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第32話 「第7章 1:広がる光の結界」

 カナリアとニャルガの猛攻を受け続ける勇者ガラハドは、掠り傷を何箇所かに負いはしたが、それ以上になかなか二人を突破できないことに苛立ち始めたように見えた。

 カナリアとニャルガも小さな傷は負ってはいるものの、大きくダメージを受けてはいなかった。

 広間での戦いは、ある種の膠着状態に陥っていた。

 アデルはもちろん、剣を構えた状態でその戦いの行方を息を呑みながら見守り続けているだけである。一歩足りとも足を踏み出したりせず、参加する素振りも見せていない。

 ガラハドには、それも苛立ちを覚えることであった。


「魔王よぉ。女の子戦わせて後ろで見てるだけなんて、男として恥ずかしくないのかよ?」


 時折、ガラハドはそうやってアデルを挑発してくるが、アデルが何か答えるまでもなく、カナリアとニャルガがそれに返答を重ねていた。お陰でアデルは一言も発すること無く、黙々と剣を構え続けているしかなかった。

 同じポーズであり続けることはとても窮屈で、だがそれでも油断すればすぐにでも迎えに来るであろう死神を想像すると、とてもではないが身動き一つも取れなかった。

 その戦いがしばらく続いて、それでようやくガラハドは怒りに身を任せた。


「あー、もうウゼェ!」


 そう叫んだガラハドは、同時に襲いかかってきたカナリアとニャルガを蹴りと剣で壁まで弾き飛ばした。


「邪魔が入らないように戦おうぜ……いい加減、ムカツキすぎて殺してぇ」


 剣を高々と掲げたガラハドが何事かを叫ぶと、アデルの体を何かが通りすぎていった。何事かと周囲を見回すと、アデルとガラハドを閉じ込めた光り輝くドームが広間に浮かび上がっていた。

 アデルはすぐ背後にある光の壁に手を伸ばして──バチバチっと壁が怒りだしたのですぐさまその手を引っ込めた。


「これ使うとよ、めちゃくちゃ疲れるんだぞ。だが──これで、邪魔は入らないぜ、魔王よぉ」


 ガラハドは緩慢な動きでアデルに近づくと、その動きに反して剣を高速で閃かせた。アデルは直感でその剣の軌道を見抜き、床へ飛び込んでそれを避けた。転がった状態で少し距離を開けて、体を起こす。


「ほぉぉ。これを避けるのか。なぁんだ、ちゃんとやれるじゃねーの。全く、いちいちムカつく野郎だ」


 剣を背負ったスタイルに戻ったガラハドが、凄惨な笑みを浮かべる。獲物が楽しませてくれることに喜んでいる笑顔であった。


「やっべ、マジでやべえ。どうしよ」


 アデルは、シャツが背筋を流れる冷や汗で張り付く感触を気持ち悪く感じながら、とりあえず生き続けるための方策を探し求めた。




 光の壁は刃を通さない頑丈さで、二人の前に広がっていた。

 切りつけようが突こうが殴りつけようが、その形を変えず、ただひたすらに硬い壁であった。

 壁はほぼ透明に近く、中の様子は容易に窺い知れる。その中では、アデルが勇者相手に逃げ惑っている姿が、はっきりと見える。ただ、二人が口を開いて話をしているように見せるが、その声は聞こえてはこなかった。


「アデル!!」


 カナリアはアデルの名を叫びながら必死に壁にナイフを突き立て続けていた。壁はナイフの先端すら刺さることなく、その切っ先を滑らせるばかりである。

 ニャルガも何度か爪で切り裂こうと試みたものの、壁を傷つけることすらできなかった。

 その時、轟音と共に広間の壁が崩れさり、そこから青い龍が顔を覗かせた。


「ハイゼンか! フラン!」


 蒼龍ハイゼンの背から広間に飛び降りたフランが、「魔王ちゃん無事~?」と軽い口調で尋ねて、そしてその広間の状況を見て息を止めた。


「げげっ、魔王ちゃんピンチじゃね!?」


 音の一切聞こえてこない透明な壁の向こうで、アデルが勇者から這々の体で逃げ惑っている姿が見えた。


「うむ……」

「っていうか、カナリアっ!?」


 フランは、尋常ではない状態のカナリアの姿を見るや、慌てて駆け出した。


「アデルッ! アデルッ! アデルッ! アデルッ!」


 カナリアは、ひたすらにアデルの名を叫びながら、目に見えぬ壁を殴り続けていた。その拳と殴りつけている壁は、カナリアの拳から溢れだした血で真紅に染まっている。

 長い銀髪を振り乱し、己の拳の状態にすら気を回せずに、カナリアは必死に叫び、殴っていた。

 呆然とした状態からフランの声で現実に舞い戻ったニャルガも、フランと共にカナリアへ駆け寄る。

 フランはカナリアを羽交い絞めにし、ニャルガは壁から引き剥がすように正面から押し戻そうとする。

 だが。


「離せ! 離せぇぇぇぇぇっ!!」


 カナリアはなりふり構わずに暴れだし、フランとニャルガを振り払うってすぐにまた、アデルの名を叫び続け、壁を殴り続ける。


「アデル! アデル!」


 だがその声はアデルには届いておらず、壁の向こうでジワジワとなぶられ続けるアデルは、肩で大きく息をしながらギリギリ生かされている、という状態にしか見えなかった。


「カナリア! 落ち着け!」


 フランはカナリアを落ち着かせようと腕を掴むがすぐに振り払われ、羽交い締めにすると暴れられて手を離してしまう。壁には床まで伸びる血の跡が幾条も描かれていた。


「……バ様、どうしたらいいんだ?」


 狂乱し続けるカナリアを、フランは止められなかった。いつもの人をバカにしたような、そして魔王アーデライトさえもその言動で振り回す侍女が、目の前で狂っていた。


「……気絶させるしかあるまいな」


 もし目の前でアデルが死んだりしたら、この女はどうしようもないほどに壊れるだろう、とニャルガは思った。フランもそれは感じていたが、お互いにそれを口には出せなかった。

 勇者との戦いですら大きな傷を付けなかったカナリアが、目の前の動かぬ壁相手に大きなダメージを受け続けているのは、見ていられなかった。

 ただひたすらに魔王の名を叫び続けているのが、悲壮すぎた。


「分かった。カナリアをこっちに向けるから、鳩尾にでもキツイのを叩きこんでくれ」

「頼むぞ」


 フランは槍を逆に構えると、石鎚でカナリアの脇腹を打ち据えた。一瞬だけ呼吸の止まった隙を付いて、フランは再びカナリアを背後から締めあげると、突っ込んでくるニャルガへとその身を向ける。

 ニャルガは爪を引っ込め、その小さな拳を叩きこむべく、狙いを定める。


「邪魔をッッッ! するなぁぁぁぁっ!!」


 カナリアは突き出されたニャルガの拳を膝で受け止めた。ぐしゃあと鈍い音が響いてカナリアの膝があらぬ方向にねじ曲がる。だがカナリアはそれすら気にせず、ニャルガに向けて額を振り下ろした。


「にゃばっ!?」


 強く額を打ち据えられたニャルガは目を回して床にへたり込む。そのままの勢いを生かして、カナリアは背後に取りついたフランを背に持ちあげた。フランは思わず体を持ち上げられたが、裂帛の気合を入れてその身を床に押し戻そうと抵抗した。

 だがカナリアはそれをも凌駕する力でフランを持ち上げ続け、投げ出した。カナリアの両肩から鈍い音が響くのを聞きながら、上下反転したまま広間の床へ、フランは叩きつけられた。

 言うことを聞かない足と腕を、それでもカナリアは必死に動かし、光の壁に取りすがる。


「アデル! アデルぅぅぅぅー!!」


 そこにいるのは、いつも冷静沈着な侍女ではなかった。

 大粒の涙をこぼしながら、顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫ぶ、ただ一人の女だった。

 大きく肩を揺らして呼吸を続け、壁に向かってぶつかり続け、ただ必死にアデルの名を叫び続けた。

 光の壁は、ただひたすらに中と外を冷酷に切り分けていた。




 乱れる呼吸を整える暇もなく、アデルは閉じ込められた壁の中を逃げ回っていた。

 たまに剣を振ってはみるものの、ガラハドはため息をつきながら受け止めようという素振りすら見せずに体捌きだけでそれを躱す。これくらいでいいか、みたいな軽い避け方だった。


「あのさあ、いい加減飽きてきたから殺していい?」


 ガラハドは、最後通牒を送りながら、やる気なさそうに剣を振るう。アデルはそれを剣で受け止めたつもりで、そのまま押し切られて床に転がる。


「い、いやぁ、もうちょっと、のんびり、しよう、よ」


 息が切れて、短い言葉も一息に言い切れないでいた。黒い剣を床に突き立てて、アデルはそれに体重を預けるようにして、なんとか立ち上がる。剣を持ち上げる気力も尽きてきていた。

 閉じ込められた狭い範囲からの脱出は、とても難しそうだった。この状況をなんとかする方法は、見つからない。


「そうは言うけどよぅ、もうさ、面白く無いわ。いい加減、終わりにさせてもらうぜ」


 ガラハドはそう言い放つと同時に駆け出して、アデルへと片手で剣を振り下ろす。アデルは慌てて剣を持ち上げてそれを受け止めようと剣を寝かせる。


「あめぇよ」


 振り下ろしかけた剣をもう一方の手を添えて急停止させると、剣先をそっと倒して振りぬいた。

 想定外の方向から加えられた力を抑えきれず、アデルの手が剣を取り落とす。床を滑りながら、剣はアデルの視界の外へと消えていった。


「さ、覚悟してもらうぜ」


 ガラハドは無気力に担いでいた剣を目の前に持っていくと、ゆっくりと目を閉じた。

 チャンスか、とアデルは目ざとくチェックを入れるが、隙を作ったようには見えず、そしてガラハドの周囲に湧きだした変化が、アデルの動きを止めた。


「はぁぁぁぁぁぁぁ……」


 体全体に力を込めるように大きく息を吐くと、ガラハドの体が少しずつ少しずつ光を帯びていく。やがてそれは、視認出来るほどに眩しい光としてガラハド自身を染め上げていく。

 ちゃり、と剣が音をたてた。

 ガラハドが強くグリップを握った音だった。その音に合わせて、ガラハドを覆っていた光が、ゆっくりと刀身を這うように移動していく。うねるように動き出した光は、ガラハドから剣へと完全に移動していた。


「これが……魔王を完全に消滅させる、光の精霊の刃だ。意味は……分かるよな」


 それはつまり、闇の精霊の加護による復活が望めない。完全なる死が待っているということに他ならなかった。


「じゃ、そういうことで」


 ガラハドは、光の剣をアデルにゆっくりと向けた。


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