村娘エルラーレ②
王国徴税官の職務……王国か。気になるな。
倉久手メグルたちが口にしてた『帝国』とは、また別口なんだろうか?
ここは詳しく話を聞きたいところ。だが、ノコノコと顔を出すわけにもいかない。
とはいえ、ここからだと王国徴税官とやらが怒鳴ってること、あとは兵士を二人連れてるくらいしかわからない。
いくらカワイイ妖精さんであっでもオレは紛れもない魔物。ヘタに姿を見せたら、その場で叩き斬られる可能性だって——あっ。いいこと思いついたぞ。
「エルラーレ、一つ頼まれてくれるか」
「……ん?」
やや不自然な抱っこにはなるけど、背中の羽を隠すよう正面向きにしてもらえば……。
「どうだ、見事な赤ん坊だろう」
「赤ちゃんはそんなふうに喋らないよ」
ご尤もな指摘に、オレは親指をカプリ。
「ばぶー」
そして『フッ、こんなものか』と赤ちゃん言葉で返した。
ついでにピクシー四天王は、エルラーレのスカートのなかに控え済み。クックックッ、こんなときでも我らはリスク管理を怠らないのだ。
しれっと大人たちの会話に加わるおませさん。そんな体でエルラーレには近寄ってもらい、オレは親指をしゃぶり無垢な赤ん坊を演じる。
村人たちも訪問者も事の深刻さに、こちらに注意を払わず。難なく接近成功。
「これ以上の滞納は認められないと言っておる。それがなぜわからんのだ」
これぞ居丈高のお手本とばかりに高圧的。
「ですので徴税官様、うちの村にはもう蓄えはなく……」
「日々をしのぐのにも精一杯でして」
「そのうえ男手もすべて労役に取られては——」
「黙れ黙れ黙れ‼︎ 聞いておればないないないと、大概に致せ!」
コイツらが税の取り立てにきたというのは役職名から確かめるまでもないとして、いったいどういう行動原理なのかは知っておきたいところ。
というのも、さっき『男手』と『労役』と言っていたことからも察せるとおり、存続が危ぶまれるほど村の生産人口を激減させているからだ。加えて生活を揺るがすほどの重課税コンボ。
ただただ、単年度の税収ノルマを達成したいだけのアホ役人なのか、わざと村を寂れさせようとしているのか。
どう考えても後者のメリットが見当たらない。とすると、徴税官は村人を飢えさせた結果すらも想像できない能なしとなるわけだが……。
「先日ゴブリンに畑を荒らされてしまいまして、他に納められるモノは森で集めた薬草くらいなのです」
「フンッ。足しにはなるか」
つまりまだ足りていないらしい。ひどいな。
それはそれとして倉久手メグル、オマエの罪状がまた一つ増えたぞ。
アイツにはこの村に対する損害補填をさせてやらねば、などと心の閻魔帳にメモっていたら——
「足らぬのなら、森へ入り妖精を捕まえて参れ。愛玩動物にしたがる好事家は高値をつける」
マズイ! 徴税官のやつとんでもないこと言い出しはじめた。
いまのオレとピクシー四天王は、まさしく『飛んで火に入る夏の虫』状態。抱っこするエルラーレの手が、ギュッと、緊張感を上乗せしてくる。
「「「…………」」」
村人たちに腹を括ったような気配が走った。
まっ、そうなるよな。コイツらとはイイ関係を築けるかと思ったんだが、淡い期待だったらしい。
さてどうやって逃げたものかと算段を立てていると、意外な展開に。
「——できません!」
ご婦人の一人が口火を切ったんだ。
「迷子を助けてもらった恩があります」
「そうかそうか。ならば油断もさせられよう。ふむ、貴様らに良き手を授けてやる。村で歓待すると欺き、妖精どもを一網打尽にしてしまえ」
「「「——ッ」」」
「うむうむ、それがいい。数がおれば選別もしやすかろう。いいや、多くを捕らえて繁殖させるのもありか。畑なぞを耕すより余程儲かるぞ」
「「「…………っ」」」
村人全員、絶句。
こんなのリアルで見たのは前世を含めても初めてだ。
だが、口を閉ざす村人たちのなかで、黙らないヤツがいた。それもオレ間近に。
「——帰れ‼︎ いますぐ帰って! お父ちゃんを返して! お姉ちゃんたちも返して! もうなにも取り上げないで! もう……、ここに来ないで」
支離滅裂。だが、これはエルラーレの心からの叫び。
「ほぉう。そこまで言うのなら今日のところは帰ってやってもよいぞ」
「「「——え」」」
けっして徴税官は聞き入れたわけじゃない。それは、ニチャニチャとゲスびた笑みを浮かべていることからも明らか。
「しかし手ぶらでは帰れぬ。滞納は滞納。ゆえに遅延した損失は補ってもらわねばなぁ」
きっとエルラーレは、いまのセリフから『村人みんなで集めた薬草を根こそぎ持っていかれる』とでも想像したんだろう。
唇を固く結び、悔しげに俯く。すると当然、抱っこされてるオレと目が合うわけだ。
その瞳は潤みに潤み、輪郭をアヤフヤにしていた。もしかしたら子供ながらの意地で、ムカつく徴税官に泣き顔を見せたくなかったのかもしれない。
だがな……、おそらくコイツはオマエの想像の遥か上をいく悪党だぞ。
「まだまだ小便臭いガキではある……、クフッ、しかし趣味嗜好は人それぞれ」
ほれ見たことか。
「…………え?」
まだなにを言われたのかを理解できていないらしい。反射的にエルラーレが顔を上げると、大粒の涙が降ってきた。
こんな少女の様子になど構わず、徴税官は連れの兵士に向けて「捕えよ」と面倒くさそうにアゴをしゃくる。
いいや、自分の置かれた状況さえわかっていない愚かさも含めて楽しんでいるんだ。
近寄る兵士に慮りなんか見当たらない。
抱っこしている赤ん坊——のフリしてるオレ——を取り落としまうことすら厭わず、エルラーレに手を伸ばした。結んでいる腕ではなく、弱々しい二の腕を強引に。
事ここに至ってオレが選べる選択肢などない。
素直に背中から落ちて赤ん坊らしくギャン泣きでもしておけば、この場を凌げるか? 否だ。エルラーレのスカートのなかにはピクシー四天王が隠れているんだからな。同胞は見捨てられない。
こんなふうに、いくつもの言い訳を並べ立てないとやってられないほど、オレは不合理で後先を考えない行動を選択、即実行!
「その汚い手を放せ」
「痛ッッ」
兵士の手に銅の針を思いっきりブッ刺した。
それはもう、絶対にあとで『バッカじゃないのオレ』と悶え転げたくなるブチ上げテンションで——
「やれ‼︎」
「「「ぴぴーっ」」」
驚いてエルラーレから手が離れたのを見るや否や、兵士の一人をバチッと感電させてやったのだ。
バサリと捲れたスカートが元の位置に戻るのと、バタリと兵士が倒れたのは、ほぼ同時だった。




