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第22話 「第5章 2:あれが新たな勇者か」

「おお魔王よ、死んでしまうとは情けない」


 鬼の氏族の集落で殺されてしまったアデルは、闇の精霊の加護で肉体を修復されて城へと転送されて蠢いていたところへ、玉座から冷たいお小言をありがたく頂いてしまった。

 顔に残る痛みを引きずりつつ顔を起こすと、いつものように玉座に座るカナリアが組み上げた足の爪先を振っていた。


「まったく……アデルは、本当に私がいないと何もできませんね。まあそれも仕方のないことですし、これからもずっと、アデルの側にいてあげますから、これまで以上に頼ってくださいね」


 なぜだか嬉しそうに言うカナリアに疑問の目を投げつつ周囲を見回したアデルは、フランがいないことについて聞いてみた。


「フランさん? ああ、あの人はバカ正直にも寝ずに留守を守っていたと言い出したので、寝るように言いつけて部屋へ戻しましたよ。留守を任せるには、早すぎたようですね」


 カナリアは続けて、「私はきちんといつも寝る時間に寝て、起きる時間に起きてましたよ、留守番の時でも」と言った。

 どちらが正しいのかはともかくとして、きちんと留守を守ったフランは、きちんと褒めてあげようとアデルは思った。


「さてアデル。お客さんが来ているので、きちんと対応してくださいね」


 玉座を明け渡したカナリアが、アデルの背後を顎で示した。アデルがそちらへ首を回してみると、どかっと座り込んだ大男が一人、無言のままそこにいた。


「おお、こいつは失礼」


 礼を失したことを詫びつつ玉座に座ってイヤな顔をしてから、改めてその男に向き直る。

 大男はアデルが玉座に座るのを見てからゆっくりと立ち上がり、玉座近くに寄って改めて腰を折った。そのまま臣下の礼をとる。


「待たせてすまない。魔王アーデライト・アルタロスである。お客人の名を聞かせてもらえるかな」

「ドガ。鬼の氏族、族長代理」


 そう大男は名乗った。集落の広場で会った鬼の氏族の若者よりは大きく、族長であるバルドスに近い体躯が見て取れる。礼装なのだろうか、鬼の氏族らしくもなく、上半身がきちんと衣に包まれている。

 先ほど、鬼の氏族の若者に殺されてしまったわけだが、アデル自身はそのことで氏族そのものへの恨みは持っていなかった。弱い魔王である自分が悪いのだから。そう言うと、いつもカナリアにバカだと言われてしまうが、そればかりは仕方のないことだ。

 生まれたばかりのアデルの魔力解放を封印した母親がもし生きていたら、魔力で体を強化したり攻撃したりすることが出来て、貧弱魔王と蔑まれなくて済んだかもしれない。だがそれは無いものねだりで、幾ばくかの隙間を解放してくれたカナリアのお陰で空を飛ぶ程度のことは出来る。それ以上を望むのは、贅沢でしかないと思っていた。


「魔王、協力、族長、命令」


 単語だけで会話を成立させようとしているようで、間に入る助詞をきちんと読み取らなくては、間違った意味になりそうだ。だが、今回のドガの発言は多少ずれたところで大意が変わることはなさそうだった。


「なるほど。バルドスの命令で、魔王に協力することになった、ということだな」

「そう」


 ドガは頷きながら返事をした。

 頭を下げたままであるが、ドガは体を震えさせているようにも見えた。寒いのかトイレを我慢しているのか、思うところは色々あったが、アデルは聞かないでおくことにした。


「だそうですよ。良かったですね、アデル」


 声に不機嫌なトーンがこっそり混じって聞こえたが、カナリアはいつものように茶化してきた。


「ああ、そうだな。それにしても、バルドス……なんだかんだで、俺のことが可愛いんだろうな、あはははは」


 必要以上の言葉を出力しないドガは、それについて何も言い出したりせず、カナリアはなんだか優しい目でアデルを見ていた。


「鬼の氏族、族長代理のドガ。魔王アーデライト・アルタロスは、そなたとそなたの氏族を歓迎する。これからよろしく頼む」


 ドガは無言で頷いた。


「これで二氏族だ。どうだカナリア、順調だろう」

「……そういえばアデル。バルドス殿に、魔界を統一すると言っていましたが……」

「そんなこと言ったか? まあ、そういえば味方に付けられるかなーと思ってはいたけど。でもそのくらいだぞ。全氏族を迎え入れるのと、寿命が来るのとどっちが早いだろうな」

「先代様は百三十年くらいぶっちぎってましたね、そういえば」

「ああ。普通ならとっくに死んで墓の中で腐り終わっててもおかしくない歳で子ども作るとかオカシイよな」

「母が口酸っぱく言っていたくらいでは気にもしていませんでしたからね」

「魔王として魔界を統一するまでは死なんと言って、実際にやり遂げるような人だ……あれは常識で考えちゃいかん」


 統一を進めていく中で生まれたアデルにとって、あまり接点が多くはない人ではあったが、それでも尊敬できる親であると……たぶん尊敬できる親であるのではないだろうかと思っている。


「なるべくは頑張るつもりだが、次かその次の魔王あたりに任せよう」

「私達の子と孫ですね。きっと成し遂げてくれるでしょう」

「そうだな。でも俺の子はきっとヘタレだから、カナリアの子が支えてくれるだろうな」


 ……カナリアがとてもとても冷め切った目でアデルの顔を覗き込みながら、口元をゆっくりと伸ばした。


「わ、た、し、と、ア、デ、ル、の、子、で、す、よ、ね」


 一文字一文字、しっかりと叩きつけてくるカナリアに、アデルは腰を引きつつ、首をブンブンと縦に振った。


「あ、ああ……」


 イエスの返答を引き出したカナリアは上機嫌のまま、元の位置に戻った。とても嬉しそうな顔をしているので何を考えているのかが看破できてしまったので、アデルは今夜はどこへ逃げればいいのかと算段を立て始めた。



「そういえば、鬼の氏族もその点については協力してくれるようですよ」

「なんと! そうなのか、ドガ」

「獣、遣い、出した」


 ドガはずっと同じ姿勢を保ったままで、そう答えた。


「獣の氏族に遣いを出した?」


 ドガは頷いた。


「獣の氏族は、鬼の氏族と協力関係にありますから、色よい返事が期待出来ますね」

「それは頼もしいな」

「とりあえずは使者が来るでしょうから、それをゆっくりと待ちましょう」

「よし、当面はそれで行こう」

「ふふ、いいこと尽くめですね。今夜の食事はドガさんの歓待を兼ねて、ちょっとだけ豪華にしましょう」


 いつまでも笑顔のままのカナリアが、そう言った。




 かつては戦争に使われてらしい、打ち捨てられた廃墟でしかなかったその砦に、今夜は多くの人間が集まっていた。

 中庭に集まった人々は中央に長いテーブルをいくつも並べて、その上には大量の食事や酒が並べられている。そして人々は好き勝手に動き回りながらそれらを食したり飲み交わしたりしていた。

 とても盛り上がっていて、そこにアデルが入り込んでも誰も気にもしなかった。

 アデルの目には、その宴がまるで祝勝会でも行なっているように見えた。

 ミランダの村へと行ったアデルは、村人が誰もいなかったことに焦り、村の中で翼を広げて空へと昇った。そしてあまり高くない高度で周囲を飛び回った。そして、この砦に人が集まっていることを見つけて、入り込んだ。見覚えのある顔をいくつか見たので、きっとミランダの村の者たちであることが推察できた。

 中庭の中央には大きな櫓が組まれ、それが燃え上がって明かりになっていた。

 肉に食らいつく男たち、へべれけになりながらも酒をかわし続ける男たち。年嵩の女たちは、その隙間を縫って歩きまわり、歓談しつつも食事を並べ直したり酒をつい出回っていた。

 アデルは酒をグラスで受取りつつ、それを手にしたままミランダの姿を探し求めた。

 だが、人々の群れの中にミランダの姿はついぞ見つけることは叶わなかった。不審に思いながらも、砦の奥へと向かっていくと、そこにようやく探し求めた姿を見つける事ができた。

 乾燥させた木材を土台の上に立て、それに向けて斧を振り下ろすミランダ。その度に二つに割れた木材を一箇所に積み上げていく。そのとき、髭面の男が酒を煽りながらミランダに近づいては、身振り手振りで何かしら指示を出しているようだった。

 その男にミランダは何度も何度も頭を下げ、それに満足した男は去っていく。

 ミランダは積み上げた木材を抱えるだけ抱えて、櫓に一つずつ放り込んでいった。放り込んだ薪の燃え方を確認しながら、櫓の周囲をまわりつつ薪をくべていく。

 ひと通りの薪を消化すると、ミランダは斧の元へと戻り、また薪を割り始めた。

 間違いない、とアデルは感じとった。村の連中は再びミランダを用なしと断じて、体の良い雑用係として扱っている。

 その様子を見ているだけでアデルの心が軋み、悲鳴を上げる。あの幼く可愛らしく可憐で可愛らしい少女に、そのような仕打ちをする人間が、許せない。

 ミランダの意思を尊重して我慢を重ねてきたが、それにも限度があった。もう我慢の限界を感じていた。もういいのではないか。連れて帰っても、しばらくしたらまたあの素晴らしい笑顔を向けてくれるのではないか。

 やはりミランダを幸せにするのは、自分以外にいない!

 決意したアデルだったが、足を出そうとしたと同時に広場が湧き上がり、足をその場に下ろした。

 そちらを向くと、櫓の近くに設えられた台に昇った若い男がいた。


「村の皆よ」


 静かに、ただ威厳を持ってその男が声を出すと、村人たちは一斉に静かになり、その男の言葉を待ち構えた。 

 今動き出すと目立つと考えて、アデルは再び場が盛り上がるのを待つことにした。ふと横目で見れば、ミランダもその男をじっと見つめていた。それは、嬉しくない感情をアデルに与えた。


「楽しんでいるだろうか? 皆を襲おうと企てていた魔物は、すでに無い。全て、オレが倒した。もう、不安に怯える日々は過ぎ去ったのだ」


 その言葉に村人たちは湧き上がり、「勇者様!」「ガラハド様!」「バンザイ!」と口々に声を上げた。

 若者はそっと手を上げてそれを静めると、再び語り出した。


「オレはこれから魔界へと赴き、この世界を闇に沈めようと企む魔王を討つ。今度はこの村でなく、世界を救ってみせる。勇者ガラハド・ネクスの旅を、どうか光の精霊に、その化身たる太陽に向けて祈って欲しい」


 村人が再び盛り上がるのを見ながら、アデルはあれが新たな勇者であることを知った。

 落ち着いた若者で、見た目の年齢はアデルより上でありそうだった。人間の歳で考えてみると、二十歳か、もうちょっと上といったところか。精悍な顔つきと引き締まった肉体が、勇者としての力を支えているように見える。

 前の勇者と違い、この勇者は外見からも強さを感じる。笑顔で手を振るその顔の裏に、どす黒い物を持ち合わせているように見える。何かを探すかのように、油断のない目が村人たちの中を彷徨っている。

 なみなみならぬ相手であると、アデルは直感的に感じ取っていた。

 これは、早急に陣容を整えなければ危ない。

 と。

 アデルは急に寒気を感じた。ゾクゾクと襲い来る波は──勇者ガラハドからではない。別の何かだ。

 表面上は盛り上がっているように見せかけながら、アデルは村人の群れに紛れ込み、その気配の主を探ってみるが、そういう戦闘に向いた能力は持ちあわせていなかったため、見つけることは出来なかった。

 勇者よりも、もっと危険な存在が裏にいる。殺気ではなさそうだったが、こちらを値踏みしているような、そんな気配だった。

 今ミランダを連れ出すのはミランダを危険に晒すことになるかもしれない。命にすら関わりそうだった。

 アデルは撤退を決心し、村人に紛れ、闇に隠れて砦の崩れた壁を乗り越えると、森の中で翼を広げて空へと舞い上がった。 


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