王都見学⑥
市場と言っていたので、オレを唆す目的から考えても少々刺激の強い奴隷市くらいの心構えでいた。
だが、オレが目にしたものは……空虚。
一切の価値も成果も情報も生み出さない徹底したムダだった。いいや、唯一『アイツは人じゃない』という憤りだけは芽生えたか。
「まったくもって理解不能だ」
「だから言ったでしょ。ボクらとは違うって」
そこは賑わう露店の先、あるポッカリと人気のない場所。
数歩先では、背後に溢れる雑踏が嘘みたいに消えていく。オレらはあちらに会話が聞こえないくらいの距離をとり、その様子を見ていた。
ステージ上には、豪奢な椅子に腰掛ける年齢不詳の女がいた。見るからに気怠げで、背もたれ体重を預けて足を組み、周囲がチラリと向ける視線などまるで気にしていない。
その前にはバケツのような円筒の容器が置かれていて、さらに周りには見窄らしい服装の若い女性たちが割り座で控えている。
ここまでも充分に不愉快な絵面だが、まだギリのギリギリ理解の及ぶ範囲内だった。この先がとにかく酷い。
年齢不詳の女がつま先をバケツ擬きにかけ——ガコンと蹴り倒す。
すると、ひっくり返った拍子に収められていた玉がいくつもあちこちへ。
散らばりきったところで、それを割り座で眺めていた女性らは地べたに手をついて玉を集めはじめるんだ。
これをひたすら……。
血など一滴も溢れず、肉体的な辱めを受けるわけでもない。嗜虐性も薄く、ただただ延々と同じことが繰り返すのみ。
取り立てて競うようなゲーム性もなく、気まぐれに蹴飛ばされた円筒から転がる玉が散らばりきったあと、さっきの焼き直しみたいに床に手をついたまま拾い集めるんだ。
もしかしたら、オレらが来る前から何日にも渡ってつづけられているのかもしれない。
とっくに玉を集める女性たちの目は曇っていて、心を宿していないようにさえ見える。
そのさまを眺める年齢不詳の女からは、微かな喜怒哀楽さえ見当たらない。退屈そのものの表情を崩さず、それがとにかく不気味だった。
せめてサディスティックであれよ。でないと、見ているこっちの頭がおかしくなりそうだ。
「服装からして、それなりの身分に見えるが」
「あれは王女の一人だったはず」
「……それは残念だ」
できるかどうかは別として、アイツが王その人だったなら一切の躊躇もせずに殺れると思ったんだけどな。
「どうしてあんなことをしてるのかはボクに聞かないでね。知りたくもないし考えたくもない」
同感だ。
ただ、目的の方はなんとなく想像できてしまうのが悲しいところ。心の穢れた妖精さんでごめんね。
「えっ、キミには目的がわかるの?」
「おそらく、だけどな。というかメグルは『知りたくもない』んじゃなかったのか」
「……」
そうだ、オマエは知らなくていい。
なぜ王女という立場であんなことをしてるのかは邪推しかできないが、ここが市場という前提を踏まえれば自ずと答えは導けるというもの。
オレらの他にも遠目にしていた者がいて、その内の一人がステージに近寄り、端に立つ男に耳打ち……、チッ。心が穢れる。もうこんなもの目にしていたくない。
「帰ろう。明日の朝にはここを立つ」
「そう」
出した結論は、宿に戻る前に伝えてしまおう。その結果、帰りは送らないというなら、それでも構わないさ。
「もっとわかりやすい悪党ならよかったのにな」
「というと?」
「怒りに任せてやっつけられる。勝てるかは別としてだけど」
こっちの回答が芳しくないと伝わったのか、倉久手メグルは無言でつづきを促してきた。
「正直なところ、うんざりだ。この世界の人間社会とは関わり合いになりたくない。かといってオレの平穏を荒らすようなら、どんな手段を講じてでも排除するぞ。そこに躊躇いはなくなった」
こんな国にまともな軍隊があるかも怪しいが、もし攻め込んでくるのなら、妖精の森の総力を挙げてゲリラ戦で対応してやる。二度とちょっかいかけようと思わなくなるまで徹底的に、手口を選ばず執拗に。
それくらい、さっき見た光景を悍ましく思った。
「メグルがレガリアを返せというならそうするし、引き続き預かれというなら受け入れる。でもな、こんな状況を作ったヤツらも唯々諾々と従ってる連中も、どっちもオレは大嫌いだ」
「…………うん」
返事はそれだけだった。
◇
昨夜の女子二人は倉久手メグルとベッドをくっつけ、やたらとイチャついていた。
だが今夜は、王都見学を早々に切り上げたオレらの様子からなにかを察したのか、しおらしく等間隔のまま床につく……。
翌朝になっても暗い雰囲気は変わらず。
ピクシー四天王たちでさえ気を使う始末。いい大人が、いつまでもこういう態度でいるのは良くないよな。
「悪いけど、王都を出るまでは面倒みてくれ」
「いや、ちゃんと送っていくよ。ボクらの目的地も同じ方向だから」
「助かる」
いったいオレはなにに怒っているのか、それを言語化するのが難しい。
まぁ急ぐことはないか。妖精の森に帰ってからゆっくりのんびり考えたらいいや。
それぞれ、てくてく黙々と足を進める道中。
なにか言いたげな倉久手メグルと、それを察して話しかけるのを躊躇う女子二人。
……コイツらは再び、文字通り『死地』に赴くんだろう。
正直、一週間近く行動を供にしてれば情くらい湧く。
だからって他の妖精たちに身体を張ってもらうわけにはいかないし、オレ一人でどうにかできる話でもない。
コイツらにしてやれることといったら、こんど妖精の森に来たときには精一杯のおもてなしをしてやるくらいか。それだっていつでも気軽にどうぞってわけにもいかないんだが。
だからこそオレは『少し茶でもしていくか?』この一言を切り出せず、気まずいまま森の外の村に到着してしまった。
——おかしい。おかしいぞ!
人の気配はある。だというのに村は静寂に包まれていた。
畑仕事をするご婦人方だって、こないだと変わらず。ただ、子供の姿が見えないんだ。
「なんか様子がヘンだね」
こう聞かされた途端、胃を素手で掴まれるようなイヤな予感に苛まれた。
なにかあったのだと確信したのは、赤黒く頬を腫らした母親に抱きついて嗚咽を漏らすエルラーレの姿を見つけたときだった。
この場面を目の当たりにして、オレは、王都でのどの光景よりも強い強いショックを覚えた。




