよ」

「こんなに可愛い子を抱っこしないわけがない」

「意味が分からぬ」


 アデルは胸を張って答えたが、その返答に闇の精霊はただただ困惑するばかりであった。


「お気になさらないでください、闇の精霊様。この魔王は、ただのロリコンですので」


 カナリアのフォローも、闇の精霊が困惑するだけであった。


「まぁまぁ。とりあえず、一番聞きたいことは決まってるんだ」


 闇の精霊をなだめつつ、アデルは質問を始めた。


「何で、母さんは生きているのか」


 それは、他の者にとっても大いに気になるところであった。一同は顔を上げて闇の精霊に視線を送るが、すぐさま頭を下げた。まるで、直接見ることが恐れ多いと無言で言っているようにも見える。


「ナビーリア・アルタロスは死ではなく、自らの意思で魔王の座を退いた。故に我は死によらぬ魔王の継承を行った」

「えええええええええっ!?」


 さらっと答える闇の精霊に、アデルは思わず叫んでしまった。耳元で叫ばれてしまった闇の精霊はうずくまりながら耳を抑えつつ、アデルへと抗議した。


「やかましいぞ」

「あ、ああ……すまない。いや、でも、魔王って、死なないと変われないよな?」

「過去に例がないわけではない。ナビーリア・アルタロスには継承先となる息子アーデライト・アルタロスがいたゆえ認めた」

「……なるほど。勇者との戦いでは死んではおらず、生きていたわけですか……」

「ナビーリア・アルタロスの要望ゆえ、生きていることを知らせずに子らへ継承を伝えた」


 闇の精霊の言う「子ら」とは魔界全ての住人のことであり、その代行者である魔王位の継承については、全ての魔界の住人に対して闇の精霊自らが伝える。

 それ故に魔王が誰であるかは全ての者が知っていたし、僭称することも出来ないようになっている。


「色々と合点がいくのう。姉様が勇者如きに遅れを取るとは思ってなかったからの」

「ナビーリア・アルタロスは当時すでに我の定めた寿命を大きく越えておった。それまでの働きゆえ、我は希望に答えたまで」


 魔界の住人の寿命はおよそ二百年ばかりである。地上の住人の五十年と比較して、およそ四倍である。それゆえ、魔界の住人は成長もおよそ四倍遅い。魔王であったナビーリア・アルタロスの当時すでに三百を越えており、いつ寿命が尽きてもおかしくはなかった。

 そういった点も生前の内に魔王位を継承させた理由でもあると闇の精霊は言う。


「もっとも、その後すぐに我は封印されてしまったが」

「ど、どうやって……」

「魔王に授ける、我が力を利用した。よもや己の力で封印されてしまうとは驚きではあったが、過去ナビーリア・アルタロスほどの者はおらなんだ。面白い者よ」


 それ自体を恨んでいないようで、闇の精霊は朗らかに笑った。とはいえ、そのために色々と苦労したアデルとしては笑い事ではないのだが。


「……じゃあ、今ならその力、俺にくれるのかな」

「済まぬが、ナビーリア・アルタロスが持ったままだ。ナビーリア・アルタロスより取り戻さねばならぬ」

「闇の精霊様のお力なら、それも叶うのでは?」

「ナビーリア・アルタロスは現在、光の世界におる。光の精霊が邪魔しおるゆえ、それも叶わぬ」


 光の世界と闇の世界。それが、二つの精霊の作った世界の名である。いつしか人はその世界を、地上と魔界と呼ぶようになったが、それは人の営みの中で定まった呼称であるため、闇の精霊としてはそれについてとやかく言うことはないという。


「だがアーデライト・アルタロスよ。ナビーリア・アルタロスが掛けた魔力制御の封印は解けるぞ。解くか?」

「もちろ──」

「不要です」


 アデルは喜んで応じようとしたが、それをカナリアが防いだ。


「アデルには力なんて要りません。私が、ずっと側にいて守ります。力を持ってしまったら……一人で、戦ってしまいます……」

「カナリア。先だってのようなことも考えられる。魔王殿が力を持つことは悪いことではあるまい」

「そうだよ。魔王ちゃんが弱いなんて、誰も得しないよ?」

「ダメです。ダメです。それだけは、それだけは……」


 カナリアの悲壮な顔を見ていると、アデルは一つ決心をしなくてはならないと考えた。


「分かった。封印はこのままでいい」

「アデル!」

「魔王殿!?」

「魔王ちゃん!?」


 歓喜のカナリアと、驚愕のニャルガと、残念がるフランが同時に声を上げた。


「良いのか、アーデライト・アルタロス」

「とりあえず、ね。どうしようも無い時はお願いするかもしれないけど」

「分かった。必要とあらばすぐに声をかけるといい」


 アデルはカナリアの頭に手を伸ばし、撫でてやりながらそう答えた。


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