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第3話 「プロローグ 3:想いを寄せるあの娘は勇者」

 ミランダの村を出て道を外れると、そこは地平の彼方まで続くような緑の草原だった。

 その草原を、アデルは幼い少女と手をつないで歩いていた。少女は胸のあたりまであるアデルの手を、両手でしっかりと掴んでいた。

 初めての出会いは黄昏の中、湖の畔で一人さみしく膝を抱えていたところに、アデルが落下してきた時だった。

 思いがけない登場をした年上の青年は、驚かせたことを詫びつつ、少女が浮かべていた涙をそっと掬い、そしてそっと抱きしめた。

 その感触に、少女は亡くなった父を思い返して大泣きした。

 そんなきっかけだった。

 気がついた時には、二人はこうしてよく出かけるようになっていた。

 少女の名はミランダと言った。燃えるような赤い髪が透き通るような白い肌を強調する、見目麗しいと形容出来るほどの少女だった。

 星降る夜に生まれた、光の精霊の加護を受けた少女であるが、勇者としての力は覚醒していなかった。

 両親は既になく、しかし勇者になるかもしれない少女は、生まれ育った村の者たちが育ててくれていた。だが、それでも結局は家族ではなく、夜はひとりきりで過ごしていた。

 親子三人が暮らしていた家は、幼い少女には広すぎた……

 その寂しさを埋めてくれたアデルを、ミランダは慕うようになった。

 アデルがミランダを度々訪れ、その度にこうして村の外へと軽く出かけていた。


「ねえお兄ちゃん、いつもありがとうね」

「どうしたんだ、いきなり」


 歩きながら、ミランダはアデルにそう礼を言った。


「ううん、ちゃんと、お礼言ってなかったかな、って」

「気にしなくてもいい。俺は、ミランダと一緒にいたいからこうしてるんだ」

「えへへ、嬉しいな」


 そう言ってミランダは、胸元のアデルの手をぎゅっと握りしめた。シャツ一枚のミランダがそうすると、時折胸元に手が触れ、その柔らかな感触にアデルはどきどきと心臓を高鳴らせる。

 短めのスカートから見えるまだまだ細い太ももも、陽の光を照り返してとても健康的で、アデルの脳に直接興奮をもたらしている。

 出会った頃はふとした瞬間に寂しそうな表情を見せることもあったが、ここ最近はそんな様子もなくなっていた。

 アデルはそれを、嫁として連れ帰るフラグが立った、と大喜びでカナリアに話して毒を吐かれたりもしたが、それは些細なことだった。


「今日は時間があるから、いつもより一緒にいられるからな」 

「うん!」


 満面の笑顔を見せるミランダを、アデルは鼻の下をおもいっきり伸ばしながら見とれていた。この笑顔を見るために、わざわざ地上まで出てきているといっても過言ではなかった。

 他愛のない会話をしながら、二人はいつも目的地にしている小高い丘へと辿り着いた。

 そこは村からは見えない程度に遠く、村の産業の一つである放牧は、この時期はもう少し南のほうで行われているため、村人も訪れない。通りかかる旅人は、久しぶりに見かけた村を見つけて、そちらに行ってしまう。だからここは、二人だけの世界だった。

 アデルがいつものように足を広げて斜面に腰掛けると、ミランダはその間に入ってくる。背中をアデルに預ける姿勢になったミランダが顔をあげると、至近距離にアデルの顔がある。


「あのねあのね」


 そう切り出しすとミランダが歩いている間の続きを話し始める。

 話を聞きながら、アデルはミランダの暖かい太陽の日差しを浴びて少し汗ばんだ匂いに気付き、腕がミランダの体に触れたことで柔らかい感触に気付き、目を合わせてくる笑顔に気付く。

 アデルは慌てて盛り上がってくる体の敏感な部分に静まるように指令を出しつつ、少し腰を引いてミランダと接触しないように注意する。

 そういう接触はまだ早いと、アデルは考えていた。叶うならば今すぐにでもと思ってはいるが、それはもっともっと仲良くなってからのほうがいいに違いないと考えていた。

 ミランダの話は、基本的に前回会ってから今回会うまでの話が中心だ。ミランダの住む村は平原の一角にあり、この平原を利用した放牧を中心にした農業、そして森が近いことから風業的に林業が行われている。

 物心つく頃に両親を亡くしたミランダにとって、星降る夜に生まれた勇者の資質を持つ子供であることが唯一の幸運であり、村の中で仕事をこなすことで、生きていくことができていた。

 将来、勇者となる可能性を秘めた少女を村は手放したくなく、そして幼い少女に出来る仕事など大したものではないが、無条件に育てられるほど裕福な者もまた、村にはいなかった。

 だから村全体として、彼女をそう育てることにした。

 王都にでも連れて行って保護を求めれば、ミランダにとって恵まれた生活を送れることは間違いない。だが将来勇者になる際、出身なだけの村ではなく、生まれ育った村であることが、村にとって大きな意味を持つことになる。

 またミランダ自身も、両親が生まれ育ち、そして眠る村を出たくないという意思表示をしていた。

 それが、今のミランダの生活を形作っていた。


「それでね」


 嬉しそうに話し続けるミランダの笑顔が、とても眩しく見えた。その笑顔を見ているだけで、アデルの心が洗われていくと感じる。

 もっとも、魔王としてそれはどうなのだとカナリアに言われたりもするが、そんなことはどうでもよかった。

 ミランダの笑顔が眩しい。それだけで十分だ。この幼い笑顔は、とても素晴らしいものではないか。

 ミランダがひと通り話し終えたところで、アデルはいつもの質問をした。


「村での生活は楽しいか?」

「うん。だって、みんな優しいよ」


 村人の打算による優しさも、ミランダにとっては「優しい」だった。

 アデルはそれに嫉妬してしまう。

 アデルはぎゅっとミランダを抱きしめると、


「そうか」


 とだけ言った。


「そうだよー。お兄ちゃんいつも同じこと聞くね」

「ミランダが心配だからさ」

「えへへ、ありがと」


 アデルはミランダを抱きしめたまま、上半身を後ろに倒して草原に寝転んだ。


「にょわあっ」


 引きずられて倒れこんだミランダは、体をくるっと回転させるとアデルの胸板にうつ伏せになった。


「もぉ~、いきなり倒れないでよぉ」

「はは、ごめんごめん」


 そう言いながらミランダの頭を撫でてやると、ミランダは気持ちよさそうに目を閉じた。

 そのままアデルの胸板に顔を寄せたミランダは、「ん~」といいながら頬ずりする。


「えへへ、お兄ちゃんの体、おっきいな」


 ミランダの与えてくる感触とその仕草が、アデルの興奮をさらに高めていく。ガマンガマンと一生懸命に脳から全身へ指示を出すが、体はあまり我慢してくれなかった。


「えへへ~お兄ちゃん大好き~」


 頬ずりを続けながら、ミランダがそう漏らすと、とたんにアデルの全身の血が沸騰しそうになる。天然の対アデル用兵器が、防御の上からガンガンと攻めこんでくるのを、アデルは気合だけで耐える。


「そうか、お兄ちゃんもミランダが大好きだぞ。それにしても、どうした、いきなり」

「えっとねー、大好きだなーって思ったから?」


 幼い少女のストレートな物言いに、アデルは体の一部が暴発しそうになるのを、必死にこらえた。少女の発言にはいちいち破壊力がありすぎて、危険すぎた。


「ん~、どうしたの?」


 アデルの胸に手をついてミランダは上半身を持ち上げると、アデルは視線をミランダの体に下ろした。

 シャツの隙間からわずかに膨らんだ、これから膨らみつつある胸元が、アデルの目に飛び込んでくる。

 その胸元は先端が微妙に隠れつつも、それを想起させる。

 アデルは無意識のうちに頭が勝手に持ち上がりつつ視線がさらに下がっていっていることを知覚した。だが甘い誘惑に誘われてしまい、それを抑えきることができなかった。

 顔が胸元に少しだけ近づいた。それでもギリギリ見えなかったことが、却ってアデルの妄想を加速させた。

 幼い少女の胸元。ただでさえ可愛らしいミランダの、布一枚隔たれた場所に隠されたそこ。

 それを思うと、アデルは全身が熱く燃え上がるような気がした。


「お兄ちゃん?」


 ミランダが、体を揺らした。一瞬、ほんの一瞬だけ、揺れ動いたシャツの隙間から見えた、桃色の一部。それがアデルにトドメを刺す。

 視界が瞬時に赤く染まり、興奮が鼻へと集まり、情熱をまき散らした。

 真紅の視界が周囲から徐々に黒へと染まっていき、それが視界の全てを覆い尽くすと、アデルの意識は遥か彼方へと消し飛ばされた。




 アデルは十分にミランダの魅力を語り尽くしたところで、疲れたからと私室に引き返した。

 広間に残されたカナリアは、今だアデルの温もりの残る玉座へそっと腰を下ろすと、その感触に恍惚の表情を浮かべる。


「はあ、アデルの体温、暖かい……」


 しばらくそうして、やがて自身の体温と混ざり合って消えると、すっと表情が消えた。

 身体を前に滑らせてやや浅い座り方をすると、足を組み、指を一回弾いて広間へと響かせた。

 その音が霧散するのに合わせ、広間の中央に大きな影が生まれ、その影がじんわりと盛り上がって形をとった。

 カナリアとさほど変わらない中型の魔物は翼を折りたたみ、玉座に座るカナリアへ頭を下げた。


「何度目だ、あのガキの見張りが消えたのは」

「はっ──三度目でございます」


 炎すら凍しそうな冷たい言葉が魔物を貫くと、恐れおののいた魔物は身体の震えを隠しきれずにいた。


「ふざけた見張りでもつけているのか」

「め、滅相もございません。目を持つ魔物の中でも、十分な戦力になる者を配置しております」

「ならば、何故消える? 勇者にやられた、ということであれば納得するが」

「申し訳ございません。目の報告にある限り、そのような者があの村に現れた形跡はありません」


 もはや魔物はカナリアの放つ怒気に耐え切れず、頭を床にへばりつけ、ただひたすらに許しを請うた。


「もういい。見張りなどと、生ぬるいことをしても仕方あるまい。殺せ」

「し、しかし、あの娘は魔王様の──」

「殺せ、と言ったのが聞こえなかったのか」


 言葉の刃で全身を切り刻まれた魔物は、了承した旨をするや否やすぐさま影に沈んでいった。


「……もはや尻尾を出すのを待つ必要もない。アデルを惑わした己の罪を知れ、ミランダ・コーネル」


 カナリアの声は、誰もいない広間で霧散していった。


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