表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ほりゅう

空に輝く五芒星

作者: 猫村 子麦
掲載日:2026/04/11

 「ねぇ、ルウ。理想は、夢は−。」

 君が言うな。画用紙に一つ、点を打ってみせた君が…言うな。

      ♦︎

「今日は、星の絵を描いてみましょう。」

 さくら幼稚園の、ある日のこと。

「はーいっ。ルウ、かけるー!」

 私は意気込んで、紙に(ぼう)(せい)を描いた。

「上手だねー。」

 笑顔で先生が褒めてくれる。私は嬉しくて上機嫌になった。

「ほかのこにもおしえたげるのー。」

 私はみんなの星を見てまわった。もはや、「ちょっとルウちゃん、席から降りちゃダメ!お願いだから戻ってぇ〜」という叫びも聞こえてはいなかった。

 私は意気揚々と画用紙を覗き込む。ほとんどの人が、私と同じ五芒星を描いていた。大きかったり小さかったり、線が曲がって変な形になっていたり。個性はあるが、みんな何かしら描いていた。

 しかし、何も描いていない子が、一人いた。

「なんで、なんにもかいてないの?おえかき、きらいなの?」

 私はその子に問うた。

「ううん、すき。」

 なら、なんでーと首をかしげた。

「なんにもかいてないわけじゃない。ほら、ここに。」

 そのこが指差した先には、小さく一つ、点が打ってあった。

「……あぁ」

 星だ。

 見た途端にそう思えた。

 そうだ、お空に、あんな尖った真っ黄色のモノはない。あるのは、白く小さくまるく、綺麗に瞬く星だ。

「どうしたの?

 今度はその子が首をかしげる。気づけば私は点に見入ってしまっていた。

「ううん、なんでも、ない。」

 私は首を振る。そしてもう一度、その子の顔を覗き込んだ。

「ねぇ、おなまえ、なに?」

「……イリス」

「かわいいなまえだね、わたしはルウ」

「しってる」

「なんでっ」

「さっきから、せんせいがルウ、ルウって」

 私は耳を澄ました。

「……おぉう。おこってるぅ……」

 そこで私はイリスに向き直る。決して怒っている先生から目を……耳を逸らしたかったわけではない。イリスに素敵な提案をするためだ。

「くろいかみ、もってこようか?」

 途端、それまで暗くどこか虚ろだった瞳が輝き出したのだった。

 そらのおほしさまみたいに。

      ♦︎

「イリスっ、イリスっ」

「……?」

「今日は何を描こう?」

 私は幼稚園の頃からの友達に声をかけた。

「んー、個人的に描く前に、課題の方を仕上げた方がいいと思う」

「…あ」

「忘れてたとは言わないでしょうね」

「言います」

 そうだった。美術の課題で空の絵を描く物が出ていたのだった。私は頭を抱えて唸る。

「イリスはもう終わったの?」

「いや、まだだけど」

「あっ、なら一緒に描こ!」

 私の申し出に親友はフッと笑ってうなずいた。

 ここは部室。ほしぞら中学校の美術部の部室だ。私もイリスも絵を描くのが大好きで、この部に入った。

「ちょっとー、ルウうるさい」

「あ、ごめんなさい、セレス先輩」

 私たちは中学一年生だ。そして、セレス先輩は三年生。他にも部員たちはいるが、各々自分の作品に没頭している。

「イリスもさ、ルウに話しかけられても無視すりゃいいんだよ」

 イリスは何も返さない。先輩はため息を吐いて、自分の作業に戻った。

 私たちは無言で、絵を描く準備をする。

 絵の具を出そうと手を伸ばして、そういえば何色を使おうか、と今更ながらに思った。今まで忘れていたのだから、どんな空を描こうかという構想さえも出来上がっていない。空なら青色だろう、ということもない。夜空だったら紺だし、夕焼け空の場合もある。イリスは何色を使うのだろうと隣を見ると、躊躇い(ためらい)なく青を出していた。

 じゃあ、私は…

 少し、目を閉じる。瞼の裏に空が浮かび上がる。青空。真ん中に、太陽がある。黄色くて、ひまわりみたいな。

 ……よし。ひまわりが浮かんでる空にしよう。

 構想が決まった途端、描きたい、と体じゅうがうずうずしてきて、私はすぐ、黄色の絵の具をパレットに出した。

      ♦︎

「……よし」

 描き始めて三日。提出期限が明日に迫った日に、絵が描き上がった。

「やっと終わった?おつかれさま」

「ありがと、イリス」

 私は達成感に満ち溢れていた。

 キャンバスのど真ん中にひまわり。その周りには、澄んだ青が広がっている。我ながらいい出来だ。

「さ、ルウ、帰ろ」

 あたりを見回すと、一人を残して部員がもう既に帰った後だった。

「うん」

 私は帰りの支度を始める。

 すると、残りの一人の部員であるセレス先輩が近づいてきた。

 

「描き終わったって?見せてみなさい」

 我がほしぞら中学美術部に相応しいかどうかチェックしてあげる。

 セレス先輩が言う。

「ルウ、別に見せなくたっていいよ」

「はぁ?何を言うの?先輩たるこの私がアドバイスをくれてやろうっていうのよ?いいからはやくみせなさい」

 イリスはなぜか、セレス先輩をひどく警戒しているようだった。

「はい、まあ、いいですけど」

「ルウ…」

 イリスがそんな声を出す理由が分からない。

 私はセレス先輩の反応を待った。

「……なぁに?この、絵」

 口元が意地悪く吊り上がる。

「空の絵を描くんじゃなかったの?これじゃひまわりの絵じゃない。それに、ひまわりの絵を描いたにしても、どうして茎がないのよ」

 体が硬直する。こんなにも悪様に言われたのは初めてだった。

「そ、それ、は……ひまわりが、空に、う、浮かん、でて……」 

 しどろもどろに言う。

「はぁ?あんたには空にひまわりが見えんの?どうかしてる。目が悪いんじゃない?いや、悪いのは頭ね!バカなの?空からひまわりが生えるわけないじゃない。こんな絵じゃ、空だってわかんないわ!フンッ、描き直しなさい。」

 そこまで言うと満足したのか、先輩は部室から出て行った。

 

 先輩の足音が遠ざかり、聞こえなくなる。足元から崩れ落ちた。…私、さっき、何を言われた?

 情報の処理が追いつかない。

「…ルウ」

 イリスが静かに声をかけてくる。

「だい、丈、夫。気に、してない。」

 声を振り絞った。すぐ立ち上がって帰らねば、と気がはやる。しかし、私の足は、私の足でないかのように動かなかった。

「だい、じょう、夫、だいじょう、ぶ。」

 私はうつむいてくり返す。

 横にイリスがしゃがんできた。

「大丈夫なら、なんで。」

 

 泣いているの?

 

 静かな声だった。

「ないてっ、なんか…」

「泣いてるよ。」

 責めるでもない、事実をただ言う静かな声。イリスは昔からそうだった。真っ直ぐで、違える(たがえる)ことなく、物を見る。

「ねぇ、イリス。想像って、受け入れられない、のかな。」

 床にまあるい何かが落ちた。床にあたってべちゃりと散る。

「そんな、ことは。」

「あるのかもしれないね。だって、私一人のものだもん。伝わら、ないんだよ。」

 声が震える。

「そんなことないって。私、あの絵好きだよ」

「でも…」

 セレス先輩、は、セレス先輩は。

「先生も、空だけを描けって言ったわけじゃないし、これで提出しても大丈夫だよ、ね?」

 イリスの声が優しい。その優しさに甘えて、何でも言えそうだった。

「ねぇ、ルウ、理想だとか、夢物語とか、言われてる物、あるでしょ?あれも一種の想像だよ。でもさ、そういう理想や夢って、綺麗だよね」

 無意識にイリスを見ていた。

「ねぇ、ルウ。理想は、夢は、想像は」

 イリスの顔が、一層綻んだ。

「悪いものじゃない」

 そこで爆発した。視界がにじむ。

「イリスがっ、言うな!幼稚園の時、画用紙に点を描いた君が、言うなっ!イリスは真っ直ぐにものを捉える力がある。でも私は…」

 もはや、口は閉じる気配がなかった。

「私が描いた五芒星を見て、君は笑ってたんでしょ⁉︎心の中で!こんなもの、空に、ないって……思ったでしょ」

 イリスの顔を見ていられなかった。酷く傷ついた顔をしていたから。視線が落ちて、手元に行き着く。

「私が黒い画用紙を渡した後も、イリスは白い点を打ち続けた!……っ、綺麗だった」

 私は、イリスが打つ点に見惚れた。黒い画用紙に輝く星に。

「ありがと。」

 と、その時。私の滲んだ視界に、イリスの手が映り込んだ。

「ルウは、私が、うらやましい?」

「……とっても」

「そうなんだ。なんか、意外だな」

 えっ?肩がびくんと跳ねた。イリスの手が私の手を撫でていた。

「私もずっと。ルウが、うらやましかったから」

「ぇ」

 今度は声がもれてしまった。緩慢な動作で上を向く。イリスの目元は赤かった。

「自分でいろいろ想像できて、それを描けるルウを、すごいなって思ってた。自分の中に、世界を持てるルウに、憧れた」

 初耳だ。

「多分ね、五芒星を描いた時のルウの頭の中の世界の空には、五芒星が輝いてたと思うの。それを、ルウは絵にした」

 イリスが私の手を握る。

「それって、とっても素敵だよ。私にはできない。ルウだけができる、素敵なこと」

「ありが、とう」

 自然と口角が上がった。

「ありがとう」

 これでも良いんだと思えた。私は本当に、良い友達を持った。

     ♦︎ 

 帰り道、空はまだ明るい。けれど。

 

 

 空には、五芒星が輝いていた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

よろしければ、現在この短編を原作にした長編連載をやっていますので、そちらの方も覗いてくださると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ