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私の中のもう1人の私が好きな人  作者: 秘翠 ミツキ


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16話


「欲しかったなら買って貰えば良かったのに」


 少し拗ねたように蓮が言った。

 帰り道、勇希と別れた後、夕暮れの中琴音と蓮はゆっくりとした足取りで歩いていた。

 あれから結局、勇希にはにわの縫いぐるみは買って貰わなかった。申し訳ないし誕生日でもないのに貰う理由がない。途中”文ちゃん”と呼ばれた時には少し気持ちは揺れたが、グッと堪えた。勇希に買って貰うのではなく、勇に買って貰うと思ったら無性に嬉しくなってしまった。


「今度自分で買うからいいの」


「ふ〜ん……」


 納得のいかない様子で相槌を打つ蓮にどこか懐かしさを覚えた。前にもこんな事があった気がした。

 珍しく沈黙が流れる。

 カナカナカナーー

 生温い風と共に蝉の声が聞こえてくる。

 通りかかった二頭山神社の前で不意に足を止めると石段の先を見つめた。

 楽しい事、苦しい事、嬉しい事、悲しい事の記憶が二頭山神社(ここ)にはある。これまでは琴音としての記憶だったのが、今は曖昧で寧ろ文子としての記憶の方が勝っているようにすら感じた。


「琴ちゃん」


「……」


「琴ちゃん」


「え、ごめんね。ちょっとぼうっとしてた。行こう!」


 一瞬名前を呼ばれても自分だと反応出来なかった。私は琴音なのか? それとも文子なのか? 私は誰なのか? そんな愚問が頭に浮かんだ。


 再び横並びになり歩き出すが、蓮はひたすら正面を向きこちらを見ようとはしてくれなかった。


「来週の土曜日、灯籠流しだね」


「ああ、そういえば」


「蓮くん行くでしょう?」


「行くけど、どうせ稲見も来るんだろう」


「仲間外れは良くないよ。それに勇希くんは初めてなんだし、案内してあげないと」


「案内もなにも、川に行けば見れる」


 取り付く島もない。

 だが少し前に勇希とのライルンのやり取りで灯籠流しに行きたいと言っていた。待ち合わせ場所や時間は決めてはいないが、一緒に行こうと約束をしている。ただ蓮とは物心付いた頃から毎年一緒に行っており一緒に行く事は暗黙の了解になっている。なのでどちらか一方と行く事は出来ない。


「3人で行こうよ」


「……」


「ねぇ、蓮くん」


「……稲見に”文ちゃん”呼びさせないって約束してくれるならいいよ」


「え、なんで……」


「逆になんでか聞きたい。琴ちゃんは琴音であって文子じゃないだろう」


 不意に蓮は立ち止まり、不安気な表情を浮かべてこちらを見る。何故そんな顔をするのか分からず戸惑う。


「それはそうだけど……」


 そんな事は自分でも分かっている。だが勇希から文ちゃんと呼ばれる事は嫌ではない。寧ろ懐かしさや無性に嬉しさを感じる。


「ううん、そうだよね、分かった」


「約束だから」


 手を差し出され、幼い頃のように指切りでもするのかと同じく手を差し出すと掴まれた。驚いて蓮を見るが顔を背けてそのまま歩き出した。


「蓮くん」


「……なに」


「暑いね」


「夏だから」


 確り握り締めた手は互いに汗が滲んでいた。それでも蓮は放そうとはしなかった。

 こうして手を繋いだのは小学校に上がる前だった気がする。初めて繋いだ訳ではないのにもかかわらず、何故か緊張してしまう。

 昔は同じくらいの身長や手の大きさだった。だが今は顔を見るには見上げないといけないし、手は一回り大きい。声も少し低くなった。

 これまで気にした事はなかったが、意識して考えると妙な気分になる。勇希へ向ける気持ちとは違うが、胸が騒つく気がした。






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