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第2話 「プロローグ 2:魔王の侍女が面倒臭すぎる」

 よもや、魔界でも屈指と言われた剣士である黒騎士が、よりにもよってぎっくり腰で寝込んでいるだなんて、アデルには想像もつかなかった出来事だった。

 かつては魔界の各地で暴れまわっていた暴風の片割れとして恐れられていたが、先代の魔王にコテンパンにのされた上、そこそこ使えそうだから家来にしてやると無理やり仕えさせられたほどの男が……


「年には勝てない、ということですね」


 娘の言うとおりであった。

 年齢的には、いつ死んでもおかしくないほどの高齢であるが、その背中をずっと見てきたアデルにとっては、それはとても衝撃的だった。


「そういった事情があるわけです、私が玉座に座っていたのは。分かりましたか、玉座の主、魔王アーデライト・アルタロス様」

「あ、ああ、理解はした。玉座に座ったことは納得は出来ないが、今更お前に何を言っても仕方あるまい」

「ふふ、既成事実というやつですね。この調子で、アデルの子を産むまでがんばりますよ」

「それは是非とも頑張らないでくれ」


 またその話か、と思いつつ、アデルはいつものように否定しておいた。 


「父さん、もうすぐ三百になりますからね。寿命の五割増しも生きてるだけでも十分です」


 アデルにしてみれば、カナリアに任せておくのが不安だったのでとりあえず居てくれればよくて、鎧など着込む必要すらなかったわけだが、今更それを言うわけにもいかなかった。

 いつ逝ってもおかしくない歳ということもあって、アデルは隠居を進めていた。用があれば、アデル自身が出向いていたし、先代が魔界統一を目論んで戦争をしていた分、自分の治世ではのんびりと過ごして欲しいと考えていた。

 それが、結果として張り切らせてしまったことは、少し後悔を感じていた。


「ま、言っていた通り、聞くも涙、語るも涙のお話だったでしょう? おっと、涙が枯れてしまいました」


 カナリアはアデルが手のひらで転がしているタマネギを取り返すと、目元でちょっと絞った。

 再び涙を流し始めたカナリアが、その涙をハンカチで拭う。


「いやいやいや、待て待て待て。実の娘がタマネギ使って涙を流してどうする」

「タマネギを使わないで流れる涙なんて持ちあわせていませんよ?」

「実の父親の悲劇だというのに、ひどい娘もいたもんだな」

「どうもありがとうございます。とても素敵な褒め言葉だと思いますよ」

「ちげーよ!?」


 どこまでが本心で、どこからが演技なのか。カナリアの考えていることが、永い付き合いのアデルにも未だに分からない。


「アデル、こいつはどこまで本心なんだか分からないな、みたいな顔をしてますね」

「──!?」


 心を読まれた? とアデルはカナリアの顔を凝視した。


「そんなに見つめないでください。そんな不意打ちをされたら照れてしまった上に、今の三倍は惚れてしまいます」


 言われたアデルは、即座にそっぽを向いた。


「……恥ずかしがり屋さんですね、アデル。ああ、そういえば。こんなものを預かって来ましたよ」


 カナリアは優雅な仕草でくるぶしまでを覆い隠していたスカートをめくり上げると、その中に手を突っ込み、一本の剣を取り出した。

 カナリアの背丈程もある、長い剣だ。アデルはその剣に見覚えがあった。

 鞘を持っていたカナリアは、その剣をくるりと回して柄をアデルに向けた。その剣を受け取りながらアデルは聞く。


「これ、かなり長いぞ。どうやってそのスカートの中に入れてたんだ?」

「まあ! 私のスカートの中に興味があるんですか。さすが変態として魔界に名を馳せる魔王ですね。とはいえ、見せろと一言命令してくれればいくらでも見せますよ」

「見せるな」

「ツンデレですね」

「お前相手にデレたりしないぞ」


 スカートを持ち上げる準備をしていたカナリアは、渋々とその手を離した。

 アデルが受け取った剣を鞘から抜き放つと、まるで闇を刃として成形したような刃がその姿を現した。その瞬間、周囲の明かりがやや薄暗くなった気がした。

 カナリアとほぼ同じだけの長さを誇る剣だが、アデルの腕力でも片手で振ることができた。

 手に馴染み、しっくり来て、そして重さを必要以上に感じなかった。

 まるで長年ずっと共に歩んできた相棒のようにも錯覚してしまう。

 不思議な剣だった。


「この剣は、黒騎士の持っていた剣か?」

「よく分かりましたね。父が言う所によれば……ナントカ様という父の相棒が持っていた剣だそうで」

「……ナントカ様って……父さんだよね、俺の。魔王の父親の名前くらいは知っておく立場じゃないのか?」

「そうですか? 別に知らなくていいことですよ。そもそも男の名前なんて、アデルの名前以外は覚える気もなければ呼ぶ気もありませんからね。ふふ」

「父さんの使っていた剣か! なるほど、確かに俺の剣だと思い込んでしまうほどにしっくり来るのはそういうわけだな!」


 カナリアが無造作に放ってくる愛情を強引に受け流して、アデルはその刀身に目を向ける。


「ナントカ様が亡くなられてから、父が借り受けていたそうですが、もはやそれを振ることも叶わないと言っていまして、アデルへ返すことにしました」

「そうか。うむ、これがあれば俺も強そうに見えるかな」

「無理でしょう。そもそも、へっぽこぴーのぷっぷっぷーなどこぞの魔王様には過ぎた剣ですよ」


 アデルが受け流したことが気に入らないのか、拗ねたように口を尖らせ、カナリアは面白くなさそうに言った。


「……へ、へっぽこぷーとは、よくもまあ魔王相手にそんなこと言いますな!?」

「へっぽこぷっぷっぷーのぺっぺこぺーのぺろんぺろーん、ですよ?」

「……あれ? なんか長くなってね?」

「気のせいです、記憶違いです、寝ぼけすぎです」

「そ、そうか……」

「ええ、そうです」

「いや、やっぱりおかしい!」

「おかしいのはアデルの頭です」


 すかさずあーだこーだと返してくるカナリアと話していると、気がつくと話が逸らされてしまって、アデルはいったい何の話をしていたのか分からなくなってしまった。


「まあ、それはいいや」


 とアデルは抜き身の刃を鞘に収めると、その黒い剣をカナリアへと軽く放った。


「俺が持っていたところで、宝の持ち腐れになりそうだ。剣なんてまともに使ったこともないしな!」

「歴代最弱魔王と魔界のごく一部で評判ですものね」

「……ま、まあ、不本意ではないくらいに否定しにくいんだが……ちなみにその評判はどこに広まっているんだ」

「え? ここですよ」


 カナリアは人差し指で足元を指し示した。


「ああ、そういう……」

「ついでに、お散歩がてら魔界全土にも」

「おいいいいいいいっ!?」

「大丈夫ですよ」

「何が」

「アデルが魔王になってすぐ、貧弱な魔王に従えないって全氏族が我先にと争うように離反したではありませんか」

「止めて、心が痛い」


 アデルが涙を流しながら懇願した。


「数少ない親の遺産を一瞬で失うあたりが、アデルの素敵なところですね」

「魔界統一とかしちゃう親を持つと、普通の子は大変なんだよ……」

「アデル」


 不意にカナリアが真面目な表情で名を呼んできた。


「お、おう」

「普通以下ですよ、アデルは」


 予想以上に想定外の言葉に、アデルはもはや何も言えなかった。

 涼しい顔のカナリアは玉座から立ち上がると、アデルが投げてよこした剣をスカートの中に再びしまった。


「とりあえず剣は預かっておきますね。どうせ使う機会もないでしょう。万が一使う機会があっても、私が隣にいますしね」


 にこやかな顔でカナリアはそう告げた。あの剣はカナリアの背丈よりも長いにも関わらず、どこにしまわれたのかすら分からない。聞いたところでまともな返答もないだろうから、アデルはそれ以上の追求はしないことにした。


「ああ、疲れたでしょうから座っていいですよ」


 カナリアは玉座の横に位置取ると、アデルをそう促した。


「温めておきました。私の体温が感じられて、幸せですね」

「人が座った直後の椅子は、生温かくて気持ち悪いって思わないか?」


 至極当然のようにアデルはどさっと玉座に座ると、率直な感想を述べた。自分と体温が違うだけでどうしてこうも妙な気分になるのは何故だろう、といつも思うがその答えを求めているわけでもなかった。


「アデルは照れ屋さんですね。いいですよ、しばらく私の残り香と温もりを思う存分に感じ取ってください」


 それはもちろん、丁重にお断りさせていただいたアデルであった。


「そういえば面白い報告がありましたよ、アデル。久しぶりに勇者として覚醒した者が地上に現れたそうですよ。まったく、光の精霊は加護をばら撒きすぎて困りますね」

「やはり魔王のように、勇者も時代に一人であるべきだよな」


 先代の魔王は、覚醒した勇者五人との死闘を演じたこともあるという。


「魔王とは違って、同時に現れることもあれば、不在の期間が長いこともありますからね」

「確かになあ」

「勇者に殺されても、すぐに次の魔王が指名されて継承されることを考えると、一長一短と言ったところですね」

「光の精霊も闇の精霊も、何をしたかったんだろうな」

「そうだな……」


 複雑な表情をしたアデルは、歯切れ悪く答えてた。それにカナリアは気付いていたが、とりあえず追求しない方針にすることにして、内心でニヤリと微笑みつつ表情はニヤけていた。


「ところで、各氏族には何か動きがあるか?」

「今のところは特にありませんね。うっかり戦争を始めたりとかもなさそうです」

「それはなかなかの朗報だな。戦争とかしないで、また魔界統一されてくれないかな。勇者が来た時に大変だろうし」

「さすがはアデルですね。魔王のくせにやる気もない上に他人頼りとは。思わず私、恥ずかしさのあまりアデルの寝込みを襲ってしまいそうになります」

「論法が無理やりすぎてツッコミが難しいことを言うのは止めてくれ」

「そもそも魔王が困ったところで、誰も困りませんからね。むしろ、勇者が魔界に乗り込んできたとして、積極的に城まで案内する者もいるでしょうね」

「魔王の扱い軽いってレベルじゃねーな」

「魔王の──ではなくて、アデルの──ですよ。先代様相手でしたらそんなことをする者はいないでしょう」

「それはそうだろうなあ」

「ついでに言ってしまいますと、アデルが相手なら魔界の住人は喜んで勇者を案内した挙句、無様に転がりまわる様を肴に宴会が始まります」

「……なあカナリア」

「はい、アデル」

「心に来るのだけは、ほんとに勘弁してくれ……」

「ふふふ、とてもイヤです」


 とても嬉しそうに言うカナリアの言葉に、アデルは大量の涙を垂れ流すことで返答を行った。


「せめて──せめて、どこか一つでもいいかから氏族ごと味方になってくれたりしないかな」

「あり得ない夢を見るのは構いませんが、現実から目を背けても仕方ありませんよ」

「だよなあ……」

「魔王とは名ばかりに貧弱すぎる、なぜか高頻度で死ぬ、何か優れた点があるわけでもない……誰が下に着くと思います?」


 カナリアの分析は正確だった。アデル自身、全て認識していることであり、今更言われたところで、と思いつつ少しだけ心に傷が走る。

 だが、そんなことで落ち込んでいるわけにも行かなかった。


「やはりここは、俺の作戦こそが唯一にして最善の手である、ということだな!」


 自身満々に言い張るアデルを冷めた目で見下ろし、カナリアは聞こえるようにため息を吐いた。


「否定はしませんけどね。もし、力に覚醒していない勇者を仲間にすることが出来たら、各氏族も見直すことは間違いないでしょう」

「そうだろうそうだろう」


 カナリアの反応に、アデルは満足そうに頷く。


「たとえ、足りない脳みそ絞ってこぼれたかすかな一滴を薄めたような言い訳であっても、前代未聞の出来事であることに違いはありませんからね」

「……カナリア、なんか不満そうだな」

「いいえ、まさか! 仕える主が堂々と幼女に性的に倒錯するための言い訳とはいえ、成功を期待してみたくないわけではないですよ、アデル」

「なんだか言葉の端々に刺がむき出しになってる気がするが、言っておきたいことがある」

「どうぞ」

「心底惚れ込んだ女が、たまたま幼い少女だっただけだ! 決して、変な趣味があるわけではない!」


 拳を掲げてきっぱりと言い切るアデルを見て、カナリアはもうため息以外が出る気がしなかった。


「確か、十……でしたね、その幼女。魔界で言えば二、三歳といったところじゃありませんか。そんな赤子に欲情するなんて、魔王とかアデルとか関係なしに、変態と呼ばずになんと呼べばいいのか分かりません」

「違う違う、魔界で言えば四十くらいだから、以外と普通だろう」

「……アデルが四十の頃といえば、鼻水垂らしながら走り回ってはコケまくった挙句、私に泣きついて来ていた頃ですね……子どもじゃないですか」

「あの、そういうの恥ずかしいから止めてくれよ……それに、愛に年齢は関係ないだろう!」

「変態はみんなそう言うんです」

「俺は変態ではない、どこからどう見ても正常だろうが」

「変態はみんなそう言うんです」


 カナリアは、同じ言葉を繰り返した。


「……まあいい。作戦が成功した暁には、魔王様最高! 一生付いて行きます! と言わせてやるからな」


 ぴくんと反応したカナリアが、科を作ってアデルに寄りかかる。アデルは煩わしそうに顔をしかめて、カナリアを押し戻そうとするが、それ以上の力でカナリアが攻めこんでくるため、押し返すこともできなかった。


「ああ、魔王様。最高です。一生付いて行きます。ふふ、もちろん、死んでも一緒ですよ」

「やめろ! やっぱ今のなし!」

「魔王が二言とはみっともないですよ、アデル」

「魔王だって意見くらい変えるわ!」


 つまらないですね、と言いながらカナリアは姿勢を整えなおすと、アデルに触れていた部分の匂いを嗅ぎ、嬉しそうな顔をした。


「それで、成果はどうなのですか。相変わらず、死んで戻ってきているようでは、まったく進展はなさそうですが」

「お、聞きたいかカナリア」


 アデルが、待ってましたと言わんばかりに食いついた。

 もちろんアデルがそれを言いたがっているのを見抜きつつ、他所の女の話なんかされたくないカナリアが、意図的に引き伸ばしていたに過ぎない。

 アデルとのスキンシップに満足したので、仕方なしにカナリアは話をさせてあげようと水を向けたのである。


「言いたいんでしょう。少しくらいなら聞いてあげます」

「良かろう、三日三晩は語り尽くすぞ」


 アデルは玉座から立ち上がると、宣言した。


「俺とミランダの、甘く切なく、そして愛に満ち溢れた話を聞かせてやろう!」

「三分でお願いします」

「……カナリア、もう少し聞いてくれてもいいだろう」

「あと二分五十秒です」


 カウントダウンを続けるカナリアに聞かせるため、アデルは玉座へと身を沈めた。


「まずはミランダのことを聞かせてやろう。その笑顔は可憐で、可愛らしく、そして美しい。その上心優しく、ほっぺがぷにぷにで──ああ、ミランダの可愛さは、もはや言葉では言い表すことのほうが難しいな。正直、魔界へ連れ帰って嫁にしようかとも思ったんだが、まだ幼いし、いきなり環境が変わるのも良くないだろうしなあ。ミランダのいない魔界が、とても薄暗く見えるよ」

「魔界は元々薄暗いですが」

「お前には分からんだろうが、人を愛すると、視界に入る景色すら違って見えてくるということだ。ミランダといるだけで、周りの景色さえ霞んで見える」

「結局、周りなんて見てないじゃないですか」

「ああ、ミランダ。早くお前に会いたいよ。ずっと側に居て欲しい……」

「はあ……死ねばいいのに」


 ため息をつきながらカナリアは、アデルに聞こえるか聞こえないかのギリギリの音量でそう呟いた。しかしミランダへの想いを滔々と語り続けるアデルには聞こえていなかったようだった。

 ミランダについて語り続けるアデルを見つめるカナリアの目が、だんだんと闇に染まっていった。


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