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第34話 「第7章 3:ナビーリアという女」

 ナビーリアは玉座の広間へと姿を現すと、倒れたままのガラハドへと視線を移した。

 時折、ぴくぴくと微かに動いて、生きていることだけを伝えていた。意識は朦朧としているのか、漏れるうめき声すら、耳を立てなければ聞こえないほどだ。

 ナビーリアはそれを優しげに、そして冷たく見ながら指を高らかに鳴らした。それに合わせて、ガラハドの姿がその場から掻き消える。

 ニャルガははっとしてナビーリアのへと視線を向けると、ガラハドはナビーリアの足元にその姿を現した。


「ガラハド、大丈夫?」

「……ナビー……リア、か。くっ、どうにも、体が、動かねぇ」

「そう。どうせ貴方のことだから、慢心して油断でもしたのでしょう。安心なさい、光の精霊の力がすぐに地上に転送してくれるわ」


 ナビーリアの言葉とほぼ同時に、ガラハドの体が光りに包まれていく。その輪郭がゆっくりと薄くなるように、ガラハドの体が光の粒子へと変質していく。その粒子は城の天井を越えて遥か空へと登っていく。やがてガラハドの体は光の粒子となってその場から消え去り、天に昇る光の粒子も消えていった。


「な、なんなんだいアンタ!? 勇者をどうしたんだ!」


 フランはこの女に恐ろしさを感じていた。今まで、どんな相手にも感じたことのない、それは恐怖という感情に他ならなかった。


「力を使い果たした勇者は、光の精霊の加護で、地上に送り返されるわ」


 ナビーリアはそこでいったん言葉を区切り、フランを見つめる。


「……魔王と同じに、ね」

「なっ、そ、そんなのズルい!」


 フランが抗議の声を上げるが、ナビーリアは静かに微笑むだけだった。


「そいや……バ様! 魔王ちゃん!」


 フランがニャルガを、アデルを呼ぶが、その二人は揃って同じ表情を顔に貼り付けたまま、ナビーリアが現れて以来、身動き一つしないままだった。カナリアは相変わらずアデルに抱きついて泣きじゃくったままだったが、そのトーンはだいぶ落ち着いてきていて、しばらくすれば泣き止みそうだった。


「……バ様?」


 フランがニャルガに近寄って肩を掴んで声を掛けると、ニャルガはハッとして意識を現在へと戻してきた。


「……まさか……そんな、バカ、な……」


 だがそれでも、ニャルガはナビーリアを見つめたまま、信じられない物でも見たように放心し続けている。


「魔王ちゃん?」


 振り返ってアデルを見たフランだったが、アデルもカナリアをあやすことすら忘れたようにナビーリアを凝視し続けている。


「……うそ、だろ……」


 そして、そう呟いた。


「あらあら。感動の再会だと言うのに、まるで死んだ人間が生き返ったみたいな顔をしないでちょうだい」

「死んだも何も……死んだはずじゃ!」

「そ、そうだよ! 生きてるわけが……」


 ナビーリアの言葉に、ニャルガとアデルがようやく現実の光景を認めて声を発する。


「目の前にいるのに、死んだとか言われると傷つくわね……」

「……なあ、知ってるのか?」


 事態の飲み込めないフランがそう尋ねるが、二人はそれに答えず──


「よりにもよって、その姿を使うとは、魔界への害意があると思ってもよいのじゃな?」


 ニャルガは半身を引いてすぐにでも飛びかかれる体勢を取った。


「あら酷い。どう見ても本物でしょう、ニャルガ?」

「死んだんだ! 本物なわけがない!」

「そんな事を言うなんて、悲しいわアーちゃん」

「……なあ。よく分からないけど……二人の名前を知ってるんだし、本物なんじゃないか?」


 フランはよく分からないまま、だが事態の外にいるため、案外まともに考えられていた。フラン言葉に二人は顔を見合わせるが、それでも結論が出せない。


「ナビーリア姉様の姿でこの場に現れるとは、もはや殺して貰いたいということじゃな」


 ニャルガは拳を硬く握りしめた。腰を落として、下半身に力を貯めこんでいく。そしてニャルガはその力を爆発させて、ナビーリアへと接近する。長く伸ばした、鋭い刃とも打ち合える爪を振り下ろす。

 だがナビーリアは襲いかかる爪の一本を、親指と人差し指の二本で簡単に掴みあげた。動きを止められたニャルガは力を込めて振り払おうとするが、ナビーリアは頑としてそれを許さなかった。


「……思い出すわね、ニャルガ。初めてベッドに連れ込んだ時も、確かこうやって抵抗されたのよね」


 ナビーリアは摘んだ爪を引き上げてニャルガの体勢を崩すと、体をくるっと回転させて、背後から抱きしめる体勢になった。


「は、離すのじゃ!」

「ふふふ、久しぶりのニャルガの匂いだわ」


 ナビーリアはたおやかな指をそっとニャルガの腹に滑らせる。鎧に覆われた僅かな隙間に入り込ませると、優しく優しく撫でていく。


「にゃぁっ!」

「ふふ、相変わらず、ここが弱いのね」

「にゃっ、にゃぁ、にゃぁぁぁぁ……」


 その僅かな指の動きに、ニャルガは顔を赤く染め上げながら体をくねらせ続ける。


「や、やめ……」

「体は覚えていてくれてるわよ? どう、本物だと分かった……?」

「ほ、本物のナビーリア姉様じゃ……」

「ま、待て!」


 ナビーリアがニャルガを籠絡し始めたのを見て、泣きじゃくるカナリアを抱きしめたままアデルが怒りの声を上げた。そのカナリアが噛み付いてきたが、アデルはそれを無視した。


「ニャルガは……ニャルガは俺のだ!」

「あら。アーちゃん、魔王なら──自分でなんとかなさい」


 ナビーリアから急激に怒気が膨れ上がり、広間がビリビリと振動し始める。あまりの威圧感に、アデルのみならず、フランまでもがたじろぎ、後ろへ下がってしまう。


「……なんて、ね。大丈夫よ、取ったりしないから」


 そう言ってナビーリアはニャルガを解放した。解放されたニャルガはゴロゴロと転がるようにナビーリアから離れて、アデルの側に滑り込んだ。


「……母さん……」


 アデルは、絞りだすように、迷いながらも、その単語を口にした。


「ふふ。やっと、そう呼んでくれたわね。久しぶりね、アーちゃん」

「生きて……たんだね……」

「ええ。この通り元気よ」

「なんで──」

「アーちゃんが元気そうでよかったわ。じゃあ、私の用事も済んだし、そろそろ帰るわね」

「待って!」


 アデルは帰ろうとするナビーリアを止めた。


「なんで母さんが勇者と一緒にいるのさ!? なんで母さん生きてるのさ! なんで……なんで母さんは……」

「あらあら。アーちゃんたら、母さんが恋しくなっちゃったのかしら?」

「……いや、それはないけど」

「あははは、面白わね、アーちゃん。母さんの目の前で、女の子抱きしめっぱなし、というのは関心しないけど。と思ったら、けっこう大きな怪我してるのね。アーちゃん、それくらい治してあげなさい。そういうプレイなのかもしれないけど、女の子にそういうのは良くないわよ」

「プレイじゃないよ!? てか、怪我を治すとか出来ないよ!」


 ナビーリアは驚いた顔をしてアデルをじっと見つめる。アデルの頭頂から足の先までをじっくりと眺めて、あることに思い至った。


「あら? アーちゃん魔力が全然ないわね……」

「そりゃあ。封印がされっぱなしだし」

「あんなもの、闇の精霊ちゃんに頼めばすぐに外せるでしょう」

「……」

「あ!」


 アデルは言えないほど情けないことを隠したくて俯いたが、ナビーリアはそれとはまったく別の反応をして、申し訳なさそうな顔をする。


「そういえば、闇の精霊ちゃんのこと封印しっぱなしだったわね」

「……えっ」

「その子の怪我はサービスで治してあげる」


 ナビーリアが指をかき鳴らすと、同時にカナリアの体が薄い闇色の光りに包まれた。カナリアの体からゴキ、ボキ、という音が鳴り、カナリアが悲鳴を上げる。


「うぐっ、がぁぁっ」


 カナリアは全身を激しく震わせていたが、光が消失すると同時に力が抜けたのか、アデルの上に倒れこむ。


「か、カナリア!」


 カナリアはアデルの上で体を起こすと、両腕を持ち上げて己の手のひらを見た。それからゆっくりと立ち上がる。


「……感謝いたします、先代様」

「いいのよ、気にしないで……あら? 貴方ネージュの若いころにそっくりね。ということは、ええと、カレリア?」

「カナリア、です」

「そう、まあどっちでもいいわ」


 ナビーリアはばっさりと切り捨てた。


「とりあえず闇の精霊ちゃんは解放しておくわね。次は──アーちゃん、ちゃんと自分の力で戦うのよ?」


 ナビーリアは足元に巨大な魔法陣を展開した。その魔法陣はどんどんと面積を広げ、やがて広間全体を覆うほどに広がった。その魔法陣は明滅を始めると、闇の色の雷を這わせ──空へと立ち上っていった。

 その魔法陣が消えると、そこにはナビーリアの姿はなく、代わりに濃厚な闇の気配が広がっていた。


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