レガリア『告解の瞳』⑤
聖女役のスカウトに成功したオレは、村長夫人とエルラーレを連れて妖精の森へと戻った。
隠し畑の用地をどこにするか、そういう話もあってなんだけど、
「……これがレガリアですか」
なによりエルラーレに『告解の瞳』を所有させるのが最優先。ポコリと嵌め込んであったのを外して、
「〝告解の瞳を譲渡する〟」
さっそく手渡した。
オレも、実際に『レガリアが及ぼす精神支配が人間にどういう影響を与えるのか』を目にしておきたい。これはできるだけ早くに確かめておくべきこと。
その実験紛いの対象に、顔見知りの母娘というのは、我ながら引っかかるものがなくはないが。
「あとはその玉を持って、自分の物だと宣言するだけでいい」
オレの説明に頷くエルラーレの隣で、母親の村長夫人は不安げだ。娘が得体の知れない物に手を出すのだから当然か。
「けっこう重いね。ずっしりする」
当の娘の方は呑気そのもの。慎重に持ってはいても、そこに警戒心はないようだ。
「落っことして割るなよ」
そう簡単に破損なんてことは起きないと思うが、念のため。あと緊張をほぐす意味も込めて。
「えっと……〝この玉はあたしのモノ〟っと。これでいいの?」
成功か否かは村長夫人の反応を見たらわかる。
「こ、このようなことが……。ああ、エルラ。本当にエルラーレなの?」
これまでの認知と、本能的に感じる畏敬の念が合致しないからこその混乱なのだろう。それが母親となればなおのこと。
一方のエルラーレはといえば、ケロっとしている。どうやらレガリアの所有による気分の悪さなどはないようだ。
「娘と自覚できるが、頭を下げたくなってしまう。そんな感じか?」
「……近いかと」
苦手な上司、いや、テレビのなかでしか観たことない偉い人を前にしたとき、そんなところか。
おそらくそれは、直に対面していなければ維持できない程度の敬意だろう。
「つつじ、悪いけど兵士AとBを連れてきてくれ」
こっちの反応も確かめておきたい。
「ぴ〜っ」
「え〜っじゃない。ほら、れんげも行くんだよ。ちゃんと手伝ってやれ」
「ぴぃ」
レガリアによる支配力には、ものすごく種族差があるらしい。
しばらくして、
「僕たち、もう逃げませんって」
だから穴牢じゃない場所にしろとの、うんざりした兵士Bの声と共に実験台二人がやってきた。
「今日からこの少女が、オマエたちの上司だ」
「「…………はい」」
二人がポカンとするエルラーレに向けた視線は、ただの村娘に向けるものではなかった。
まだ兵士Bの記憶に新しい、徴税官の言いなりになって拐おうとした過去。だが、そういったものに対する罪悪感などとも違う。そっくりな別人と会った、それも、不思議と下につくことを拒めない人物に。といったところか。
「エルラーレ、二人になにか命令してみてくれ」
「えっ……と、命令って言われてもぉ……。あっ、じゃあ自己紹介して! あたしエルラーレ!」
この場合、モノマネとかを強要してほしかったんだが。
「私は、カレックス王国軍所属のアーマイロと申します。徴税局付きとしてプブリカーノ徴税官殿の護衛として随行しておりましたところ、そちらの大魔王ぽっちゃりピクシー殿に囚われまして、現在は捕虜兼尋問官をさせてもらっております!」
「ぼ、私は、カレックス王国軍所属の——」
「もういい」
「えぇええ〜っ。僕にも自己紹介をっ。せめて名前だけでもっ。ベイレギオっていうカッコイイ名前があるんです!」
チッ。オレは名前を覚えたくないんだよ。
「ああ、わかったわかった。アーとベーな、覚えやすくてイイ名だな」
「「ええぇ……」」
「あははははっ! アーマイロさんとベイレギオさん、よろしくね!」
「「はっ」」
オレの想像していた以上だ。事前に上司と伝えたのもあるんだろうが、ハッキリと上下関係に影響を及ぼすと見たり
よくこれで、倉久手メグルはレガリアの所有を隠せたな。あまり他の召喚勇者と顔を合わせることがないとしても、周りの態度から怪しまれたりしなかったのか?
あり得るのは、皇帝の配下はレガリアによる支配について詳しくない、か。
それともこの世界の人間と異世界人では、作用の幅が違うのか?
こっちの可能性も否定できないな。オレの知ってる社会構造とはまるで違うんだから、それに伴い、従い方も違ってくるかもしれない。
「先ほど、ぽっちゃりピクシー殿は『エルラーレ嬢が我々の上司』だと仰りました」
「ああ」
「具体的には?」
どう説明したものか……。というか失敗だ。
コイツらの顔合わせの前に、エルラーレに想定問答を用意しておけば良かった。そうしたら実験を続けられたのに。
済んだことを気にしてもしかたない。しかし、まったくの初対面でないと試せない内容もあるんだし、ここは話を進めてしまおう。
「エルラーレには聖女として、統治のシンボルになってもらう。オマエら二人の役目は、その補佐だ」
「おお、なんだか大臣様みたいですね!」
兵士Bは呑気にも出世だと喜ぶ。
社会的なステータスを求めるのは、前世の人間も今世の人間も変わらずか。
「謁見した者にエルラーレを敬うさまも見せてもらいたいが、そうではない態度もとってもらうぞ」
「と言いますと、芝居のような?」
「ああ。なるべく対面する者に侮られるよう振る舞ってほしい」
なにが目的なのだと兵士Aは首を傾げた。
「エルラーレにはな、相手を『正直者にさせる』という稀有な能力があるんだ」
「……そういうわけですか。だから聖女と。ここ数ヶ月のあいだに、なにかに目覚められたからこそ、それに対して私たちは畏敬の念を抱いてしまうと」
レガリアの存在を知らなければ、そういう納得になるか。充分な理解だ。
「だいたい合ってる」
いまさらだけど、告解の瞳の前だとオレも嘘をつけなくなってしまうのは少々やりづらいぞ。
実際、娘と兵士A・B——もとい、アーとベーとのやり取りを不安げに見守る村長夫人に、ヘタな慰めの言葉をかけられないでいる。ポロリと余計なことを言ってしまってはマズイからな。
◇
ぶっちゃけ、エルラーレにいますぐやってもらいたい仕事はない。なので、アーとベーとのコミュニケーションをしてもらうことにした。
ただ仲良くしておけというのも雑なので、読み書きを教えておくよう言い置く。とくに、アーの算術を二人に伝授しておくようにと。
別れ際にステータス確認したところ、二人とも『算術』のスキルはなかった。
これでそれが生えるようなら、新たな人間種の育成計画が立つ。ククッ、王国を乗っ取ったあとにやりたいことが増えるというもの。
「村長夫人。娘の心配は尽きんだろうが、オレらは隠し畑の話を進めないとならない」
「……はい」
なにを驚いた顔をしてる。
「嘘がつけないというのは、本当なのでしょうか?」
「ああ。それはエルラーレの前でだけだ」
だからってご婦人、オレを謀ろうとは考えない方がいいぞ。
「弁えております」
「それは助かる」
本音か嘘かを疑いながら話す。こっちの方が楽だなんて、思っても見なかった。




