30話
「これが私の最期だよ、勇さん」
文子は感情の抜け落ちた顔を勇に向けている。
淡々と文子の口から語られたのは彼女の昔話だった。
「私、勇さんの帰りを待ってたの。でも勇さんは亡くなってしまったって知って……。もし生きてるって分かってたならあの時、逃げてた」
緋色の薄明かりが辺りを照らす中、緊迫した空気に包まれる。
責めるような言葉を吐くが、死ぬ事を選んだのは文子自身であり勇に責任はない。単純にそう思う。だがこれはそんな簡単な話ではないとも思う。現代に生まれた蓮にはあまり実感は湧かないが、生死を左右していると考えると理不尽という言葉だけでは片付けられないだろう。
「確かにこの身体は琴音のものであって私のものじゃない。これは私の人生じゃない、分かってるの、そんな事。でもズルいじゃない⁉︎ 勇さんはそんな年まで長生きしてて……。あの時、本当はちゃんと気持ちを伝えたかった。帰って来たら返事を聞かさせて欲しいって言ってた癖に、結局勇さんだけ生き残って別の人と家庭を築いて子供も孫までいて。じゃあ、私は⁉︎」
文子は覚束ない足取りでゆっくりと勇の元へと近付くと彼の胸元を掴みその顔を見上げる。
「私だって本当はこんな事言いたくなんてないっ。本当は生きてくれていてありがとう、勇さんが幸せで良かったって言いたいっ。でも、悔しくてっ悲しくてっ苦しくてっ、自分でもどうにもならないの‼︎」
悲痛な叫び声に蓮は呼吸も忘れて呆然と眺めるしかない。視界に入る勇希も同様に見える。
そんな中、勇は1人落ち着いた様子で文子の両肩に手を置くと何度も小さく頷く。
「文ちゃん……すまない。孤独には勝てなかった……」
「っーー勇さんの馬鹿っ馬鹿っ馬鹿ぁぁ‼︎」
堰を切ったように声を張り上げ泣き噦る。そんな文子を勇は静かに抱き締めた。
「すまない、すまないっ……文ちゃん」
喉奥から絞り出すような声からは勇の心情が伝わってくる。
一頻り泣いた文子は勇からゆっくりと離れた。
「嘘だよ、さっきのは嘘。ちょっと意地悪しただけ。本当は勇さんからの告白の返事、断るつもりだったの。勇さんが出征した後に、勇さんより背も高くて優しくてすご〜く格好良い男性を好きになったの! だから勇さんなんてお呼びじゃないんだから」
文子はくしゃりと顔を歪ませ、また涙が溢れそうになりながらも笑う。それが優しい嘘なのだと瞬時に理解した。
「ねぇ、勇さん……幸せだった?」
文子からの問いに勇は小さく頷く。すると彼女は「そっか」と呟きせつなげに笑む。
「蓮くん、今何時?」
「っ、今は19時28分」
思いがけない状況に気を取られていたが、蓮は慌ててスマホで時間を確認する。正確なタイムリミットは不明だが、かなり時間が迫っている事だけは分かる。
「そろそろ逝かなくちゃ」
恐らく文子にはタイムリミットが分かっているのだろう。
軽快な足取りで早乙女家の墓石へと駆けて行く。そして迷う事なく手を伸ばした。
「蓮くん、ちゃんと琴音は返すから安心してね。勇希くん、ごめんなさい。本当は全部分かってたの。でも信じたくなかった。2人と一緒にいれて楽しかった、ありがとう。……勇さん、また会えて嬉しかった。またいつか、どこかでーーさようなら」
いつの間にか辺りは暗闇に包まれていた。
文子が墓石に触れた瞬間、無数の光の玉が現れ彼女の周りを旋回する。暫くしてその光達は目が眩む程の輝きを放った。




