28話
文子は裏側から二頭山神社の境内に入ると、逃げてきたであろうまばらな人影が見える。
辺りは爆撃を受けた跡はあるが建物は無事のようだ。
静かになり防空壕から出た文子は一目散にこの二頭山神社を目指した。ここは高台になっているので、市街地の様子を見る事が出来るからだ。
「文ちゃんっ‼︎」
「っ‼︎」
夜目になっているが、やはり灯りがないので歩き難い。そんな中、後ろからついて来ていた幸子が叫んだ。
駆け寄って来て文子の肩に手を回すとそのまま倒れ込むようにして地面に蹲み込む。
爆撃機の轟音が頭上に響き通り過ぎて行った。
「幸子ちゃん、ありがとう」
「ううん。でも良かった、もういなくなったみたい」
最後の爆撃機がいなくなり、本当に辺りは静かになった。
文子はゆっくりと立ち上がり神社の正門へと向かう。門を潜り抜け95段の石段の上に立つと街を見渡す。
「ーー」
夜風が言葉を失い立ち尽くす文子の頬を掠め長い髪を揺らす。
まだ真夜中だというのにもかかわらず、街並みの輪郭が分かる程に明るい。その理由はーー
「街がっ……」
空爆を受けそこら中が燃えていた。
聞こえる筈のない遠くの民衆の逃げ惑う叫び声が聞こえてくる。母や弟はどうしただろうかーー
震える肢体を押さえ込み、無我夢中で石段を駆け下りた。下り終えた頃には息は切れていたが、休む事なく前だけを見て駆け出す。
変わり果てた街並みを走った。泣いている子供、火を消そうとする男性、子供を抱えて立ち尽くす女性、助けを乞う人々の中をただ駆け抜ける。
周囲の建物から炎が上がる中、文子の家は燃えてはいなかった。だが爆風の影響だろうか。家は倒壊していた。
「お母さん、誠ちゃん……? お母さん、誠ちゃん、お母さんっ、誠ちゃんっ」
きっと避難して安全な防空壕に行っているに違いない。そう思うのに、焦燥感に襲われ胸騒ぎがする。
「お母さん‼︎ 誠ちゃん‼︎ お母さんー‼︎ 誠ちゃんー‼︎」
声が枯れる程に何度も叫び続ける。だが返答はない。嫌な予感に全身が脈打ち冷たい汗が背を伝うのを感じた。
そんな時、少し離れた場所から物音が聞こえ弾かれたように顔を向けた。
「誠ちゃんっ⁉︎」
瓦礫の下に誠一の姿を見つけた文子は急いで駆け寄る。
誠一は肩から下は瓦礫に埋まっていた。咄嗟に引っ張り出そうとするが手を掴まれ止められる。
「誠ちゃん、今助けるから」
「……いい」
「いいって」
「殆ど身体の感覚がないから。頭もくらくらするし、もう助からない。きっと母さんも……」
「そんな事ない! そんな事、絶対ない‼︎ 私が絶対誠ちゃんをお母さんを助けるから、待ってて、今っ」
「文ちゃん⁉︎ 危ない!」
瓦礫を動かそうとすると、僅かに崩れ落ちた。
「姉さん……ごめん」
膝をつく文子に、誠一は悔しそうに声を絞り出す。
「ボクが母さんと姉さんを守るって言ったのに、守れなかった」
「そんな事ない! 誠ちゃんやお母さんがいてくれたから……」
「本当は姉が出来て嬉しかった。でも照れ臭くて、姉さんって呼べなかった……。姉さんはボクの憧れで、初恋の人なんだ」
「誠ちゃん……」
「もう一度、一緒にぼたもち食べたかったな……」
誠一が徐々に意識が遠退いているのが分かった。そんな中でも懸命に想いを伝えようとしてくれている。
「食べよう。また皆でぼたもち食べよう? だから生きなくちゃダメだよっ」
涙声になるのを堪えながら瓦礫を掴んだ。早くこの瓦礫の山から誠一を助け出さなくてはならない。だがその瞬間、身体は物凄い勢いで後ろに引っ張られ少し離れた場所に尻餅をついた。そして目の前から弟の姿は消えた。
「誠、ちゃん……」
「文ちゃん‼︎ 気を確りして‼︎ 誠一くんはもう息してなかったんだよ」
「っーー」
家に辿り着いた時、瓦礫の下敷きになった誠一を見つけたが既に死んでいた。後から正気を取り戻した文子に幸子がそう教えてくれた。あれは全て文子の妄想、いや願望だったのかも知れない。




