ボスウェーブ⑥
五〇〇〇という数を前に、カレックス国王は声を張りあげることなく、
「〝ひれ伏せ〟」
淡々と命じた。
たったそれだけで、雑兵から正規兵まで皆が膝をつく。
どういう仕組みかカラクリか。こっちにまで聞こえてくるなんて。これも魔力の成せる業なんだろうか?
もちろんオレが支配下に置かれたりは——って、エルラーレは⁉︎
「だ、大丈夫……」
あまりそうは見えないが。
というか、さすがに村人の非難先にしたコロポックルの集落までは届いてないよな。
などというオレの心配を他所に——
『〝いけません! いまこそ、王の圧政に抗うときです! みんな! いますぐ悪い王様をやっつけなさーいッ‼︎〟』
オレの書いた台本どおりに、だが危機迫る声でエルラーレは命令の上書きをしようとした。
「〝直ちに森を焼き払え〟」
だが、声を枯らすも虚しく掻き消される。
フラフラと兵たちは立ち上がり、篝火へ。燃え移りそうな物を手にしたら、それを松明の代わりに。
まだ、エルラーレは一心不乱に叫ぶ。
だが、兵士らに止まる気配はない。
「戻るぞ!」
いますぐにでも直接的な防衛行動に移らなければ、とエルラーレに声をかけるも、
「……お父ちゃん」
こう掠れた声で呟くのみ。轟々と炎の明るさが広がっていくさまを目の当たりにして、ショックでも受けたか?
すまないが、もうオマエの父親は助けてやれそうにない。確実に混戦となる。誰かを避けての攻撃なんて不可能だ。
「——お父ちゃんッ⁉︎」
違った。今度はハッキリと。
どうやらエルラーレはこの惨状のなか、自分の父親を見つけたらしい。
とんでもない偶然。だがこれが、引きの良さや運の良さだけでは測れない奇跡を起こす。
エルラーレは再びメガホンに口を寄せるなり——
『〝お父ちゃーん、ここッ! エルラは、エルラーレはここだよーッ‼︎〟』
命令どころか指示ですらない、慟哭。
必死に泣くのを堪えている。しかし瞳からはハラハラと雫が溢れ、宙へと舞い散り、地上の蠢きへと消えていく。
するとなんと、エルラーレの涙により戦場が清められたかのような光景が広がったんだ。
ひとり、またひとりと、兵士らは手にした炎を取り落とす。そして地上から照らされた夜空を茫然と見上げるんだ。
「〝休むな。森を焼き尽くせ〟」
このカレックス国王の命に従う者はおらず。誰も揺るがず。ただただ天を仰ぎ、空から父へと自分の存在を知らせようとする少女の姿を見て、感涙する。
『〝おかえりなさい〟』
出迎えの挨拶。たったこの一言が、立ち会ったすべての者から言葉を奪う。
ここまで組み立ててきたレガリアについての考察を覆されたオレはもちろん、自らの命令を無視されたカレックス国王も絶句。正規兵も雑兵も、ほぼすべての意識をエルラーレは掌握した。
しかし、野営地一面から宙に浮かぶ少女を照らすという神事にも似た静寂も、長くはつづかない。
背筋が凍てつく魔力の波動——の直後、
「少女趣味なんて感心しないわねぇ。私のような美女がここにいるというのに」
こんな無粋なセリフによって遮られた。ヴェ・ネフィカは、口を閉ざすまでの瞬く間に四名を冷凍したのだ。
だというのに地面に氷像が取り落とした燃えさしの炎はそのまま。これがオレにはなおさら不気味に映った。
『〝逃げて! みんな逃げ……て〟』
こう願うや否や、エルラーレはメガホンを手放す。つづけざま、オレの腕には重みがズシッと。
「ッとと。エルラーレ!」
返事はない。どうやら気を失ったようだ。ちゃんと息はしてるから、おそらくは魔力切れだろう。
地上に視線を戻すと、エルラーレ最後の願いは届いたらしく、兵士らは四方八方散り散りに。正規兵か雑兵かなんて区別はつかない混乱っぷりで。
おそらく、あの様子なら例のアレを見つけても気にせず逃げるだろう。
しかし参ったな……。カレックス国王を丸裸にできたのはいいが、これはこれで事後に迷子探しの手間を考えると途方もないぞ。
いまさらだけど、事前に草を刈っておいてよかった。
とんでもない量の松明擬きも、燃え尽きるのを待てば森への被害はほぼないだろうから。
「後始末についてはさておき」
即行動とばかりに、オレは抱えたエルラーレを安全地帯へ運んだ。
そこは敵陣から少し離れた森のなか。コロポックルたちの集落へ行く道の途中。
「なんかエライことになってるねぇ!」
待機していたレペゼン・コロポックルが、興奮気味に。
「……ああ」
エライことを成した張本人はスウスウと寝息を立てては、ときおり眉を寄せて苦しそうに。
傀儡の聖女役を用意したつもりだったのに、こちらの想定を遥かに上回る化け方をした。少々今後に不安は残るが、よくガンバってくれたと思う。
「この娘を頼む」
「あいさ」
エルラーレを預けたら、再びオレは戦場へ。カレックス国王との決着をつけに。
この時点で、当初の作戦もなにもない。計画なんてメタメタに破綻していて、行き当たりばったり。
本当なら、兵站を潰してやって長期滞在できなくなったところに王都襲撃の知らせというコンボで、撤退するしかなくなった背中を狙うつもりだったんだが……。
現実は、炎のリングと化した敵陣には、カレックス国王とヴェ・ネフィカが残るのみ。遮蔽物が居なくなった今は絶好のチャンスとも言える。
腹を括っているあいだに、妖精たちが集まってきた。どいつもこいつもウズウズした様子を隠そうともしない。
「レペゼン・コロポックル。コイルガンと砲身の設置は?」
「済ませといたよぉ」
「縄文。コボルト勢で王を削ってくれ」
「任せるワン!」
それぞれにオレは頷きのみで返して、つぎつぎと確認事項を口にしていく。
「ミケ、ブチ。ケットシー勢で女冒険者の足止めを任せていいか?」
「愚問だニャ」
「ニャんニャら、オイラだけでも倒しちまってもいいんだぜい」
……いくら手に入れたばかりのレガリア『幻惑の鈴』を試したいからって、ベッタベタなフラグを立てるなよな。縁起悪い。
「できるもんならな。でもムリは禁物だぞ。コボルト勢にもケットシー勢にも空からフェアリーズの支援があるので、それぞれ留意を。おいフェアリー、くれぐれも味方に当てないように」
「はーい。ていうかみんなの方でも気をつけてよねっ」
手短に打ち合わせを済ませ、
「すみれ、あやめ、つつじ、れんげ。オレの合図を見落とすなよ」
「「「ぴっ」」」
最後の最後に念押し。
ピクシー軍団には、敵陣を囲うカタチで森に忍ばせたコイルガンの元へ向かってもらった。
「あえて言うぞ。仲間を庇うな、期待をするな。己一人ですべてやり切るつもりで事に当たるんだ」
これぞ、正しいチームワーク。
返事を揃える必要もない。各々が必殺の一撃を見舞うからこそ、罠にはリアリティが生まれるのだから。




