25話
「文ちゃん、本当は琴ちゃんが目を覚ます方法知ってるよね」
「っ‼︎」
確信めいた勇希の言葉に文子は身体をびくりと揺らし分かり易く反応をした。返事を聞くまでもなくそれが答えだろう。
「この早乙女家の墓石に文ちゃんの亡骸が埋葬されている。ここに触れれば魂はあるべき場所に戻される」
「は、放してっ‼︎ どうやって知ったの⁉︎」
勇希と繋がれていた手を強引に振り解いた文子は墓石から距離を取る。
ある人から聞いたんだ」
「ある人……?」
「そう、文ちゃんもよく知る人だよ」
「それは……」
「この一カ月近く、ずっと憧れていた文ちゃんと一緒にいれて嬉しくて、楽しかった」
勇希は答える気がないのか言葉を遮り話を進めていく。正直、蓮も気にはなるが取り敢えずは様子を見る事にする。
「このまま文ちゃんがいてくれたら良いのになとも思った。でも、それじゃあ琴ちゃんは?」
自分自身に問いかけているようにも、文子に問いかけているようにも聞こえた。
「文ちゃん……その身体は琴ちゃんのものだ。やっぱり本人に返すべきだよ」
日が陰り緋色に染まっていた空が徐々に黒く染まっていく。ひぐらしがカナカナと鳴く声が嫌に耳につき、温い風が頬を掠める。
一瞬3人の時間だけが止まってしまったように、誰も微動だにしなかった。だが暫くして文子が静寂を切り裂くように叫び声を上げた。
「私だってっ‼︎ 死にたくなかったの‼︎」
「文ちゃん……」
掠れた勇希の声が微かに蓮の耳に届いたが、興奮している様子の文子には聞こえていないようだ。
「もっと生きたかったっ‼︎ 幸せになりなかった! やりたい事だって沢山沢山あったの‼︎
好きな人と結婚して子供産んで幸せになりたかった‼︎ 私だって、こんな平和な世に生まれたかった‼︎」
悲痛な叫びに言葉が出なかった。目を見開き呆然と見ている他ない。
「沢山頑張って、沢山我慢もした。魂は同じなんだから、私が琴音として生きてもいいでしょう⁉︎」
宵闇の中、辺りに文子の泣き声にも似た声だけが響く。粗く息をする文子に蓮も勇希もどうしたら良いのか分からず途方に暮れる。
蓮にとって文子の生きた時代は学校の授業などで教わったただの史実であり現実ではない。だがそれでも彼女の生きた時代は壮絶で辛かったのだと想像は出来る。
理不尽な思想や正義に抑圧され、個人の尊厳を踏み躙られ、息をするだけでも苦しい時代。体験した事のない蓮でもそう思うのに、現実はもっと悲惨で壮絶だっただろう。
文子の言葉は決して正しくはない。それこそ琴音にとっては理不尽極まりないが、気持ちは理解出来る。だからこそ胸が痛むし同情してしまう。ただ、だからといって琴音を見捨てる選択をするつもりは微塵もない。
「でもそれは君の人生じゃない」
「っ‼︎」
暫し睨み合いが続く中、不意にしわがれた声が聞こえる。
視線を声の方へと向けると、杖をつきゆっくりとした足取りでこちらへと歩いて来る1人の老人の姿が見えた。




