ヤンデレ彼女召喚セット
俺、玉井誠一、二十八歳。
「彼女いない歴=年齢」という、もはや伝統工芸品レベルの純潔を守り続けている冴えない男だ。趣味は深夜アニメの録画消化と、給料の半分を溶かすスマホゲームのガチャ。人生のハイライトは、週に一度のコンビニ限定スイーツ発売日に、最後の一つを手に取れた瞬間。そんな、砂漠のような俺の日常に、ある夜とんでもない激震が走った。
深夜二時。寝ぼけ眼でネットの深淵を彷徨っていた俺は、怪しい通販サイト『damason』に辿り着いた。そこで見つけてしまったのだ。胡散臭さの極致のようなバナー広告を。
『貴方だけを一生愛し抜く! ヤンデレ彼女召喚魔法陣キット ―特別価格12,980円!―』
「家事万能! 激カワ! 夜も積極的!」なんて、絵に描いたような誘い文句が並んでいる。レビュー欄を覗けば、「ガチで召喚できた!」「ちょっと怖いくらい尽くしてくれる、最高!」といった、サクラなのか本物なのか判別不能な絶賛コメントが並んでいた。
普段なら「バカバカしい」と鼻で笑ってブラウザを閉じるところだ。だが、その夜の俺は、コンビニの売れ残り弁当を啜りながら、猛烈な孤独に襲われていた。
「一万二千九百八十円で……人生が変わるなら……」
気がついたときには、俺の指は「購入確定」のボタンを高速で叩き出していた。
数日後、自宅に届いたのは、宛名も発送元も書かれていない不気味な段ボール箱。
震える手で封を切ると、中からは星形の赤い布、毒々しい紫色のキャンドル、そして古文書のような質感を装った説明書が出てきた。
『深夜零時に魔法陣を広げ、キャンドルを灯し、理想の彼女像を強く念じること。注意:一度召喚された愛は、決して逃げられません』
「…逃げられませんって、むしろ望むところだよ!」
俺は半笑いでリビングの床に魔法陣(レジャーシートみたいな質感だったが)を敷き、キャンドルに火を灯した。そして、固く目を閉じる。家事が得意で、顔はアイドル並みに可愛くて、俺のことだけを猛烈に愛してくれる、ちょっと積極的な女の子。……正直に言おう。脳内では、あんなことやこんなことの妄想もフルスロットルで駆け抜けていた。許せ、二十八年の鬱屈は深いんだ。
その瞬間、部屋の電気が一斉に消え、床の魔法陣が禍々しい赤色に発光した。
「うわっ、なにこれ!? 演出にしては凝りすぎだろ!」
焦る俺の目の前で、光の粒子が渦を巻き、一人の少女が具現化していく。
「……誠一くぅん。あたし、ナナ! ずっと、ずっと待ってたんだよ♡」
現れたのは、淡いピンク色の髪を揺らす超絶美少女。ふんわりとしたロリータ服に身を包み、潤んだ瞳で俺を見つめている。彼女は勢いよく俺の胸に飛び込んできた。柔らかい感触と、甘い花の香りが脳を痺れさせる。
「マジかよ……本物じゃん!」
そこからの数時間は、まさに夢のような「神サービス」の連続だった。ナナは即座にキッチンへ立つと、俺が一生かかっても作れないような絶品カレーを完成させ、部屋の隅々まで掃除機をかけ、俺のヨレヨレのYシャツを職人技のアイロンがけでピシッと仕上げる。そして夜。積極的すぎる彼女の愛の猛攻に、俺の貧弱な体力は底をつき、気絶するように眠りに落ちた。
「一万二千九百八十円でこのクオリティ! 令和の奇跡だぜ!」
翌朝、鏡に向かってガッツポーズを決める俺。だが、異変はすぐに起きた。
出勤前、駅前のコンビニに寄ったときのことだ。レジのバイトの女の子が、いつも通り「袋にお入れしますか?」と聞いてきた。俺は「あ、お願いします」と短く返した。ただそれだけだ。
なのに、帰宅してドアを開けた瞬間、ナナがニコニコしながら包丁を研いでいる。
「誠一くん、おかえり♡ 今朝のコンビニの女の人……誠一くんの好みだった? ずっと見てたんだよ……。あたしじゃ、足りないのかな?」
背筋に氷を突っ込まれたような寒気が走った。
「いや、レジだよ! 業務連絡だよ! ていうか、いつの間に尾行してたの!?」
弁解する俺に、ナナは「ふーん、そっか♡」と無邪気に笑うが、その目は一切笑っていない。奥底でどす黒い執念が渦巻いているのが分かった。
次の日、会社のデスクで佐藤先輩に「玉井、最近なんかツヤツヤしてるな。いいことあったのか?」と冷やかされた。男の先輩だ。
だが、その日の晩。ナナは俺のスマホを手に取り、画面をガンガンとテーブルに叩きつけながら問い詰めてきた。
「誠一くん。サトウって誰? 二人でどんな楽しいお話をしてたの? 窓の外から見てたんだからね……?」
「男だよ! 職場の先輩だよ! 窓からって、職場…オフィスビルの六階だぞ!?」
「ほんとぉ? ならいいけど♡」
微笑むナナの手元で、スマホの画面には謎のヒビ(通称:バカの壁)が派手に走り、再起不能の状態になっていた。
それからは加速する一方だった。
テレビを見ていて、画面に映ったヒロインを「可愛いな」と独り言を漏らした瞬間、背後からフォークが飛んできた。
「その子より、あたしの方が可愛いよねっ!?」
フォークは俺の頬を数ミリの差で掠め、液晶画面に突き刺さった。火花を散らすテレビを前に、俺はガタガタと震えるしかなかった。
極めつけは、たまにはジャンクなものが食べたいとピザをデリバリーした夜だ。
玄関先でピザを受け取った俺の前に、ナナが立ち塞がった。
「誠一くん……なんであたしの料理じゃダメなの? あたしの愛情が、毒だって言うの?」
「いや、そういうわけじゃなくて、ただの気まぐれで…」
「いらないよね、こんなもの…!!」
ドゴォッッ!!
ナナはピザの箱をひっ掴むと、ゴミ箱へ向かってプロ級の豪快なスラムダンクを決めた。
「誠一くんはあたしだけでいいよね? 浮気させるような悪い誘惑、全部あたしが消してあげる。……それとも、二人で『永遠』になっちゃう? ♡」
そう言いながら、ナナが銀色に輝くナイフを俺の喉元に近づけて来る。
――し、死ぬ!!
俺は迷わず土下座した。
「ナナだけでいい! ナナが世界一だ! 頼む、落ち着いてくれ!」
「やったあ♡ 大好きだよ、誠一くん!」
泣きながら抱きついてくるナナ。だが、俺の心臓はもうオーバーヒート寸前だ。恐怖と疲労で涙が止まらない。俺は翌朝、隠れて『damason』に必死のメールを送った。
『ヤンデレのレベルが高すぎます! 命の危険を感じています! 返品希望!』
だが、数分後に返ってきた返信は、あまりにも無慈悲な一行だった。
『ご購入ありがとう♡ 弊社の商品は返品不可! 深すぎる愛を、どうか根性で乗り越えてくださーい☆』
絶望。俺の平和だった独身生活は、一万二千九百八十円という格安の対価と引き換えに、文字通り爆発四散したのだ。
今、隣ではナナが「誠一くん、晩ご飯はな・に・に・し・よ・う・か? ♡」と、満面の笑み(ただし包丁を握りしめている)で聞いてくる。
俺は震える手で、彼女が作った、ケチャップで「監禁」と書かれたオムライスを口に運ぶ。
俺の、地獄のような幸せな日々は、まだ始まったばかりらしい。
「ずっと、ずーーっと、離さないから……ね♡」
(終)




