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第21話 「第5章 1:鬼の住まう山」

 留守をフランに任せて、アデルとカナリアの二人で鬼の氏族の元へと向かうことにした。

 城の北部に広がる山岳地帯を目に捉えながら、アデルとカナリアは鬼の氏族の住まう集落へと向かっていた。

 空を覆い隠すように高い山々が連なり、その山脈はまるでその向こうへと進む者を拒むかのように立ちふさがる壁のようだった。


「イヤなことを思い出しそうになる」

「ああ、ハインケル将軍とのハイキングですね」

「ハイキング? 冗談じゃない、あれは悪夢だ」


 ハインケル将軍に連れられて、幼い頃にアデルはこの付近へと来たことがあった。ただそれは、建前上はアデルの肉体と精神を鍛えようというハインケル将軍の親心のようなものであり、当時の魔王は「任せた」の一言で全てを将軍に託した。

 ハインケル将軍から言い渡された特訓は、言葉で表すならとても簡単なことであった。


「あの山の山頂まで競争だ。気合を入れて付いて来い」


 そう言い残して、ハインケル将軍はスタスタと森を駆け抜け、山を駆け登っていった。幼いアデルは当たり前のようにそれに付いていくことができず、山の麓にすら辿り着く事ができず、裾野に広がる森の半ばで衰弱しきったところを、駆け下りてきたハインケル将軍に発見された。

 龍に乗るならこれくらいは出来ないといかん、とハインケル将軍は言いながらアデルを抱えて再び山に昇ったが、そもそもアデルは龍に乗る予定すらなかった。ただ、運ばれた山頂から見た魔界の景色は、とても感動したことを覚えている。

 今となっては空の飛び方を覚え、あの時と同じ景色を見ることができるようにはなっていたが、あの時のような感動はなかった。

 いつしか眼下に広がっていた森が途切れ、岩の広がる中腹当たりまで進んでいた。


「確かこの辺りだったと思うのですが」


 東を見ても西を見ても、地平までずっと同じ景色が続いている。これでは、どこがどこだか分かりそうにもなかった。

 カナリアは背後を振り返ると、かすかに見える城を観察してその向きを確かめる。


「もう少し、東の方ですね」


 カナリアのすぐ後ろをしばらく飛び続けると、やがて山に大きく穿たれた洞穴がその姿を見せた。


「あれですね」

「あれか」


 アデルは背後にある城の角度を記憶してから、その洞穴へと滑り降りていった。入り口の当たりは広場になっていて、そこに降り立つと、広げた翼を背にしまい込む。

 いったいどれだけの高さがあるのかと思うほど高い天井と、鬼がいったい何人並べるのだろうかと言うほど広い横幅、そして光すら届かない奥行き。それが、鬼の氏族の集落だった。

 これは自然に作られたものではなく、鬼の氏族が必要に応じてどんどん広げていったものだとアデルは聞いたことがあった。

 広場の中央辺りに櫓が立てられ、火が燃え上がっていた。その櫓を取り囲むように座る上半身裸の鬼が三人ばかりおり、その側には、櫓へ放り込むための薪が積み上げられている。火の番を任された若者のようであった。



 アデルたちとスケールが違うためか、すぐ近くにあるようにも見えたが、歩いてそこへ到着するにはそこそこの時間が必要だった。そして近づくと、座り込んでいる若者たちとアデルの顔がほぼ同じ位置にあった。


「……なんだおめーらは?」


 若者の一人が詰問してきた。


「ここが鬼の氏族の集落だと知らねーのか?」

「帰れ帰れ。お前らみたいな小さい奴の来るところじゃねーぞ」


 口々に警告を発しながら、鬼の若者たちは立ち上がってアデルたちの前に立ちはだかる。

 アデルは首を思いっきり寝かして、鬼たちの顔を見上げた。


「族長のバルドスはいるか? 魔王アーデライト・アルタロスが会いに来たと伝えてくれ」

「はあ? 魔王? 族長が魔王なんかに会うわけがないだろうが」

「んだんだ。黙って帰るか、そこの火で丸焼きにされるか、好きな方を選べ」

「あ、女はもったいないから焼く前に楽しませてもらうな」

「お前が魔王ねえ、どう見てもただのガキじゃねーか」

「オヤジがこんな弱そうなのに会うわけがねーよなあ」

「そーだぜ。大人しく女置いて帰れや」


 若者たちはまったく取り合おうともしなかった。仕方なく無視して進もうとしたアデルだったが、鬼の一人が立ちふさがり、しゃがみこんで手を広げてきた。その手のサイズだけでも、アデルの頭が簡単に握りつぶせそうであった。

 およそアデルの倍はある背丈、筋肉の鎧に覆われた全身が、鬼の氏族の特徴と言えた。肉体の強さこそが鬼の氏族の誇りであり、強さこそが彼らが唯一信じているものであった。

 弱き者は鬼の氏族の誰しもが認めず、そして強き者をこそ慕う。先代の魔王は、力でもって鬼の氏族をねじ伏せて傘下に加えた。

 だがアデルにそんな力はないので、別の方法を取ろうと考えていた。

 そこに、一際大きな音を立てて、新たな鬼が姿を現した。

 鬼の若者たちより一回り大きなその鬼は、若者たちを睨みつけて怒鳴った。


「うるっせーぞ、ガキども。昼寝の邪魔する気なら殺すぞ」

「お、オヤジ……へ、へい、すいやせん!」

「オヤジじゃねえ、族長と呼べと言っとろう!」


 鬼の若者たちは、その鬼にひたすら平身低頭に謝る。その様子を見つつ、アデルはすっと横に出て大きな鬼に声を掛けた。


「こんな時間に昼寝か。相変わらずだな、バルドス」

「……なんだ? おお、アーデラ坊か。久しいじゃねーか」


 しゃがみこんだバルドスは、人差し指一本でアデルの頭を撫で回した。それでも力が伝わりすぎて、アデルは頭をぐわんぐわんと振り回されて目をまわしかけた。


「ご無沙汰しております、バルドス族長」

「なんでえ、黒騎士んところの嬢ちゃんも一緒か。相変わらず小さいな」


 カナリアもアデルの横に姿を見せ、バルドスへと挨拶する。


「どうしたんだ、何かあったのか」

「とりあえず……土産だ」


 アデルは背負っていた荷物を下ろすと、それをバルドスへと差し出す。受け取ったバルドスがその中身を確かめると、その中には真っ赤に熟れたトマトがぎっしりと詰まっていた。


「ほう、こいつはいいな」

「だろう? 前に城へ来た時に気に入ったようだったからな。採れたてのピッチピチだぜ」

「ありがたくもらっておこう。それで、こいつでご機嫌取りってこたー、何か面倒くせぇ話か?」


 脳まで鍛え上げて筋肉で膨らんでいるとはいえ、族長だけあって抜け目ないのがバルドスであった。


「何、そんな難しい話じゃないさ。また、鬼の氏族に魔王に与して貰いたいと思ってな」

「なんでまた、そんなことを言い出したんだ?」

「ん……ゆくゆくは、先代のように魔界を統一したいと思っている。だがとりあえずは、近々やってくる勇者を迎え撃つ」

「ぐわはははは。とても面白い冗談だな。なかなか楽しめたぞ」


 ひとしきり笑ったあとで、しっかり冷静な表情に戻してからバルドスはそう酷評する。


「アーデラ坊、お前にゃ無理だ。先代の──あん方は特別な方だった。たとえお前がその息子でも、無理なもんは無理ってもんだ」

「無理かどうかは、側で見て確かめるといい」

「なあアーデラ坊。いい事を教えてやる。ガキどもに道塞がれてよ、それで立ち止まるような男になんぞ、喜んで従うような氏族がそんなに多いわけじゃないぜ。あん方は、問答無用でふっ飛ばして、集落全員叩きのめしてから、従え、とだけ言ったんだ。それが、お前とあん方の差だ」


 全くもって、先代の魔王は無茶苦茶である。永く戦争を続けて、最後には勝って魔界のあらゆる氏族を配下に加えたという偉業は並ではない。

 それを目の当たりにし、そしてその強さに心酔したのが、鬼の氏族であった。


「無理と言われようと、やると言った以上はやり遂げる。それが俺の覚悟だ」

「ならば、力でもって従えて見せるんだな。それ以外にはない。これでも、トマトの分はサービスしてんだぜ?」


 どこがだ、と言いたくなったが、アデルはそれを口に出さなかった。


「それじゃあな。昼寝の邪魔はしないでくれな」


 そう言ってバルドスは振り返ってアデルを見ることもなく、奥へと引っ込んでいった。

 作戦失敗だなとアデルが考えていると、鬼の若者たちが改めてアデル達の前に立ちふさがった。


「だ、そうだぜ。オヤジの言うとおり、お前みたいなヒョロヒョロのチビに、誰が従うかってんだ」

「ほら、邪魔だからさっさと消えな」

「いつまでもいると、オヤジの知り合いだからって容赦しねーぞ」


 しゃがみこんだ鬼たちが、一斉に地面を叩いた。その風圧と衝撃とがアデルとカナリアに襲いかかり、アデルはゴロゴロと広場を転がっていった。カナリアはふわりと舞い上がって着地した。

 新しいオモチャを見つけた子どものように、鬼の若者たちはバンバンと地面を叩いてはアデルをゴロゴロと転がして楽しみだした。


「……アデル? もしかして、作戦失敗ですか?」

「そー……だぁ……」


 ゴロゴロと広場をあっちこっち転がりながら、アデルは答えた。

 それを聞いて、アデルはバカですね、と嘆息しつつも、転がるアデルを楽しそうに見ていた。とはいえ、それを自分がやっているわけではないことが、カナリアは気に入らなかった。


「あまりアデルで遊んでいると……殺しますよ」


 カナリアがそう言うと、鬼の一人がカナリアの前へと踊りでて、挑発してきた。


「やれるもんならやってみろや。はっはー、小さいけど女だ、大事に遊んでやるよ」

「貴方に遊ばれる謂れはありませんね。さっさと、その汚い顔と臭い身体を恥じて身投げでもしてください」

「おうおう、気の強い女だな。どうやって泣き叫ぶか、見ものだぜ」


 カナリアが挑発し返すが、鬼は気にも止めず、むしろそれを喜んでいる節さえあった。

 鬼が手を伸ばしてカナリアを捕まえようとしてくるのを、すっと軽いステップで回避してアデルの姿を探す。目の前の鬼が邪魔で、その姿が見えない。


「アデル! やってしまっていいですか!?」

「ぬわぁ~」


 カナリアが声を上げると、アデルは情けない声を上げながらゴロゴロと転がっていた。随分と目が回ったようで、真っ直ぐに立つことも出来そうになく、立ち上がろうとしてはふらふらと揺れ、地面に手を付いてしまう。



 その様子を、カナリアはしっかりと頭の中に用意しているアデルだけが記録される部分に刻み込む。格好の悪いことこの上はないが、そんなアデルもまたイイと、カナリアは脳内に焼き付けていく。

 時折、それを邪魔するように鬼がちょっかいをかけてくるが、そんなものはカナリアにとって大した障害ではなかった。

 アデルで遊んでいることは気に入らないが──転がされているだけだ、これくらいなら我慢できる。普段見れるような光景ではないことが、カナリアにそう思わせていた。

 十分に堪能したら、この鬼たちを殺して帰ろう。そうカナリアは思った。


「おっし、ちょっと立ってみろよ」


 手をついて転がってくるアデルを受け止めた鬼が、アデルの身体を持ち上げて立たせる。目を回して頭がふらふらになっているアデルは、千鳥足であっちへふらふら、こっちへふらふらと動きまわる。


「アヒャヒャヒャ。おもっしれぇー!」

「や、やめろぉ~」


 情けない声を出すアデルだったが、鬼は立たせただけで、それ以上は何もせずにただ見ているだけだった。腹を抱えて笑われているだけで、アデルが何かされているわけではない。

 カナリアはそれを笑顔で見続けた。


「いいところなんですから、邪魔しないでください」


 今度、自分でもやってみようなどと思いながら、背後から襲いかかってきた手を払いのける。


「か、かなりあぁぁぁぁ~だいじょ~ぶかぁぁぁ~?」


 情けない声を出しながらカナリアの身を心配するアデルが、とても愛おしく見えた。


「ええ、大丈夫ですよー?」


 手で口の周りを覆うようにして、カナリアはアデルへと声を届けた。


「そ、それはよかっ──」

「よっし、こんな飛ばし方はどうよ」


 カナリアの返答をしっかりと聞き届けたアデルは、鬼が目の前で吹きとばそうと準備している前に、ふらふらと歩きでてしまった。

 折りたたんだ中指を、親指でしっかりと押さえつけ、そしてその中指に力を込めた、その正面に。


「でっこぴーーーーーん!」


 開放された鬼の中指が、アデルの顔へと襲いかかった。そのまま指はアデルの顔を粉砕し──頭を吹き飛ばした。

 首より上を失った体がバランスを崩して、地面に倒れこんだ。


「おいおめー、なぁにぶっ壊してんだよ」

「すまんすまん、まっさかこんな簡単に壊れるとは思ってなくてよ」


 笑いあいながら、二人の鬼は壊れてしまったオモチャの事に手を伸ばした。

 それよりも一瞬早く、アデルの体から黒いモヤが吹き出し、体を包み込むと、そのまま煙となって消えてしまう。


「お? なんか消えちまったな……」

「まあ、いいじゃねーか。壊れちまったんだし。それより、女で遊ぼうぜ」


 アデルのことをしっかりと観察していたカナリアの目には、アデルの頭部が吹き飛んだシーンがまるでスローモーションでも見ていたかのように、一コマ一コマゆっくりと飛び込んできていた。

 愛しい愛しいあの顔を醜く歪めて、そして粉々に吹き飛んでいく。大切な体が、煙に包まれて消えていった。

 たとえ──たとえ、魔王が死なないということを頭では理解していても、感情のほうはそれを見て冷静ではいられなかった。

 捕まえようと伸ばされた鬼の手を、カナリアは片手で受け止める。


「ふふふふふふふふふ」


 俯きながら、カナリアは自然と笑いが噴き出してくるのを抑えきれなかった。

 その様子を見て、鬼たちは怪訝な表情をしつつも取り囲んでいく。


「あははははははは、まったくアデルったら……誰が、死んでいいだなんて言ったんですか。よりにもよって、私の目の前で……私以外の者の手で……」


 カナリアの笑いがどんどんと高く、大きくなっていき、鬼はその様子に少し恐怖を感じながらも、取り囲みを維持し続ける。 


「戻ったら──お仕置きですよ。本当にもう、アデルったら、やはり私がきちんと側にいてあげないと、ダメなんですから──」


 カナリアは、受け止めたままだった鬼の手から手を離すと、手首を軽く翻した。カナリアのその小さな動きだけで、押さえつけられていた鬼の腕がずたずたに斬り裂かれ、肉が削げ落ち、血を盛大にまき散らした。


「う、うわぁぁぁぁぁぁっ、なななななな何をしたぁぁぁぁぁっ!?」


 片腕を削ぎ落とされた鬼が、その腕をかばいながら後ろに下がって座り込んだ。抑え付けた手の隙間から、血が止めどなく溢れ続けている。


「て、てめぇっ!」


 色めきだった鬼たちが、カナリアを捕まえようと手を伸ばしてくる。

 カナリアはそれに向けて手を広げると、水平に軽く薙ぎ払った。その鬼は、カナリアの指がたどった軌跡に合わせて、六つに切り分けられ、バラバラと地面に落下した。

 もう片方の鬼は伸ばしかけた手を止めて、一瞬で分断された鬼とカナリアとを目で追い、尻餅を付いた。


「ひぃっ!」


 何が起きたのかは分からなかったが、この女が何かをしたことだけは理解して、尻餅を付いたまま手と足をバタつかせて後ろへと下がる。

 カナリアはその鬼へと、ゆっくり歩いて近づいていく。


「く、来るなっ!」


 鬼は尚も下がり続けるが、やがて広場の端まで到達してしまい、背に壁を背負ってしまった。


「や、止めてくれ……」


 命乞いをする鬼を、カナリアは細めた目で睨みつけると、手を広げて鬼の顔に近づける。


「許せないんですよ……許せないんですよ……」


 そう呟きながら、カナリアは手を上から下へ、左から右へと軽く振った。鬼の表面に切れ目が走り、その切れ目に沿って細切れになり、肉の塊の山へと姿を変えた。こぼれ続ける血が、広場にゆっくりと広がっていく。


「許せないんですよ……目の前で、アデルを死なせてしまった自分が……それを許してしまった自分が……許せないんですよ……」


 腕だけを失った鬼が、立ち上がって逃げ出そうとしているのを、カナリアは視界に捉えた。


「あははははは。アデルを死なせた全てを、許すわけにはいかないんです。貴方も、とりあえず死んでください……」


 逃げ出そうとする鬼の背を追いかけ、近づいた所で飛び上がり、カナリアはそのまま鬼を縦に斬り裂いた。


「逃げようなんて、許されるワケがありませんよ……分かっているでしょう……」


 凄惨な表情を貼りつけたままの顔で、カナリアは洞窟の奥へと視線を向けた。

 返り血に塗れたまま、カナリアはゆっくりと、しっかりとした足取りで族長のいる奥へと向かって歩きはじめた。


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