第13話 「第3章 3:女同士の煽り合い」
ズタ袋を抱えたカナリアは、広場に降り立つと族長のディードリヒの前にそれを投げた。
「龍の氏族が倒せなかった勇者を、お持ちしました」
「……」
煽るように言うカナリアに、だがディードリヒはその挑発に乗らず、無言でその袋を見下ろした。敢えて検分しようとすらせず、ディードリヒは一言、なるほど、とだけ言う。
もちろん、アデルたちが何かしらの手段で龍の氏族から勇者たちを隠し通し、見事討ち取ったことには気づいている。だが、それを出し抜けなかったのは、龍の氏族側なのだ。族長としては、力を見せたと受け取るべきことであった。
「どうだい、これで話をする気にはなってもらえたかな」
「良かろう。約束であるからな、正式に話を聞くこととしよう」
「かのハインケル将軍を落とした勇者ですからね、龍にでも食べさせれば、きっといい餌になるでしょう」
「死にかけの老人を相手に勝った勇者など食わせたら、龍が腹を下すだろうな」
挑発に乗ってこないディードリヒをカナリアが更に煽りたてるが、どこ吹く風とディードリヒは華麗に受け流す。
だが、その挑発は別人がきちんと受け取った。
「ふ、フザケルナ! じじをバカにしてんのかてめー!」
それはディードリヒの娘フランであった。
「フラン、下がっていろ」
「イヤだよ! じじをバカにされたってのに、黙ってられないよ!」
「フラン!」
「絶対に、イ・ヤ・だ!」
歯を剥き出しにして、今すぐにでも噛み付いてきそうな、まるで猛獣のようなフランの様子に、アデルはたじろんだ。だがカナリアはニヤリと笑みを浮かべると、それを真っ向から受け止める。
「これだからお子様は……大人の話をするんです、子どもは引っ込んでいなさい」
「あたしは八八だ! 立派な大人だ!」
「……あら、年上でしたか。随分と子供じみているので、勘違いしていました」
アデルから二一上で、カナリアからは六も上だそうだが、フランの言動はどうしても年上には見えなかった。
前回会った時にアデルが感じていた好印象が、いきなり奈落の底へと落ちていった。年上だと! ビーンボールどころかデッドボールだった。ちょっとでもお近づきになど、なりたくもない。
フランはアデルの評価がガッタガタに低下したことに気付くよしもなく、カナリアへ敵意を剥き出しにしていた。
「んだとぉっ!?」
これだから、成長した女はよろしくないのだ。やはり女は幼いに限るな、とアデルは思った。
「落ち着け」
ディードリヒはフランの頭を真上から掴んで後ろへと追いやる。しぶしぶそれに従うフランだったが、それでもその目はカナリアから外れることはなかった。
「さて魔王殿。次の長はこの通り、貴殿たちと手を結ぶことをヨシとしないようだ。龍の氏族としては、これを持って返答としたいと思うが、如何かな」
「カナリア、お前が余計なことを言うから話がこじれたじゃないか」
「いいじゃありませんか。龍の氏族が、まさかこんな先を見る目の無い、ただの脳筋娘が次期族長になることが分かっただけでも収穫ですよ。これでは味方になったところで、勇者相手の肉壁以上の役には立たないでしょう」
「んだとこらぁっ!?」
再びフランがカナリアに噛み付く。成長した女同士のケンカは、やはり醜いなとアデルは感じていた。女の子らしい可愛らしいケンカなら暖かい目で見守ってあげたいところだが、こんな女共のケンカは見るに耐えなかった。
早く帰りたいな、とアデルは思ってディードリヒを見たが、何か考えているのか、ディードリヒはフランをただただ見守っていた。
あれか、娘が可愛いのか。こんないい年した女であっても。
アデルは、もし自分に娘が出来たら、幼いままでいられる方法を探そうかと考えた。
「パパン! こいつ、龍の氏族をバカにしてる!」
フランはディードリヒに訴えかけるが、父は何も返しては来なかった。それを気にも止めず、フランは続けざまにカナリアへと向き直る。
「決闘だ! ギッタンギッタンのボッコンボッコンにして、ごめんなさい、って言わせてやる! ついでに、魔王ちゃんも叩きのめすよ!」
「……えぇ~。巻き込まないでくれよ……」
なぜか巻き込まれてしまい、アデルは心底嫌がった。
「ふむ。魔王殿、どうだろうか。その決闘で、我が娘に勝てたら、貴殿の傘下に加わろう」
「はあっ!? ……カナリア、勝てるか?」
「こんな脳筋相手に、まさか私が負けるとでも? それはショックですね。仕方ありません、アデルはあとでお仕置きです」
「……なんでそうなる?」
カナリアの物言いに対して、グルルルルと獣のように喉を鳴らして威嚇するフランだったが、アデルとしてはそれよりも何でお仕置きされるのかが気になって仕方なかった。
「まあ、アデルには指一本触れさせませんよ。それとも、私が信じられませんか?」
「カナリア、信じているから、必ず勝ってくれな」
「ふふふ、お任せあれ」
そうは言うものの、アデルはカナリアが何を考えているのか、いまいち理解できないでいた。
龍の氏族が龍を駆る訓練をするという高原に案内された。
そこは確かに龍と空を巡るには理想的なほどに広く、背の低い灌木やあまり大きくない岩だけがあった。地面は枯れたような色の草と土とで全体的に茶色く、ミランダとよくいく地上の草原と比べて寂しい感じがするな、とアデルは思った。
カナリアはその高原の中程で、相手が来るのを暇そうに待っていた。アデルとディードリヒは、そこから離れた当たりに二人で並び、そこからだいぶ離れた後方に龍の氏族の者たちが集まっていた。
やがて大きな影が高原に降り注ぐと、ゆっくりと青い龍が高原に降り立った。その背には、自身の背丈ほどもある突進用の槍を構えたフランが乗っていた。
「待たせたな!」
「あまりに遅いので、逃げ出したのかと思いました」
「あんだと? あたしが逃げるわけねーだろ!」
「言うだけなら、ご自由にどうぞ」
あくまで淡々としたカナリアと、いきり立つフランという構図だった。
挑発に乗りまくる娘を見ながら、二人の口論を止めるようにディードリヒは高らかに声を上げた。
「静かに! それではこれより決闘を執り行おう。準備はよろしいか」
「ええ」
「おう!」
フランは龍を下がらせて間合いを取り、カナリアはその場でそのままの姿勢のままでいた。
ディードリヒは両者がそれ以上動かないのを確認すると、ゆっくりと手を高く掲げた。二人が、それを横目で確認したのを見て、ディードリヒはゆっくりとそれを振り下ろした。
「はじめ!」
ディードリヒのその声とほぼ同時に、フランの蒼龍ハイゼンが高らかに吠え、翼を大きく広げて飛び立った。
瞬く間に空へ浮かび上がった龍は、カナリアを中心にゆっくりと旋回する。
「さあ行こう、ハイゼン!」
龍がフランに同調して雄叫びを上げて下方の標的に向けて急降下していった。
「さて魔王殿。カナリア殿が倒れた場合、そのまま貴殿に襲い掛かってくるであろうが、問題ないだろうか」
「問題だらけだよ。とはえい、カナリアが負けることはないだろうから、大丈夫かな」
二人の決闘を見ながら、アデルはそう答えた。
「だが、戦いには常に勝利と敗北がある。全戦全勝の者など、世には存在しない」
「それはそうだけどね。まあ、カナリアが負けたら負けが確定だから、大人しくギブアップするよ」
「残念だが、決闘にギブアップというものはない。相手を倒す以外の決着は、許されない」
「──えぇ~」
ディードリヒがそう冷たく宣言すると、アデルはとても悲痛な声を上げた。
「せいぜい、足掻くといい。時間制限もない、倒すか、倒されるか、好きな方を選びとれ」
「頑張って、カナリアの勝利を祈るよ」
そう言ってアデルはカナリアへ視線を映した。
カナリアとフランは、ついに決闘を開始していた。
龍ごと急降下でさらに加速させたフランが槍を突き出し構えを取りながらカナリアへと肉薄していく。その加速度で防ぎきれない一撃を与えようとしているように見えた。
「ぶっころおおおおおおすっ!!」
決闘であることを忘れているのか、フランは物騒な事を叫ぶ。やがて両者は睨み合うほどの距離まで近接する。
フランがカナリアを射程に捉え、渾身の一撃を繰り出す。だがカナリアはそれを垂直に飛び上がって簡単に回避した。
「まあ、来ると分かっている突進を躱すだなんて、これほど容易なことはありませんね」
真下をくぐり抜けていくフランに、そう囁くと、カナリアはスカートをふくらませながら、音もなく着地した。
カナリアへの初撃を当てられなかった龍とフランは、再び空へと戻っていく。
今度はカナリアの手前に向けて降下し、カナリアの背ほどの高さの位置を維持しながら突き進んでいった。
龍の翼が風を切り、カナリアを打ちつけようと襲いかかる。カナリアはそれをやはりジャンプで回避するが、フランはそれを待ち構えていたように、上昇を止めるカナリア目掛けて繰り出す。
カナリアは槍を身体を捻ってふわっと避けた。龍はそれを見るやすかさず片足を地について、無理矢理に向きを変える。フランが、カナリアの後方に位置した。
「だらぁっ!!」
背後から突かれる槍の刃を片手で掴むと、カナリアは体ごと上空へと持ち上げ、フランと龍を飛び越えてゆったりと着地した。
「なるほどなるほど、なかなか息の合ったコンビネーションですね」
龍が翼を一度だけ羽ばたかせて軽く身を浮かせると、大きな口を開いてカナリアへと噛み付こうとする。
がつん、と強い音をさせながら口を閉じる龍だったが、そこにカナリアの姿はなかった。龍が視線を巡らせると、すぐ真横にカナリアがいる。
そこにフランが槍の三漣突きを仕掛ける。カナリアは後方へとバックステップで距離を取ってその攻撃を空振りさせる。
「さて、そろそろ準備運動は終わりましょう」
大きく伸びをしながら、そう提案するカナリアに、フランはそうだな! と語気を強めて返答した。




