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第33話 「第7章 2:勇者と魔王と黒い剣」

「バ様! あれはやべえよ!」

「わかっとる! 分かっとるわい! じゃが……じゃが、どうにもならんのじゃ!」


 フランはニャルガの両肩を掴んで前後に振りながら解決策を求めるが、いくら振っても解決策は吐き出されてはこなかった。

 アデルがピンチになる度に狂乱具合を加速させるカナリアの悲鳴を聞きつつ、フランはそれでも何とか出来ないかと脳をフル回転させる。だが脳は筋肉になるほど鍛えられてしまっているためか、いい答えを導き出したりしなかった。


「ん?」


 そこに、透明な壁の向こうから一本の剣が滑りだしてきた。アデルが使っていた、漆黒の刃を持つ剣である。


「げっ!? 剣を飛ばされるとか、マジやばいってバ様!」

「や、やめいっ! そんなに頭を振られたら考えられるもんも考えられんわ!」


 現状に苛立っているのは、二人共同じだった。


「なんとか、この壁を越えねば何もできんのじゃ」

「それをどうすりゃいいのかって話だよぉ!」


 頭を抱えながら、フランも発狂しそうになっていた。考えることは苦手で、たいていのことは力で何とかしてきた。だが今回ばかりは力ではなんともならない。そのもどかしさが、フランの頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。


「ああ、もうっ! どうやったらこの壁越えられるんだよぉっ!」


 ムシャクシャした感情の赴くままに、フランは壁を思いっきり殴りつける。全く柔らかさを持たないその半透明の壁は、受け止めた衝撃をそのまま打ち据えてきた拳へと綺麗に跳ね返す。フランの拳がギシギシと悲鳴を上げる。

 壁の向こうで、勇者の体が光り始めた。


「……バ様。勇者が光り出した」

「くっ、魔王殿に止めを刺すきじゃ!」

「アデル!!!!!!!!!! アデルぅぅぅぅぅぅぅう!!!!!!!!」


 カナリアの泣き叫ぶ声のボリュームが、さらに大きくなった。もはや二人で会話することも難しいほど、泣き叫んでいる。背を向けてしゃがみこんで耳を塞いでしまいたかったが、今はそれをするタイミングではなかった。

「何かっ! 何かないよのかよ!」

「あの壁は光の精霊の力じゃ! それを越えられるモノなぞ……!」


 ニャルガは半ばやけっぱちに周囲を見回す。当然だが、そんなものなど見当たりもせず──


「フラン! 剣じゃ! 魔王殿の剣を持て!」

「はぁっ!? なんだそれ……ってアレか!」


 フランはすぐにニャルガの求める物に思い当たり、壁の向こうから滑ってきた魔王の黒い剣の元へと走った。壁際で静かに転がったままの剣に手を伸ばして持ち上げようとして、動きを止める。


「……な、なんだこりゃ! お、重い……ぞ……」


 改めて両手を伸ばして、剣を拾い上げるフラン。その剣はヒドく持ちにくく、全体のバランスが悪いのかきちんと持つことさえ難しかった。だが、持てないことはないし、振るえないこともなさそうだった。


「そいつじゃ! そいつで壁を斬るんじゃ!」

「……ダメで元々! 出来たらラッキー斬りぃぃぃぃ!」


 フランは最後の最後に残された希望かもしれない剣を両手で抱えながら壁に向かって走りだした。加速の勢いを利用して、その剣を高く持ち上げると、無色の壁の直前で思いっきり振り下ろす。

 音もなく、見えない壁は斬られた部位を消失させていた。よくよく見比べなければ、どこに壁があるのか分かりにくいが、間違いなく壁は斬り裂かれていた。


「で……できた!」


 フランは喝采をさらにあげようとしたが、カナリアの叫び声の中でニャルガが何事か叫びながら、アデルを指さしていたのを見て、慌てて駆け出した。

 まさに、勇者が魔王を倒そうとしている瞬間であった。


「待てえええええええっ!」


 そもそも剣はロクに扱ったことがない上、扱いにくい剣ではあったが、とりあえず状況が変わるキッカケにはなるはずだった。それだけを信じて、フランは剣を抱えて足を動かし続ける。

 アデルへと剣が振り下ろされる瞬間に、フランは間に合った。


「おらぁぁぁぁぁっ!!」


 フランが叫んで気合を入れながら剣を振り上げた。それにガラハドは一瞬早く気付くと、光に覆われた剣で迎撃してきた。

 黒い刃の嘶きが、広間を制圧した。

 黒い剣は喜びの声を上げながら光の剣を打ち払った。フランはよく分からないまま剣を振りぬく。鎧の継ぎ目に、剣がわずかに擦れた。

 振りぬいた勢いを殺しきれず、フランは足を縺れさせて床に倒れつつ壁までゴロゴロと転がっていった。


「……あぶねぇあぶねぇ。しっかしまあ、よく光の結界を越えられたもんだ。だけどな、こんな掠り傷じゃあ──」


 フランを迎え撃ったガラハドは、余裕綽々の態度を見せながら……バタリと床にまっすぐ倒れた。


「な、なんだ、こりゃ……どう、なって、やがる……」


 ガラハドは脇腹の掠り傷から、少しだけ血を流していた。だが出ているのは血だけではなかった。光の粒子が、その傷から天へ昇るように流れ出ていた。


「がぁっ、な、なんなんだ、なんなんだよ!」


 床をのたうち回るガラハドは、それでも悪態を吐きながら起き上がろうともがいていた。だが、起き上がれずに床を転がり続け、そして動きを止めた。

 ゆっくりと、光の結界が消失していった。


「……あ、あれ、俺、生き残った、のか?」


 事態が飲み込めないままアデルは、それでも勇者が倒れて生き残ったことを理解した。


「アデルっ! アデル!」


 片足を引きずり、両腕をぶら下げたまま、カナリアがアデルへと緩慢な速度で駆け寄っていく。床にへたり込んだアデルへ、カナリアは体ごと飛びついた。


「アデル! アデル! 良かった……生きてた……生きてたぁ……」

「……まったく。ひっどい顔だな、カナリア」

「だって、だってぇ……」


 そう言いながらも、アデルは優しく微笑んでカナリアの頭を抱きしめ、そっと頭を撫でてやる。ぐずり続けるカナリアの頭をそっと撫で続けながら、アデルはカナリアの泣き言に対応を続けた。


「おいおい、最大の功労者はあたしじゃないのー?」


 頭を下にして壁に張り付いたままのフランが文句を言うと、そこにニャルガがやってきて、体を起こすのを手伝う。


「うむ、よくやった。この勝利は、お前の活躍で勝ち取ったもんじゃ。胸を張って良いぞ」

「さすがバ様。分かってるー!」

「とはいえ、さすがにしんどかった」


 起き上がってすぐ、フランは床に座り込んだ。慣れない事をしたことで体中のそこかしこから悲鳴が聞こえる。だがそれは悪くない心地でもあった。


「それにしても……」


 ニャルガは、カナリアをあやし続けるアデルへと寄った。


「よくぞ無事であられた。もうダメかと思ったわい」

「いやあ、ニャルガを残して死ぬわけにも、行かないじゃん? あはは」

「まったく。こんな時にまでそんなことを」

「いやいや、本気本気」

「魔王殿は本当にバカであるな……」


 そういうニャルガの目は優しく、アデルはそっと手を伸ばしてニャルガの手を握った。


「ニャルガ。ありがとう」

「にゃっ!?」


 顔を赤くしながら、それでもニャルガは伸ばされた手を握り返した。




「さて、勇者には止めを刺しておくとしようか」


 少しだけのんびりとしたニャルガは、落ち着いたタイミングを見計らってそう提案した。勇者は生きてはいるようで、時折うめき声を上げているが、起き上がるような気配は見せなかった。

 カナリアはまだぐずり続けて、アデルから離れようとしなかった。


「そうだな。また動き出しても面倒だ」


 アデルが同意すると、フランが「あたしがやろう」と言いながら立ち上がる。周囲を見回して、さきほど振るった黒い剣を見つけると、それを拾い上げる。黒い刃は先ほどとは打って変わって静かに、何事もなかったかのようにあり続けていた。


「よくわかんないけど、この剣が勇者にはよく効くみたいだな。これを使っておこう」

「──そういうの、止めてもらえないかしら」


 どこからか、そんな声が聞こえてきた。


「誰じゃ!」


 ニャルガが警戒しながら声を上げるが、その声の主は周囲に見当たらない。

 かつん、かつん。

 石畳の床を、硬い靴で歩くような音が、どこからか聞こえてくる。だが、音はすれども姿は見えなかった。

 フランは剣を構え、ニャルガは爪を伸ばして警戒を続ける。

 やがて、玉座付近に闇が湧き上がった。その闇の向こうから、声の主が、音の主がゆっくりとその姿を見せる。


「勇者を返して貰いましょうか」


 それは、ガラハドを勇者として覚醒させた女、ナビーリアであった。


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