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第27話 「第6章 1:決戦の前の決意」

 太陽の日差しを遮る深い森を抜けると、眼前に大きな湖が広がっていた。

 やや薄暗い森に慣れた目には、湖が陽光を跳ね返す明るさが眩しくて、アデルはしばらく目を開けられなかった。ただでさえわずかに明るいだけの魔界での生活が長いアデルの目には、太陽の光が降り注いでいるだけでも辛いものがあった。

 この湖は、以前ミランダとのデートで訪れ、一緒に水遊びをした、思い出深い場所だった。ただ、水温が低く感じ始めてきたこの時期には、水遊びに興じることは難しかった。

 アデルはミランダと二人、湖に突き出た桟橋の上でひなたぼっこをしつつ、湖をながめがら他愛のない会話をしていた。

 笑顔のミランダを見ていると、アデルは言わなくてはならないことが言えそうになかった。今日は、それを言うためにミランダに会いに来たというのに。

 だがそれを言うためのきっかけが見つけられずに、アデルは笑顔のミランダをただ見つめ続けていた。時折、その視線に気付いて顔を赤くするミランダが、ひたすらに愛おしく見える。  

 以前、砦の宴会に紛れ込んだ時に感じた気配は、今のところアデルの周囲には感じ取れなかった。地上に出たときからミランダの村へ行った時も、ミランダを連れてここまで来たときも、その気配はなかった。

 あれは、なんだったのだろうか。勇者は単独で動いていたはずなので、仲間ではなさそうだった。考えれば考えるほど疑問は湧き出てくるが、答えが出せそうになかった。

 つい、それを考えたり気配を探ったりしていたため、ミランダの話を聞き流してしまうことがあった。それを指摘されては慌てて弁明すると、面白そうにミランダは笑ってくれた。

 だが、ついには聞かれてしまう。


「……お兄ちゃん? わたしとお話してても面白くない?」

「そ、そんなことはないよ。ミランダといる時が、世界で一番幸せを感じているよ」

「ほんと?」

「ああ、本当だとも」

「えへへ、嬉しいな」


 ミランダは笑顔になってくれたが、アデルはしょぼくれさせてしまったことを悔やんでいた。ミランダに笑顔以外の表情をさせてしまうのは、もっともやってはいけないことだ。


「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだい、ミランダ」

「なにか、困ったことがあるの?」

「……っ!」


 アデルはそう問われて、はっと息を呑み言葉に詰まってしまった。そしてそれは、肯定しているのにも等しいものであった。幼さのわりに頭の回転が早いミランダには、それだけで伝わってしまっていた。


「やっぱり。なんか、ずっとそんな感じだったよ」

「お兄ちゃん……」

「ふう。ミランダは、本当に賢いんだなあ。お兄ちゃんの隠し事、色々知られちゃってそうだよ」

「そ、そんなことないよ。ただ、お兄ちゃんのことだから分かるだけだよ」


 アデルはそう言われただけで喜びが全身を駆け巡り、より一層ミランダへの想いが高まっていくのを感じる。


「そっか。ありがとうな、ミランダ」


 アデルがミランダを抱き寄せると、ミランダもそっとアデルに寄りかかってくる。体に感じるミランダの重みが心地良かった。叶うならばこのまま城へと連れ帰り、ずっと一緒にいたいとさえ思う。

 ただ、今はそれが出来ない。


「ミランダ。お兄ちゃんちょっと仕事が忙しくなりそうで、少しだけミランダに会いに来れなくなりそうなんだ」


 きっかけを見つけ、アデルはついにそれを口にした。


「……そう、なんだ」


 背中でアデルのシャツを掴むミランダの手がぎゅっと固く握りしめられた。


「だ、大丈夫さ。仕事が落ち着いたら、またミランダに会いに来るよ」

「うん。ずっと、待ってる……」

「ああ。約束したもんな。ミランダを幸せにするって。いつか、ミランダを連れて行くって」

「……ねえ、今から連れて行っても、いいよ?」


 ミランダの一大決心だと思われるその言葉はアデルにとって望んでいた声だったが、それでもアデルは断らなくてはならなかった。勇者との戦いが控えている今、ミランダを連れて行くことは危険でしかない。


「今は、無理なんだ」

「そっかあ……」

「だけど、約束は守る」

「ぜったい?」

「ああ、絶対だ。お兄ちゃんがミランダとの約束を破ったことはないだろう?」

「うん。分かった、お兄ちゃんを信じる」

「いい子だ。ありがとうな、ミランダ」


 勇者との戦いで死ぬわけにはいかない大きな理由が出来てしまった。どんなことをしてでも、勇者に殺されるわけにはいかない。たとえみっともなく這いつくばることになろうとも、だ。


「あ、そうだ!」


 ミランダは何かを思いついたように、ポーチの中にゴソゴソと手を突っ込むと、その中から小さな人形を取り出した。少し汚れた、女の子の人形だった。


「これ、お兄ちゃんに貸してあげるね」

「これは……?」


 アデルはそれを受け取ると、しげしげと眺めた。布と綿で作られた、少し不器用ではあるが人の温かさを感じる、そんな人形だった。


「ミランダの宝物だよ」

「宝物? いいのか、これ……」


 もしかするとこれは、ミランダの母親の作ったものであるかもしれなかった。そうなのであれば、それはミランダにとって、数少ない母親との思い出の品であるに違いなかった。

 それを預けるというのは、ミランダにとっても相当の覚悟があったはずだ。


「いいの。だって約束したもん。お兄ちゃん、また会いに来てくれるって」


 ミランダに察されてしまったのだろうか、とアデルは訝しんだが、ミランダはそれ以上言わなかった。アデルがどれだけの覚悟をしているのかまで分かってしまっているのかもしれないとは思うが、アデルとしてもそれは口に出せないでいた。


「そうだな、約束したもんな。ちゃんと、返しにくるよ。その時は……」

「うん。わたしを、連れて行ってね」


 ミランダの出した答えを聞いたアデルは、こんな状態でなければ踊りだしたいところだったが、そうもいかなかった。


「ああ、もちろんだとも。ミランダの宝物、ちょっとの間だけ借りていくな。これがあれば、またミランダに会いに来れるよ」




 ミランダを村まで送り届けて、アデルは地上の空を飛んでいた。

 太陽はすっかり姿を隠し、空は魔界の空よりも暗い。


「次に来る時が、ミランダを連れ帰る時だ」


 アデルはそっとポケットに手を這わせる。そこには、ミランダから借りた人形をしまい込んでいる。そこに手を当てているだけで、ミランダの笑顔が胸一杯に広がっていくような気がした。

 これさえあれば、まさに百人力だとさえ思う。ただ、アデルの百人分ではカナリア一人分にすらならなさそうなのが、残念なところではある。

 真っ暗な中に、ときおり火が灯されている。小さな村や、国を収める城、そしてこんな暗闇を移動する人の灯す火だった。

 目印としている建物や自然物すら、あまり見えない。ただ、魔界へと通じる大穴からは、ずっと濃い匂いがする。その匂いがあることで、アデルは迷わずに魔界へと戻ることが出来た。

 急峻な山に囲まれた中央に、大きな穴がある。天と地を結ぶ、かつて光の精霊と闇の精霊とが世界を創造した際に作られた、互いの世界を行き来するための穴だ。一説によれば、魔界へと入り込もうとしたかつての勇者が、普通の人々が入り込めない場所に穴を開けた、とも言われている。

 高い木々の森の広がる盆地の一角、上空からではその位置を窺い知れず、大地に近い位置を移動しなければ知らなければ見つけられないように隠されたその穴へ、アデルは迷わずに全速力で飛び込む。

 大穴の中心付近に近づくと急に天地がひっくり返り、アデルが利用した落下の加速が急に止められる。アデルは準備しておいた魔力を解放して上昇加速を翼に与えて、そこを一気に通り抜けた。

 勢いがなければ抜けられない、地上と魔界の上下方向が逆転する場所。頭を真下に向けて飛び込んだはずなのに、そこを通り抜けると頭が上になる。

 迷い込んで落下した獣や、準備を何もしていない無謀な者たちの末路が穴の周囲に散らばっている。通り抜けることが出来なければ、永遠に囚われてしまう、そこはまさに天然の牢獄だった。

 重力の狭間を抜けて、アデルは魔界へと飛び出た。

 魔界側の出入り口は、やはり深い森の中にある。

 上空まで一気に駆け抜けて、アデルは首を巡らせて城を探す。地平の彼方に微かに見える尖塔が、城の位置を教えてくれていた。周囲はずっと森が広がり、地形から方位を判断しにくいことが、大穴を通り抜けた勇者が魔王の城にたどり着けない罠になっていた。

 ポケットの中に人形があることを確認すると、アデルは城へ向けて翼を広げた。


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