レガリア『告解の瞳』④
場所を屋内に移したのち、オレは、村長夫人であるエルラーレの母ちゃんに長い長い話を聞かせた。
計画の全貌を説明する前提として——共有しておくべきレガリアの存在と権能などの基本情報を伝えるところから……。
召喚勇者については伏せたけど、それ以外は、オレがやろうとしていることを普通に話しても問題ないものはすべて。
逆を言えば、このことが外に漏れたときには、オレらのみならず帝国からも狙われかねないほど彼女は知りすぎてしまったわけだ。それは同席しているエルラーレも同様。
父親を取り返すという空手形については、また今度としたが。
ついこのあいだまでは、コイツらを巻き込みたくない、などとオレは思っていたのにな。とんでもない変遷っぷりだ。
「俄には信じられません。私たちに利のあるお話ばかりで……」
べつにデメリットを隠したつもりはない。なのに、どういうわけかエルラーレの母ちゃんは裏があるのではと訝しむ。
いまのオレは変装を解いた、ぽっちゃりピクシー、人間の赤ん坊に羽が生えただけの見た目。だからこそペラペラ喋るさまに不信感が生まれるのだろうか?
「森での採取も、あまつさえ隠し畑を作ることも認めてくださるとか」
「ああ、そう言ったな。ついでに開墾も手伝ってやるし、万が一のときは避難してきてもいいぞ」
「その条件が、娘を『聖女』というお役目でしたか、あなたの統治のお手伝いをということでしたね」
なんだ、ちゃんと理解してるじゃないか。
「魔物のオレが表立って人間を治めたら、カドが立つだろ。だからお飾りで構わない。だが、それがなにを意味するかまで考えたのか?」
なにをオレは不安がっている! わざわざリスクを強調するようなことまで言って。
「くどいが、たしかにオレら妖精さんは愛らしいけど、魔物だ。その魔物による統治という時点で、すんなりと聞き入れるのは人間としてどうかと思うぞ」
「……人も魔物も変わりませんよ」
村長夫人は目を伏せる。それは言うまでもなく、他種族に偏見がないというより、同じ人間に対する諦めに似た感情からだろう。
「ならば暮らしぶりがマシになる方を選ぶ、か」
基準はわからなくもない。それに、この村への搾取は限度を超えていて、いずれ生活苦で立ち行かなくなるだろう。
村長代行という立場なら誰より、村民がどんな運命を辿るかも見えているかもしれない。もちろんそこには、自分の娘も含まれている。
「オマエらの立場を悪くするようなことは、決定的な瞬間までしない。それは約束しよう」
「……」
また怪しむ目つきだ。いったいなにがそうさせる?
……、もういっそのことぶっちゃけるか。
「オレはこの村の苦境を最近知ったわけだけど、ここで見方を変えると、よくこれまでやってこれたなと疑問に思う。王国の毟り取りっぷりは近年だけの話じゃないんだろ?」
突然オレが空気感を変えたことに、村長夫人は驚きの表情を見せた。だがそれも、僅かな沈黙で包み隠すに留めたようだ。
「ずっとです。この国に限りません」
「ほぉう。他の国の事情も知っていると? そう聞こえたけど」
「ええ。私たちは他所から流れてきましたので」
もう少し詳しく。
「存続できなくなった村から人は流れて、そして新たな土地で暮らしを成り立たせます。静かに、バレないように」
「で、そのうち見つかってしまうと」
「はい。どこへ行ってもその繰り返しですよ」
よく滅びないものだな。
こういうのはオレの前世基準で考えちゃダメか。いや、かつての世界だって落人集落みたいな隠れ里だってあったくらいだ。このファンタジー世界の人間はホモサピエンスじゃない。もっと身体的に頑丈な種族。ならば充分あり得る話で、目の前で証言されてる真っ最中じゃないか。
その手の考察は置いておくとしても、一つ、非常に都合のいい前提を知ることができた。
——コイツらは、他者からの悪意に慣れすぎているんだ。
だから、こっちが示した見返りに懐疑的なんだ。力で奪われつづけてきたからこそ、なぜそうしないのかと不思議に感じてしまう。
だから、迷子を届けてやった程度のことで恩義を感じ、役人や冒険者に逆らおうとまでした。
だから、娘の将来が一方向に確定してしまう話であってもリスクに思わない。明日を生きることにさえ困難しているコイツらに、人生の選択なんて発想そのものがない。
「だから、魔物の話でも耳を傾けたのか」
「いいえ。私はいま、妖精さんのお話を聞いているのです」
「なるほど」
覚悟の程は伝わった。となると、ここまでの保護者への説得というスタンスは変えるべきだな。いまからコイツも、エルラーレも、利害の一致だけで手を組む共犯者だ。
「まずは『飢えず苦しまず奪われずな土地がある』という噂を流す」
これは倉久手メグルたちを頼ればいい。話しかけた村人や流民などに、情報収集のお礼がてら『こんな噂を耳にしただけどね』とでも吹き込んでもらえば広まるはず。
「そのあと『楽園を治めるのは聖女さまだ』と話を膨らませていく」
この時点で、王国が対処するかは未知数。オレの感覚で考えてしまうと、動かないのは不自然に思えてしまいがち。
だが実際、前世の人類史でも信仰勢力が統治者の手に余るほど成長するまで放置された例は、枚挙に暇がない。
たとえば王国が気にしたとして、急に豊かになった村があるらしいから税を毟り取ろう、これくらいの反応なら甘んじて受け入れてしまえばいい。
なんなら、ノコノコやってくるのに備えて限界ギリギリの寒村をカモフラージュしておき、役人に期待はずれを拝ませてやるのも、また一興。
おおっといかんいかん。取らぬ狸の皮算用はここまでとして、話を進めてしまわねば。
「ククッ。まずは隠し畑から手をつけようか」
「ぽっちゃりピクシーさん。すごく悪い顔してるぅ」
ああ。オレは悪いことを考えてるからな。
なんたって、最終的な狙いは『人は城、人は石垣、人は堀を』これを地でいく、徳を解く言葉とは真逆の意味で実行するつもりなんだから。




