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第20話 「第4章 5:久々の肉だ!」

 勇者として王に謁見をしたガラハドは、城の中に充てがわれた部屋で、ゆったりと酒を飲んでいた。

 名産だと言うその赤い酒は、アルコール成分がそれほど強くなかったが、香り高い芳醇さで心を酔わせてくる。

 運んできたメイドは熱い視線をずっと向けてきたが、それに気付かないふりをして、追い返した。


「ふぅ」


 赤い酒の飲みやすさも手伝って、ガラハドは運ばれてきたビンをすでに二本も開けてしまった。

 カーテンの隙間から差し込んでくる橙の光が、まだ夕方であることを知らしめていた。


「……飲み過ぎた、か」

「いいじゃない。勇者がお酒を飲み過ぎてはいけない理由はないでしょ」


 と──

 ガラハド一人しかいなかった部屋に、女の声がひろがった。


「ナビーリアか。戻ったのか」


 部屋の中心に闇色の炎が突如として燃え上がり、それが消えると、そこには妙齢の女が一人、立っていた。


「今帰ったところよ。それで、私の分はあるのかしら?」


 ガラハドは開けたばかりの三本目の酒を未使用のグラスに注ぎ、向かいの席へ滑らせた。

 ありがとう、と言ってナビーリアはそれを受け取ると、ぐいっと飲み干した。


「安い酒ね。まあ、こんな貧乏な国の名産じゃ、こんなものね」


 お気に召さなかったようだが、ナビーリアはグラスの口をガラハドに向け、ガラハドは何も言わずに酒を注いでやる。

 ナビーリアは歩きながらそれを口に運び、ベッドの淵へと腰掛ける。


「そろそろ魔界へ行くか?」

「まだね。その前にもう一仕事よ」


 ガラハドはこれまで何度も問うた質問をし、ナビーリアは何度も異なる返答を返す。もう何度目のやりとりか分からないほど、繰り返してきた。


「でも、そろそろ魔界へ行ってみるのもいいわね」


 そうナビーリアが告げると、ガラハドは喜びの声を上げた。


「そんなに魔界になんか行きたかったのね」

「勇者だからな。魔王の一人や二人倒しておかないと、名も上げられん」

「せっかちな上に欲張りね。もう十分な名声を手にしたでしょう」

「まだ足りないな」

「大丈夫よ、焦らなくても。私に任せておきなさい」

「そうだな。それで、今度はどこへ行くんだ」

「東の辺境に打ち捨てられた砦があるの。そこに魔物が巣食っているそうよ」

「魔界へ行く準備運動にもならなさそうだな」

「準備運動にはなるんじゃないかしらね。でも、それで準備が整うのは間違いないわ」


 ナビーリアの言うがまま、ガラハドは地上に生きる魔物を倒してきた。その度に様々な国が、町が、村が、人々がガラハドを褒め称えてきた。

 王も女王も、王子も王女も、豪商も農民も、あらゆる人々がガラハドを尊敬の眼差しで見つめてきた。

 それはとても快感だった。

 そして、その度に光の精霊の力が自身に馴染んできていると感じていた。勇者としての準備運動が、順調に進んでいた。


「それよりも、身体の調子はどう?」

「すこぶる爽快さ。何の問題もないな」


 おもむろに椅子から立ち上がりつつそう答えたガラハドは、ナビーリアの隣にどさっと腰を下ろす。


「それは、いつも感じているだろう?」

「ふふふ、そういう意味ではないけれど。まあ、見る限りは大丈夫そうね」

「ああ、そうとも」


 ガラハドはナビーリアをそっとベッドに押し倒した。




「肉だ!?」


 食事の支度が整って、カナリアに呼ばれて食堂に入ってすぐ、アデルは喜びの声を上げた。

 こんがりと焼きあがった、大きな肉の塊が、テーブルの上に鎮座している。その周囲には、白く薄い色のタマネギサラダがいつものように山を作っている。

 だがその山すら視界に入らず、アデルの目には肉の塊だけが映っていた。


「アデル、行儀が悪いですよ。座ってください」


 まるで子どもを叱る母親のように、カナリアはアデルを笑顔で注意しつつ、テーブルの上を華やかにしていく。

 すぐにフランもやってきて、いつもの席に着く。

 久しぶりに見た肉は、とても香ばしい匂いを食堂に蔓延させてアデルの胃を興奮させる。

 そのアデルの前で、カナリアはナイフ二本を両手に持ち、肉を瞬く間に解体していく。


「さあ、どうぞ」


 準備が終わったことを伝えられると、アデルは待ってましたと肉へ手を延ばす。その肉を口に運び、一口一口をしっかりと噛み締める。

 柔らかくも反発する弾力が腔内を幸せで満たしてくる。少しパサついた食感が肉々しさを伝えてくる。


「──肉だっ」

「アデル。まったく……嬉しいのは分かりますが、少し落ち着いてください」


 アデルが歓喜している間に、フランはそんなことを気にも止めずに、パクパクと肉へ手を伸ばし続ける。


「慌てずに急がないと、全部食べられてしまいますよ」


 さも当然のように食べ続けるフランを、カナリアが牽制してみるが、フランはそれすらも聞こえていないように肉だけを食べ続ける。

 その様子を見て、アデルはイカンと手元の皿に肉をごっそり取り分けて防御を試みた。

 運ばれていく肉を見て、フランが抗議の声を上げる。


「魔王ちゃん、それは反則だよ!」

「ええい、パクパクパクパクと肉ばかり食いおって! 俺の分がなくなるだろう!」

「食えばいいじゃん!」

「フランさん、野菜も食べてくださいね」

「野菜~? お肉の後で、開いた部分に突っ込むよ」

「……はあ。これだから肉食は」

「龍の氏族にとって、野菜ってのはオマケなんだよ」

「……羨ましいな、それは」


 主に狩猟が食料調達手段である龍の氏族は肉が主食であり、野菜というものはたまに出てくるオマケである。魔王の食事が主に野菜であることと比べて、まさに正反対であった。


「なんかさ、いっつも野菜ばっかりだったから、肉いっぱい送れ、ってパパンにお願いして正解だったよ」

「ほう、この肉は龍の氏族から?」

「ええ。たくさん頂きました」

「なるほど、後で礼を言っておかなければな」

「それは大丈夫ですよ。アデルの名前で礼を返しておきましたから」


 その辺りの抜かりの無さはさすがカナリアであった。

 アデルも十分に満足な食事を終えると、カナリアの入れたお茶で、いつものように食後のゆったり時間を過ごす。


「そういえば魔王ちゃんさ、他の氏族には仲間になれって言わないの?」


 フランが、ふと疑問に思っていたことを尋ねてきた。


「ああ、そうだなあ。龍の氏族がこっちに付いたことは、きっと知れ渡っているだろうし、そろそろ次の氏族を迎えるのもいいかもな」

「そうですね。調べた限り、どうやら次の勇者は、前のと違ってかなりの使い手のようですからね」

「……そりゃあ、急がないといけないな」


 新たに覚醒した勇者ガラハドは、地上に迷い出ていた魔界の魔物を、かなり狩り尽くしているようだった。カナリアがこっそりと送りつけておいた部隊も、気が付いたら全て殺されていた。


「さすがに、前の勇者みたいに、私が戦っても勝てるかどうか……」

「留守中に入り込んでくるとは、まるで泥棒のような奴だったな」


 それは、アデルが留守の間に片を付けようとしたカナリアの作戦だったのだが、アデルはそれを知らないでいた。


「そういう野蛮なことは、フランさんに任せましょう」

「おう、任せておけって! 勇者くらい、あたしにかかればケッチョンケッチョンに叩きのめしてやるよ!」


 腕を折り曲げて、腕の筋肉を自慢するように見せつけるフランに、アデルは頼んだぞ、と告げる。


「とはいえ、勇者の全力が未知数である以上は、対策は必要です」


 前の勇者マルスは、ハインケル将軍や龍の氏族との戦いでその力を測ることが出来たが、次の勇者ガラハドはそれ以上に強いことを確認していた。


「フランさん個人の武力や、龍の氏族だけを、ずっと頼り続けるわけにも行きません。その次の勇者が覚醒して、一緒に魔界へ来たりするかもしれませんからね」

「ああ。とりあえず協力を頼める状態になっているだけでもだいぶ違うだろう。それで、どこの氏族にするべきか?」


 カナリアはしばし考えてから、いくつかの氏族を提案する。


「空は龍の氏族に任せるとすれば、陸か海かでしょう。陸上なら鬼の氏族か獣の氏族、海なら水の氏族ですね。夜の氏族や死の氏族は止めておきましょう」

「それなら、鬼の氏族にするか」

「鬼の氏族ですか。あの族長に協力を仰げる何かがあるんですか?」

「ふふふ、任せておけ。いいアイディアがあるんだ」


 アデルは、そう言って次の目標を定めた。


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