ボスウェーブ⑦
決戦の地——敵陣の様子は、上空から見た光景とはまったくの別物だった。
芝生くらいまで刈り取った草は、至るところに捨て置かれた燃えさしによって、未だプスプスと焦げを広げてられていく。
燃料にされたのは天幕だった物。薙ぎ倒されたあとに破かれ裂かれ、木製の支柱さえも松明代わりになれ果てていた。
それに照らされる地面には、踏まれて動かなくなった兵士たちが無数に……。
他にも折れた槍やら砕けた器やら、残骸らしき物はいくつも転がっている。だが、こんな最低最悪のロケーションのなか、ひときわ異質に映ったのは——
「よくもやってくれたな」
こう淡々と告げるカレックス国王が、豪奢な椅子に背を持たせかけていたこと。
その側には、
「まぁ、たくさんのお仲間を引きつれて。歓迎してくれるのぉ?」
凄腕美魔女冒険者のヴェ・ネフィカが静かに佇んでいた。
まるでオレは謁見の間で待たされているのかと錯覚させられるほど、異様な落ち着きっぷり。二人はこの惨状の当事者なのに、微塵も焦りが見当たらない。
「なにぶん急な訪問だったんでな、式典なんて気の利いたモテナシの準備はできていないが、歓迎してやろう。カレックス国王、ようこそ妖精の森へ」
前回は無視された。しかし今回は、
「羽虫よ。策を誤ったのではないか」
問いを引き出せた。いろいろと省きすぎてて意味不明だけど。
「フンッ。このように火気の多い場所では、思うように使えぬのであろう」
ああ、そういうことか。コイツは火薬の話をしてるんだな。
そういえばコイルガンは、かつての勇者叛乱の際に猛威をふるった禁忌の品だと勘違いされているんだった。
「ククッ、もう忘れたのか? 我ら妖精は、空を制せるんだぞ」
「よい的だ」
たしかに非力な妖精さんが、えっちらおっちら樽爆弾を抱えて飛んでいたら弓を射り放題。しかも夜空で導火線に火をつけようものなら、目立って目立って仕方ないだろう。
というかコイツ……。せっかく舌戦に乗ってやったのに、さっきからずっと壁に向かって喋ってる気分にさせてくれる。
カレックス国王は、自分の言葉に周囲の者は耳を傾けて当然、こう信じて疑わない口ぶり。だから『誰に』という話かける方向がないんだ。
ではなぜ、こうやって不毛なコミュニケーションをつづけているのかといえば、隙を突くため、二人を引き離すため、カレックス国王を射線に入れるため。いろいろある。
だからなにも、決戦前にカッコつけてるわけじゃない。
だというのに……、妖精諸君は緊張感もなくそういう振る舞いをするんだ。
魔王縄文が率いるコボルト勢は腕を組み、大物ぶってうむうむ頷く。どうせ話の半分も理解できてないくせに。
レガリア『幻惑の鈴』を首輪でぶら下げた魔王ミケを筆頭に、ケットシー衆は猫爪をベロベロ舌舐めずりの三下ムーブで威嚇。
オレらに注意を引きつけたくて話してるんだから、それでいいっちゃいいんだけどさ……、もう少しどうにかならないものだろうか。
「もういいかしら?」
なにを、と問い返す間もなく、
「〝預言級闇魔法・影縛〟」
ヴェ・ネフィカは手を掲げ——狙いはオレか⁉︎
「——ッ」
咄嗟にブチが動いてくれて不意を突かれずに済んだ。
だが……、……さっきまでオレが浮いていた宙には、禍々しい暗闇の荊が無秩序に絡み合っていた。
「これ、ヴェ・ネフィカ。その羽虫を殺すな」
「ええ、ええ。陛下の『火薬の製法を吐かせたい』という目的は存じております。ですので、差し出がましくも捕まえようとしただけですのよ」
嘘だろっ。とても束縛を目的とした魔法とは思えなかったぞ。
「その他は好きにして構わぬ」
「ということなので——」
「フシャーッ‼︎」
ヴェ・ネフィカが向き直るのを待たず、ブチが威嚇Eを発動。
もちろん効くわけない。しかし、レガリア『幻惑の鈴』を所持するミケではなく、ブチが先頭に立つことで、より魔王ミケが会得した権能が光る。いや、光るというより——陰る。
本来なら存在を知らせる鈴が、気配どころか、実在さえも惑わすのだ。
ミケ単独で使用したとしても、本体の居場所を捉えさせず、さらに複数の幻体によって翻弄する。
その権能『幻惑A』を、仲間との共闘で、より意地の悪いところまで高めた。
ケットシーらは、シュッシュと猫パンチシャドーボクシングしてみたり、まるでバタフライナイフをひけらかすかの如く猫爪を伸ばしたり縮めてみたり、ヤンキー座りでガンくれたり……。
そんなふざけた空気のなかへ、ミケは紛れたんだ。虚実共に。
「私、猫って嫌いなのよね。だって媚びてこないんだもの」
ヴェ・ネフィカは世間話でもしているような口調で自分語りをした、と同時に——手を横薙に水平移動。
「「「——ッ」」」
その軌跡には、次々と地面から手の形をした黒いモヤが吹き出し、消えていく。
攻撃範囲のケットシーらは、脳で理解するよりも速い本能的な反射神経でもって避けた。が、躱した先の確認などしていないので、あちこちで頭と頭がゴッチンコ。
タンコブをこさえる程度で済んでよかったとも言えるか。もし、さっきの黒モヤに触れたらどうなるのか……。
「フフッ。あなたは特等席で観ていたでしょうに」
自分を囲むケットシーらには目もくれず、オレに向かって話しかけてきた。
「……あの凍らせる魔法か」
「あまり魔法のお勉強はしていない? 知恵は巡りそうなのに。こんな辺鄙な森で暮らしていたら魔道書なんて手に入らないものねぇ」
「ここはぜひ、ご教示願いたいな」
「ではお手本を——」
と言うや否や、ヴェ・ネフィカは手を振るう。
再び、地面から無数の黒モヤの腕が伸びる。そして対象を掴もうとする動作のあと、消失。
またしてもケットシー同士の衝突という犠牲を払いつつも、すべて回避——ならず!
「わるぅい猫ちゃん、捕まえたぁ」
裂けそうなほど口角を吊り上げたヴェ・ネフィカが目を向けたのは、自分の足元だった。
そこには、ヤツの脛を刈ろうと猫爪を立てたミケの姿が。
「見逃し厳禁よ」
と、こちらへ声をかけるなり、黒モヤの腕は捕まえたミケの体を這いずる。先端の手が心臓のあたりへ届くと、指を立て、音も立てずに埋まっていく。そこには傷も出血もない。しかし確実に、息の根を止めた。
妖精が死んだらどうなるかは、これまでなんども言及してきたとおり。亡骸も残さず完全な消滅。
だが、オレはあえて言ってやる。
「残念でしたー。ハズレだぞ」
ってな。
やられたのはミケ本体ではなく幻体の方、……だよな。頼むぞ。相手の手のうちがわからないうちに突っ込むほどのバカではないと信じたい。
「ニャっはっは! この『幻惑の鈴』もいっしょに消えてちまった時点で察しニャいと」
……バカちん。幻体の見分け方を教えてどうする。あと、重要アイテムを見せびらかすな。
「へぇ、そういうこと。あなた、ケットシーにしてはと思っていたけれど、そういうことなのね」
「ニャ、ニャんでわかった⁉︎ レガリアのことは秘密ニャのに!」
ああもう! いま「チッ」と舌打ちしたのはオレだけじゃないはず。たぶんカレックス国王もだろう。
「ヴェ・ネフィカ。妖精如きにいつまで手間取っておる」
コイツもミケと同レベルのオツムなのかっ。いまのタイミングで急かしたら、知られたくないことがあるって自白してるのと同義だろうが。
まったく、どいつもこいつも……っと。どうかしているのはオレか。
レガリアの存在を知られたからどうだというんだ。そもそも、この二人を森から生かして帰すつもりはないんだからな。
「オマエら気をつけろ! 魔法を口にするときと無言のときがある。もしかしたら身じろぎ一つせずに攻撃してくるかもしれないぞ。そのオバサンは——」
厄介だぞ。まで言い切る前に、
「ォオオッッ‼︎ わ、わたぁ、ォォオオオオ⁉︎」
わた、オオ⁇
「——私がオバサンですってッ‼︎ この私を、オバサン呼ばわりかァアアアーッッ‼︎」
地雷炸裂。踏んだのはオレ。
我らピクシーがおふざけでやるブチキレではなく、正真正銘のブチギレ。
……ヤ、ヤバイ。ロックオンされてしまったぞ。




