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第19話 「第4章 4:勇者を覚醒させる女」

 ガラハド・ネクスがいつものように町の酒場で、ウェイトレスに嫌な顔をされつつ嫌味を言われつつも酒を飲みながらクダを巻いているところに、その女は姿を見せた。


「はぁい、貴方がガラハドね?」


 その女は胸元の大きく開いたドレスから覗く谷間を見せつけていて、まるで視線を誘導しているようにも見えた。ガラハドは酔いの勢いもあって、その豊満な胸に視線を釘付けにしていた。

 歳は四十を超えたかどうかと行ったところだろう。緩く波打つ、やや暗みがかった金髪は日の光を浴びたことがないかのようにきめ細やかで、白磁のような肌も太陽に焼かれたことのないかのような透明感をしていた。

 ガラハドは自身の腕と見比べてみて、その女はまる明るい地上を歩いたことのないような女にも見えた。


「……なんだお前?」


 とかく胡散臭さだけが際立っているように感じられた。


「お前、だなんて失礼ね。ナビーリア、と呼んでちょうだい」


 ナビーリアと名乗り、その女はガラハドの向かいに座った。ちょうど近くを通りかかったウェイトレスを呼びつけてエールを頼み、それから改めてガラハドへと向き直った。


「ふぅん、ナビーリアか。随分と珍しい響きだな。だが悪くない名だ」

「ありがと。わたしはね、ここからだと遠い場所の生まれなの」


 運ばれてきた木製のジョッキを軽くガラハドへと向けて挨拶するように傾けると、ナビーリアはそれを一気に煽った。扇情的に喉元が嚥下するように動く様子に、ガラハドは目を奪われていた。


「ふふ、いけない人ね。女が酒を飲むのをじっと見つめるなんて。見る場所が違うのではなくて?」

「お、おう……」


 決して強気なわけでもないし、威圧的というわけでもない。だがガラハドは、なぜかナビーリアに気圧されていた。ごくごく自然な、人の上に立つことに慣れたような、そんな振る舞いすら感じてしまう。

 ナビーリアはガラハドが臆していることすら承知の上で、敢えて気付かないフリをして通りかかった女給へ追加のエールを頼む。


「アンタ、自分の分は自分で払えよ」

「あははは、大丈夫よ。それにしても……噂以上に小物ね、貴方」

「あ? てめぇ、ナメてんのか」

「別にそういうわけじゃないわ。でも貴方のことは知っているわ、なり損なった勇者様?」

「──! ケンカ売ってんのか!」


 酒で赤く灼けた顔を更に朱に染めて、ガラハドは激昂しながらテーブルを激しく叩いく。

 酒場のざわめきをその声と音とが上書きしてしまい、一瞬で静寂が広がった。客も店員も皆、ガラハドへと視線を送った。


「落ち着きなさい。私はね、貴方にいい話を持ってきたの。貴方を勇者にしてあげる、と言ったら……話を聞くかしら?」


 目の前に血走った顔を突きつけられてもなおナビーリアは気にもとめずに淡々と、そしてガラハドはその言葉を聞いて大人しく居住まいを正した。


「あ、あのぅ……」


 オドオドと話しかけてきた気の弱そうな女給に、ナビーリアはエールを二つ頼んで追い返した。どうせ店主当たりから行ってこいとけしかけられたのだろう。文句を言われる前に追加の注文で黙らせるのが得策だった。


「それで、話を聞く?」

「……ああ」


 ナビーリアから顔を背けて肘をついて憮然としつつも、ガラハドが短くそう答えると、ナビーリアは目を細めて妖しい笑みをそっと浮かべた。


「そう、いい子ね」


 まるで子をあやすようなナビーリア。

 追加のエールの一つをガラハドへ渡すと、ナビーリアは美味しそうにそのエールを飲み込む。


「知っているわ。ここ何年間、星降る夜の子の誰もが光の精霊に祝福された力に覚醒しないで、だからこそたくさんの勇者候補が重い期待ばかり押し付けられて……そして、結局覚醒したのは、二十歳そこそこの若い子だった……」

「誰でも知ってる話さ。近くにいる勇者候補に誰もが擦り寄って、そして別の奴が覚醒したと知ったら、手のひらクルっと返してな。ああ、別にそれに恨みはねえ。オレだけの話じゃねえ、他の奴らもみんなそうだったからな」

「そうね。幼い子を除いたとしても──何百といる候補者の一人に過ぎないものね。それに、知ってる? 勇者は別に一人っきりじゃないわ。同時期に何人もの勇者が覚醒することだってあるのよ」

「可能性の話だろ」

「そうとも言うかもしれないけれど、だからこそ、貴方がこれから覚醒することだって有り得るってこと」

「……」

「そして、私はそれが出来る」


 ナビーリアは静かにそう言うと、ガラハドの反応を待った。


「なんで……」

「なにかしら?」

「……なんでオレなんだ?」

「死んだ旦那に似てるから。それだけよ?」


 思いがけない答えに、ガラハドは目を白黒とさせた。


「へ、へぇ……」


 ガラハドは間の抜けた声しか出せなかった。正面に座るナビーリアの顔はずっと同じに見えた。嘘を言っているような、そんな顔には思えなかった。


「だが──勇者になったとしても、今勇者やってる奴が、魔界に行ったろ。そいつが魔王を倒したら、勇者になっても意味がないんじゃないか」

「それは大丈夫よ。あの子は、魔界で戦い続けられるほど強くはなかったわ。上手く魔王の元まで行ったとしても、返り討ちでしょうね」

「……」

「勇者の覚醒は皆同じ強さになるわけじゃないわ」

「……」

「そして私は、貴方を魔王をも倒せるだけの力を持った勇者に覚醒させることが出来る」

「……馬鹿馬鹿しい。そんなことが出来るなら、世の中にゃ勇者だらけになっちまう」

「私くらいにしか出来ないから、平気よ」

「まあ、信じろとは言えないけれどね。だって証明のしようがないし。でも──」


 言葉を区切って、ガラハドの目を見据えるナビーリア。


「日がな一日、煙と酒気にまみれて燻り続ける人生なんて、楽しい?」

「ああ、楽しいぜ。嫌なことだろうがなんだろうが、酒が忘れさせてくれる」

「女日照りではあるようね」

「まあな。勇者として覚醒する見込みがなさそうだって、離れていっちまった」

「酒も女も、思いのままになる人生が待っているわ。まだ若いんだから」

「もう二十五だ。人生の折り返しさ。それに、有象無象の女の群れよりは、アンタのほうがいいな」

「……あら、嬉しいことを言うのね。思わず身体が熱くなっちゃうわね」

「アンタほどの女は見たこともねぇ。もっとも、ちっと歳食ってるが」

「──次、歳の話をしたら殺すわ」


 ナビーリアの視線から迸る殺気が、ガラハドの背筋を瞬時に凍らせた。ガラハドは慌てて謝辞を示して許しを請うた。


「アンタの話は分かった。それで、アンタは何が目的だ?」

「そうね。私は勇者の側にありたいと思っている。そして、それだったら貴方がいいと思った」

「死んだ旦那に似てるから、か」

「ええ、否定しないわ。だって、どうしようもない男であっても、好意を抱けるほうがいいじゃない」


 そう言ったナビーリアの本音が、ガラハドには見切れなかった。酒の回った頭では考え切れないが、どことなく嘘を言っているようには聞こえなかったし、たとえ目的や何やらが嘘であろうとも、勇者として覚醒することが出来るのであれば損はない。

 そもそもこの先のツマラナイことが確定した将来より、たとえ死ぬこととなろうと、後悔なく死ぬほうがマシかもしれない。

 たとえそれが、利用されるだけであったとしても。


「いいぜ。アンタに任せよう」


 ガラハドはそう告げると、立ち上がってナビーリアの横まで移動する。

 黙って腰に手を伸ばして腰抱きにすると、続きはベッドの上でいいだろ、と誘い出した。




 ガラハドが目を覚ますと、そこにあった見覚えのある天井が目に入ってきた。

 夢だったのか、と訝しみながら身体を起こすと、その隣に寝転がっていた女の姿を見て、夢ではなく現実だったのだと想い直す。

 体中から力が漲ってくるような、そのエネルギーが行く場を求めて暴れだそうとしているのが、ただの高揚感ではなく勇者の力であることを理解して、ガラハドは歓喜に包まれていた。

 心の奥底から眩しいほどの光が漏れだすような、そんな力の迸りを感じ取れる。

 これが、光の精霊の祝福を受けて生まれた者が、その力に覚醒するということなのか。


「すげえな……」


 思わずつぶやきが漏れる。

 生まれについてのプライドだけで生き続けてきた男は、溢れるほどの自信とそれを持つに至るだけの力を持ちあわせた勇者へと進化を遂げたのだ。

 ガラハドは広げた手のひらをじっと見つめ、ゆっくりと閉じて拳を作る。その拳に集まっていく力の流れがそこに見えた。


「そうだな、今なら分かる。オレが勇者だ!」


 ガラハドは高笑いをし、そしてそれは留まるところを知らなかった。まるで今まで抑圧されてきた思いの全てを吐き出し尽くさんとするかのようであった。

 ナビーリアはシーツを身体に巻きつけて身を起こしながら、それをゆっくりと見ていた。


「ふははは、ははははははは!」


 散々持ち上げておきながら、別の者が勇者となったことを知るや、半端者と罵り、期待はずれだと謗りを受け、挙句には勇者を騙る偽物だとさえ言われた。

 勝手に期待しておいて、勝手に覚醒しないことに怒るだなんて、勇者の候補者でない者は、本当に自分勝手だ。

 だがそんなものはもうどうでもよかった。

 離れていった者は勝手に後悔しろ。手に入れた勇者という力があり、抱きごたえのあるいい女を手に入れた。


「嬉しそうで良かったわ。どうかしら、光の精霊の力は?」

「最高だね。お前は最高の女だ」

「それは光栄ね」

「さっそく、勇者として大活躍してやるぜ」


 意気込むガラハドだったが、ナビーリアはそれをそっと制した。


「しばらくは、大人しくしていなさい。そうね……三ヶ月くらいかしら」

「なぜだ?」


 今すぐにでも勇者として名乗りを上げて、人々の羨望の眼差しを一身に浴びるところまでを想像していたガラハドには、その制止は受け入れがたいものだった。


「特殊な方法で覚醒させたから、身体がその力に追いつかないのよ。すぐに身体がボロボロになるわよ。身体が力に馴染むまでは、力を抑えておく必要があるわ」

「……三ヶ月も、ぼーっとしろと言うのか」

「そうは言わないわ。その間、力の使い方を覚えながら、身体を馴染ませながら、ゆっくり魔物退治でもしていればいいわ。今のままじゃ、すぐに力を使い果たしてしまうのがオチよ」

「……チッ」


 舌打ちしつつも、ガラハドはそれを受け入れるという態度を示した。


「いい子ね」


 朝の光りに浮かび上がるナビーリアの肢体が眩しい。シーツを巻きつけていても、その身体のオウトツはハッキリと見える。

 蝋燭と月に照らされた薄暗い部屋では見えなかった肌の美しさに、ガラハドは思わず見とれていた。


「じっと見られると恥ずかしいわ。ふふ、切り替えが早いのね」

「それは違うな。それはそれ、これはこれ、と言うやつさ」

「なるほどね。とりあえず、しばらくはのんびりと力の使い方を覚えましょう?」

「そうだな。それに、ベッドの上に居続けるのも悪くない」


 ガラハドはベッドの淵に腰掛けると、ナビーリアを抱き寄せる。


「もう、強引ね」

「それも悪くないだろう?」

「そうね」


 ガラハドはナビーリアを押し倒すと、その体に巻き付いたシーツを勢い良く剥いだ。


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