ボスウェーブ⑤
闇夜に包まれた上空から地上を見下ろすと、篝火によって照らされた敵陣の様子ありあり窺える。
火を囲み、酒を煽っては炙った干し肉を齧み千切る王国兵たち。
コイツらは兵役で連れてこられた連中ではなく、正規の兵士。つまりアーとかベーの元同僚だ。
そこから少し距離を置いた場所には、膝を抱える雑兵たち。
彼らは一様に、手にした雑穀ビスケットを口へ運ぶ。腹は減っているだろうにモソモソとみみっちく。よほど固くてボソボソで不味いのか、それとも量の少なさを惜しんでか……。
なんとなくオレは、王都に行った際に冒険者ギルドで口にした劇不味パン擬きを思い出し、うえって気分にさせられた。
さて、肝心の兵数だが、雑兵ひとりひとりを数えていては夜が明けてしまう。
なので数えるのは正規兵の人数……。だいたい五〇ほど。そこに百を掛けて、ザックリ総勢五〇〇〇名と見積もった。
「すっごいたくさん……」
「ああ。いくらなんでも過剰すぎるだろ」
妖精の森を更地にするつもりならわからないでもない。だが、おそらくカレックス国王の目的は恣意行為。オレらへ向けてではなく、支配地すべてに対しての。
これはある種のセレモニーだ。人数で威嚇するという側面もあるんだろう。でも『これだけの動員をかけられる』という己の権威を示す意味合いの方が強いのではないだろうか。
ここまでぜんぶ、王とのファーストコンタクトで感じた印象からの想像だけどな。けど、そこまで外してないはず。
「エルラーレ、怖くはないか?」
「ぜんぜんっ。空を飛んでるなんてスゴイよ!」
べつに高いところが怖いかを聞いたわけじゃないんだけどな。
「さすがにこの暗さだとメモは読めない」
「大丈夫! ちゃんとセリフは覚えてきたから」
またもや頼もしい返事で安心した。
ちなみにオレが、おんぶみたいにエルラーレの背中にへばりついて、ここまで運んだのだ。
では、なぜ敵陣上空にエルラーレを連れてきたのかといえば、
「もう午前零時はまわったろ。ということで、約束の明日だ。エルラーレ」
夜襲をかけるため。それも——
『〝みなさーん! ゴハンの準備ができましたよーっ‼︎ 無くなる前に食べちゃいなさーい! 食べ放題のっ、はっやいもの勝ちーッ! 急げ急げいっそげーッ‼︎〟』
腹ペコの敵雑兵五〇〇〇による夜襲だ。
篝火の周囲以外は静かな、夜の森に響き渡る少女の声。
それは呑気で、あまりに牧歌的。だが、しっかりとレガリアの所有者としての支配力を及ぼす、命令であった。
そして『腹を満たせ』と本能を全肯定された空腹の雑兵たちは、殺到するのだ。見せびらかすようにメシを食っていた正規兵の集う篝火へと、続々と、我先に。
群れに埋もれてちゃんとは判別できないが、一部の正規兵も暴動に加わっているようだ。
「メガホンってスゴイね!」
「だろ」
エルラーレが感心したメガホンだけど、鉄板を叩いて薄く伸ばし円錐形にしただけの急造品。当初はコボルトの『咆哮』を強化できないかと考えていたもの。
別バージョンに、もっと音色が良い陶器製のメガホンも検討中だ。今回はボリューム重視でこっちを採用した。
「いまの調子でもう少しつづけてくれ」
「……」
大成功に気をよくするかと思いきや、エルラーレは浮かない表情を向けてきた。
「オジサンたち、大丈夫かな?」
みんな無事で済むわけない。が、ここは嘘をつくしかないか。
やっぱり告解の瞳を持たせてこないで正解だった。なぁんて考えてしまうところが、より性悪。
「目の前にメシがあるのに、腹を空かせたまま凍えてろって言うのか?」
我ながら酷い論点ズラシ……。
「そりゃあ多少のケガはするだろう。だがな、明日までアイツらを放っておけば、命令されてオレを襲うぞ」
「うん」
「悪い国王に、みんなで力を合わせて歯向かうんだ。そのためにエルラーレはガンバって応援をする。わかるか?」
「…………うん」
二度目の頷きには、少女なりになにかを割り切ったような、覚悟の色が窺えた。
そこに『生命の選択をした』という理解はないにしても、酷なことをさせた事実をオレは忘れてはならない。
『〝天幕のなかに隠してあるゴハンも、食べちゃいなさーいッ‼︎〟』
セリフの響きと内容とのコントラストがエグい。
推測は当たり、本能に訴えるほどレガリア所持者の命令が通る。睨んだとおりだった。
天幕は千切るように薙ぎ倒されていき、保管されていた食糧はみるみるうちに雑兵たちの腹のなかへ。
制止するべき正規兵は、暴動に参加してしまう者もいれば、武器を手にする前に殺到する人の圧で揉みくちゃにされ、ただただ声を荒げるしかできないでいた。
転倒、即ち死。それくらいの混沌。
ここでもし『殴れ蹴れ』などとエルラーレが暴力を唆せば、そうなるんだろう。
労役を課され、さらに突如として兵役に駆り出された雑兵たちに、日頃の鬱憤が溜まってないわけがないからな。
だが、それだけさせてはならない。少なくともこの娘には言わせたくない。これはオレの偽善であり、非常にちっぽけな良心だ。
「そろそろ頃合いか。次の段階に移ろう」
いくら強者王者といえど、食う物がなければ帰るしかあるまい。この夜襲の目的は達成された。
「次のセリフは?」
「うんっ。覚えてる!」
エルラーレは、すうっ……と息を吸い、メガホンに口を寄せると——
『〝みんな! 早くっ、お家に帰りなさぁあああーいッ‼︎〟』
この叫びにどんな想いが込められているのか……、それがオレにも伝わってきた。
明るく元気に声を張り上げているが、そうは聞こえない。どこか寂しさを含んでいる。
しかし直後! エルラーレの解散命令は上書きされてしまう。少女の儚い願いは実行に移される前に——
「〝下郎ども、鎮まれ!〟」
ひときわ豪奢な天幕の近くから舞った血飛沫によって、いとも簡単に捩じ伏せられたのだ。
空腹よりも低レイヤーな恐怖。本能の根源に働きかけるカレックス国王の精神支配は、みるみる間に五〇〇〇の雑兵へと伝染していった。




