ボスウェーブ③
本当にザックリな前提として——
戦闘開始までの期間は、現代戦だと数時間から数週間以内。たったそれだけで初期戦力の展開を終える。その前に、政治的なプロセスが半年から一年ほどかかるが。
ニュースで、この地域がキナ臭いなどと流れるころには、すでに事ははじまっているのだ。そして、利害の繋がりすぎた国際関係は双方に決着をつけさせない場合が多い。
逆に封建社会、中世や戦国時代だと為政者の即決。
だが派兵の支度を済ませるには、かなりの時間がかかる。距離にもよるが越境から交戦までは月単位、侵略側が相手の拠点まで攻略するとなると年単位を要するのだ。
俄か知識をほじくり返したのは、このファンタジーな世界だとどうなるのかを想定するため。
ものすごくチンタラしそうでもあるし、オレの知らない魔法かなんかでパパッと軍勢が現れそうでもある。
しかし、ここで見落としてはならない——
『砂金取りはすべて中止していた』
という倉久手メグルからの情報。
これはつまり川を上流まで埋め尽くすほどの大軍を差し向けるのと同義で、裏を返せば、弱兵を大量に率いてくるとも言える。
そう考えると、ものすっごくチンタラこっちに向かってきそうに思えてならない。
もちろん、想像を上回る行軍速度で押し寄せられても大丈夫なように準備はするが。
その一環として、
「よーし、みんなで草を刈るぞ。コボルトはデコボコを平らにしてくれ」
「「「ぴー!」」」
「「「ワウ!」」」
まずはキャンプ場の用意だ。
予定としては、巨大展示場一棟分くらいの広さ。大勢のお客さんをオモテナシするんだから、この程度はやっておかないと。
用地は村から近く、こないだ冒険者たちを迎え討った草原だ。
ここなら偉い人は豪華な天幕を立てて悠々と、下っ端は雑魚寝でもしとけって感じになるはず。
野営に都合よく拓けた平地を怪しんで、別の場所に陣取る可能性もある。けど、そうなったらそうなったで構わない。ダラダラと伸び切った戦列をブツブツに切ってやるだけのこと。
できる限り森に踏み入るのは控えてもらいたいという程度の理由で、戦場を指定したまで。
前にも言ったが、一度根づいた意識はそう簡単には覆らない。
仮にコイルガンの話を聞いて脅威に思ったとしても、それはオレらに向けた畏怖ではなく、あくまで道具に対してのみ。
むしろ妖精イコール雑魚という認識が余計なバイアスをかけて、十六名もの冒険者集団を退けたコイルガンを、より恐ろしい兵器だと思わせるはず。
だとしたら、なんの警戒もなくキャンプ場を利用してくれるかも……っと、いかんいかんオレとしたことが。さっきから希望的観測がすぎるな。
◇
なぁんて気を引き締めていたのに、
——いくらなんでも嘗めすぎだろ!
半月も経たないうちに、王国軍が押し寄せてきたんだ。
確かめるまでもないほどのメチャクチャな強行軍。
兵らを死ぬほど追い立てた結果だ。秀吉じゃないんだからさ。しかも急ぐ必要なんかぜんぜんないのに。
この様子だと、兵站のことなんてまるで考えず、道中は徴用という名の略奪で済ませてきたんじゃないか。
バテバテな兵士は、ギリギリ立ってはいる。縋るみたいに粗末な槍を支えにして。
実際に経験がある人は少ないだろうけど、非常識なほど長時間の歩行をつづけると、脚や腰が強張って膝を曲げられなくなってしまう。そうなってしまえば、座ることはもちろん無事に倒れることもできない。いわゆる『足が棒になる』だ。こういうところは、頑丈なファンタジー世界の人間でも変わりはないらしい。
だから雑兵らは、休息を求める身体の悲鳴に応えられないまま、いまもなお苦行を強いられている。
要するに、王にとって駆り出した連中は兵士ではなく、威容を示すための生きたカカシ……。
正直、空から見下ろしたこの光景には怖気が走った。
「チッ」
「ぴぃ?」
「なんでもない」
労役がそのまま兵役になってしまった連中の対策には、エルラーレを当てるつもりでいた。しかしその教育はまだ手をつけて間もない。
倉久手メグルたちに頼んだ策だってある。こっちはまだ動きはじめてるかすら微妙なタイミング。
村人たちにもスリングを仕込んだりいろいろ戦う術を仕込むつもりだった。
追い返す最後の一手は『聖女に導かれた自分たちの手で』こういう認識をさせるために。
だが、それらは想定外に早い到着によって、すべて台無し。
こうならないために、わざわざコイルガンを過大評価されるよう知らしめておいたのに。
どこまでオレらを侮れば気が済む。いいや逆か、どこまで自分が強者であると疑っていないんだ。
眼下に広がる光景では、鎧に身を包んだ王国兵が、バテバテの雑兵に鞭を打つ。妖精の森への威嚇を目的とした陣形未満の整列を強要するためだけに。
オレの怒りを向けるべき相手はすぐに見つかった。これでもかと言うくらいわかりやすい場所に、やたらと贅を凝らした天幕を張り、踏ん反り返っている。
「アイツが、カレックス国王か」
どうして断定できたのかといえば、戦場にまで王冠を被って来ているから。
他にも、旗やら煌びやかな鎧やら従者やらで己を誇示しているようだが、話に聞いていた凄腕冒険者は見当たらないな。
なんにせよ、目眩を覚えるほど愚かで、傲慢。
ならば、こちらも相手の流儀に則ってやろうじゃないか。
「ピクシー四天王よ」
「「「ぴっ」」」
「ヤバそうだったら即ズラかるから、オレを守ってね」
「「「ぴぃ〜」」」
カッコつかないセリフで一息ついて、オレは相手が一番ブチキレそうなお出迎えをしてあげることにした。
スッと浮遊を解いて、自由落下。
行き着く先は——
「妖精の森へようこそ、人間」
カレックス国王のド真ん前、より少し高いところ。




