空に輝く五芒星
「ねぇ、ルウ。理想は、夢は−。」
君が言うな。画用紙に一つ、点を打ってみせた君が…言うな。
♦︎
「今日は、星の絵を描いてみましょう。」
さくら幼稚園の、ある日のこと。
「はーいっ。ルウ、かけるー!」
私は意気込んで、紙に五芒星を描いた。
「上手だねー。」
笑顔で先生が褒めてくれる。私は嬉しくて上機嫌になった。
「ほかのこにもおしえたげるのー。」
私はみんなの星を見てまわった。もはや、「ちょっとルウちゃん、席から降りちゃダメ!お願いだから戻ってぇ〜」という叫びも聞こえてはいなかった。
私は意気揚々と画用紙を覗き込む。ほとんどの人が、私と同じ五芒星を描いていた。大きかったり小さかったり、線が曲がって変な形になっていたり。個性はあるが、みんな何かしら描いていた。
しかし、何も描いていない子が、一人いた。
「なんで、なんにもかいてないの?おえかき、きらいなの?」
私はその子に問うた。
「ううん、すき。」
なら、なんでーと首をかしげた。
「なんにもかいてないわけじゃない。ほら、ここに。」
そのこが指差した先には、小さく一つ、点が打ってあった。
「……あぁ」
星だ。
見た途端にそう思えた。
そうだ、お空に、あんな尖った真っ黄色のモノはない。あるのは、白く小さくまるく、綺麗に瞬く星だ。
「どうしたの?
今度はその子が首をかしげる。気づけば私は点に見入ってしまっていた。
「ううん、なんでも、ない。」
私は首を振る。そしてもう一度、その子の顔を覗き込んだ。
「ねぇ、おなまえ、なに?」
「……イリス」
「かわいいなまえだね、わたしはルウ」
「しってる」
「なんでっ」
「さっきから、せんせいがルウ、ルウって」
私は耳を澄ました。
「……おぉう。おこってるぅ……」
そこで私はイリスに向き直る。決して怒っている先生から目を……耳を逸らしたかったわけではない。イリスに素敵な提案をするためだ。
「くろいかみ、もってこようか?」
途端、それまで暗くどこか虚ろだった瞳が輝き出したのだった。
そらのおほしさまみたいに。
♦︎
「イリスっ、イリスっ」
「……?」
「今日は何を描こう?」
私は幼稚園の頃からの友達に声をかけた。
「んー、個人的に描く前に、課題の方を仕上げた方がいいと思う」
「…あ」
「忘れてたとは言わないでしょうね」
「言います」
そうだった。美術の課題で空の絵を描く物が出ていたのだった。私は頭を抱えて唸る。
「イリスはもう終わったの?」
「いや、まだだけど」
「あっ、なら一緒に描こ!」
私の申し出に親友はフッと笑ってうなずいた。
ここは部室。ほしぞら中学校の美術部の部室だ。私もイリスも絵を描くのが大好きで、この部に入った。
「ちょっとー、ルウうるさい」
「あ、ごめんなさい、セレス先輩」
私たちは中学一年生だ。そして、セレス先輩は三年生。他にも部員たちはいるが、各々自分の作品に没頭している。
「イリスもさ、ルウに話しかけられても無視すりゃいいんだよ」
イリスは何も返さない。先輩はため息を吐いて、自分の作業に戻った。
私たちは無言で、絵を描く準備をする。
絵の具を出そうと手を伸ばして、そういえば何色を使おうか、と今更ながらに思った。今まで忘れていたのだから、どんな空を描こうかという構想さえも出来上がっていない。空なら青色だろう、ということもない。夜空だったら紺だし、夕焼け空の場合もある。イリスは何色を使うのだろうと隣を見ると、躊躇いなく青を出していた。
じゃあ、私は…
少し、目を閉じる。瞼の裏に空が浮かび上がる。青空。真ん中に、太陽がある。黄色くて、ひまわりみたいな。
……よし。ひまわりが浮かんでる空にしよう。
構想が決まった途端、描きたい、と体じゅうがうずうずしてきて、私はすぐ、黄色の絵の具をパレットに出した。
♦︎
「……よし」
描き始めて三日。提出期限が明日に迫った日に、絵が描き上がった。
「やっと終わった?おつかれさま」
「ありがと、イリス」
私は達成感に満ち溢れていた。
キャンバスのど真ん中にひまわり。その周りには、澄んだ青が広がっている。我ながらいい出来だ。
「さ、ルウ、帰ろ」
あたりを見回すと、一人を残して部員がもう既に帰った後だった。
「うん」
私は帰りの支度を始める。
すると、残りの一人の部員であるセレス先輩が近づいてきた。
「描き終わったって?見せてみなさい」
我がほしぞら中学美術部に相応しいかどうかチェックしてあげる。
セレス先輩が言う。
「ルウ、別に見せなくたっていいよ」
「はぁ?何を言うの?先輩たるこの私がアドバイスをくれてやろうっていうのよ?いいからはやくみせなさい」
イリスはなぜか、セレス先輩をひどく警戒しているようだった。
「はい、まあ、いいですけど」
「ルウ…」
イリスがそんな声を出す理由が分からない。
私はセレス先輩の反応を待った。
「……なぁに?この、絵」
口元が意地悪く吊り上がる。
「空の絵を描くんじゃなかったの?これじゃひまわりの絵じゃない。それに、ひまわりの絵を描いたにしても、どうして茎がないのよ」
体が硬直する。こんなにも悪様に言われたのは初めてだった。
「そ、それ、は……ひまわりが、空に、う、浮かん、でて……」
しどろもどろに言う。
「はぁ?あんたには空にひまわりが見えんの?どうかしてる。目が悪いんじゃない?いや、悪いのは頭ね!バカなの?空からひまわりが生えるわけないじゃない。こんな絵じゃ、空だってわかんないわ!フンッ、描き直しなさい。」
そこまで言うと満足したのか、先輩は部室から出て行った。
先輩の足音が遠ざかり、聞こえなくなる。足元から崩れ落ちた。…私、さっき、何を言われた?
情報の処理が追いつかない。
「…ルウ」
イリスが静かに声をかけてくる。
「だい、丈、夫。気に、してない。」
声を振り絞った。すぐ立ち上がって帰らねば、と気がはやる。しかし、私の足は、私の足でないかのように動かなかった。
「だい、じょう、夫、だいじょう、ぶ。」
私はうつむいてくり返す。
横にイリスがしゃがんできた。
「大丈夫なら、なんで。」
泣いているの?
静かな声だった。
「ないてっ、なんか…」
「泣いてるよ。」
責めるでもない、事実をただ言う静かな声。イリスは昔からそうだった。真っ直ぐで、違えることなく、物を見る。
「ねぇ、イリス。想像って、受け入れられない、のかな。」
床にまあるい何かが落ちた。床にあたってべちゃりと散る。
「そんな、ことは。」
「あるのかもしれないね。だって、私一人のものだもん。伝わら、ないんだよ。」
声が震える。
「そんなことないって。私、あの絵好きだよ」
「でも…」
セレス先輩、は、セレス先輩は。
「先生も、空だけを描けって言ったわけじゃないし、これで提出しても大丈夫だよ、ね?」
イリスの声が優しい。その優しさに甘えて、何でも言えそうだった。
「ねぇ、ルウ、理想だとか、夢物語とか、言われてる物、あるでしょ?あれも一種の想像だよ。でもさ、そういう理想や夢って、綺麗だよね」
無意識にイリスを見ていた。
「ねぇ、ルウ。理想は、夢は、想像は」
イリスの顔が、一層綻んだ。
「悪いものじゃない」
そこで爆発した。視界がにじむ。
「イリスがっ、言うな!幼稚園の時、画用紙に点を描いた君が、言うなっ!イリスは真っ直ぐにものを捉える力がある。でも私は…」
もはや、口は閉じる気配がなかった。
「私が描いた五芒星を見て、君は笑ってたんでしょ⁉︎心の中で!こんなもの、空に、ないって……思ったでしょ」
イリスの顔を見ていられなかった。酷く傷ついた顔をしていたから。視線が落ちて、手元に行き着く。
「私が黒い画用紙を渡した後も、イリスは白い点を打ち続けた!……っ、綺麗だった」
私は、イリスが打つ点に見惚れた。黒い画用紙に輝く星に。
「ありがと。」
と、その時。私の滲んだ視界に、イリスの手が映り込んだ。
「ルウは、私が、うらやましい?」
「……とっても」
「そうなんだ。なんか、意外だな」
えっ?肩がびくんと跳ねた。イリスの手が私の手を撫でていた。
「私もずっと。ルウが、うらやましかったから」
「ぇ」
今度は声がもれてしまった。緩慢な動作で上を向く。イリスの目元は赤かった。
「自分でいろいろ想像できて、それを描けるルウを、すごいなって思ってた。自分の中に、世界を持てるルウに、憧れた」
初耳だ。
「多分ね、五芒星を描いた時のルウの頭の中の世界の空には、五芒星が輝いてたと思うの。それを、ルウは絵にした」
イリスが私の手を握る。
「それって、とっても素敵だよ。私にはできない。ルウだけができる、素敵なこと」
「ありが、とう」
自然と口角が上がった。
「ありがとう」
これでも良いんだと思えた。私は本当に、良い友達を持った。
♦︎
帰り道、空はまだ明るい。けれど。
空には、五芒星が輝いていた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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