表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の中のもう1人の私が好きな人  作者: 秘翠 ミツキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/32

10話



 翌週の始めから五日間、期末テストが実施された。いつもはあまり自信がないが、珍しく今回は手応えがある。その理由は勇希の存在が大きいかも知れない。

 勇希が勇だと知ってから心が穏やかだ。

 元々感情の起伏がある方ではないが、文子の夢を見る度に心が騒めき落ち着かない事もあった。無論今も夢を見続けているが、何の揺らぎもない。勇が側にいると思うだけで心が温かくなり満たされて、根拠のない自信が湧くように感じる。

 以前までは勇をズルい人だと思っていたが、いざ再会してみるとそんな事はどうでも良くなってしまった。彼が側にいる、それだけで十分だと思えた。


「もう直ぐ夏休みだね。琴ちゃんはなにしたい?」


「かき氷の食べ歩きと川遊びに花火、ショッピングに後お祭りにも行きたいな」


「いいね、全部やろう。ああそうだ、中里くんも一緒に来る?」


 勇希は不意に立ち止まると振り返り、少し後ろを歩いていた蓮に話を振る。


「……いい」


「あ、蓮くん、待って!」


 素っ気なく一言だけ返すと、蓮は琴音達を追い越しさっさと行ってしまった。追いかけようとするが、勇希に手を掴まれ止められる。


「1人になりたいのかも知れないし、そっとしておいてあげた方がいいよ」


「そうなのかな、でも……」


「ずっと一緒だと息が詰まる事もあるからさ。もう子供じゃないんだし」


「そっか、そうだよね……」


 最近蓮の機嫌が良くない。今みたいに話しかけても極端に口数が少ない。なにか怒らせる事をしてしまっただろうかと落ち込んでしまう。

 蓮が心配ではあるが、勇希のいうようにたまには1人になりたい時もあるのかも知れない。幼い頃からずっと一緒だったので、少し寂しさを感じてしまうが仕方がない。何時迄も同じままという訳にもいかないと本当は分かっている。

 でもやはり放っては置けないので、後でLINEだけでもしておこうと思う。


「折角テスト終わったんだし、寄り道して行こう」


「うん」


 当たり前のように繋がれた手を握り返すと、自宅とは別方向へと歩き出した。





令和7年7月下旬ーー


 毎日気温が30度を超える日が続く中、期末テストの答案返却も終わり終業式を迎えた。

 あれから蓮とは毎朝変わらず一緒に登下校していたが、気不味い空気のままほぼ会話はない。それに放課後は同好会にも顔を出さず、1人でさっさと帰ってしまう。

 1度どうしたのかと聞いてみたものの「なんにもない」の一点張りでまともに話をしてくれない。喧嘩をした訳でもないので謝る訳にもいかず、どうしたらいいのか分からないまま夏休みに突入してしまった。


【明日、勇希くんとかき氷食べに行くけど、蓮くんも行かない?】


【行きたくない】


 夏休み3日目に約束した通り勇希と出掛ける事になったが、前日の夜にライルンで連絡をするとそんな風に返ってきた。”行けない”ではなく”行きたくない”、明らかな拒絶だった。


【明日、10時半に二頭山神社の下で待ち合わせでいい?】


 蓮からの返信に落ち込みながら、冷房の良く効いた自室のベッドに寝転んでいるとスマホの通知音が鳴った。名前を確認すると勇希からだった。


【うん、大丈夫】


 返信の後に猫おはぎのokスタンプを押すと、直ぐに既読となりクマのグッドスタンプが返ってくる。それを見て思わず口元が緩んだ。勇である勇希とこうしてライルンでやり取りしているのがすごく不思議でむず痒い。


 昔はこんなに便利な機械は存在しなかった。連絡手段は公衆電話や手紙、電報、家庭用の黒電話もあったが、普及率は低く文子の家にはなかった。確か同じクラスのとても裕福な家庭の女の子の家にはあったと思う。

 だから中学生になった勇とはたまに手紙を交換する事もあった。懐かしさが込み上げる。

 琴音は改めてスマホを眺めてみる。

 文子の影響か、昔から食べ物に限らず古風な物が好きで、どうにも近代的な物が苦手だった。タブレットで観る動画より紙の絵本が好きだったし、ケーキなどの洋菓子よりもおはぎなどの和菓子が好きで、小学校高学年で買って貰ったスマホで連絡を取り合うよりも手紙が好きだ。幼い頃はよく蓮と手紙を交換していた。勿論スマホは用事があれば直ぐに連絡が取れるので便利だし、現実問題必要不可欠な物で手放せない。

 これまでずっと自分と文子は別人なのだと切り離して考えてきたが、そんな風に思い返すと初めから私は文子だったのかも知れない。



 翌日、琴音は朝から汗ばむ気温の中家を出た。今日の最高気温は35度を超えるらしい。

 無意識に隣の家の2階の窓に視線をやる。蓮の部屋だ。窓は閉まりカーテンも引かれている。まだ機嫌は直っていないだろうか……。

 ため息を吐き、日傘をさすと歩き出した。

 

 歩いて神社に到着する頃にはかなり汗をかいていた。まだ午前中だというのに日差しも強く風も生温い。折角塗ってきた日焼け止めが汗で流れ落ちてしまいそうだ。


「おはよう。朝から暑いね」


「おはよう。あれ、自転車で来たんだ」


「今日行く店が駅の反対側だって言ってたから、自転車の方がいいかなって」


 歩いて来た琴音を見て少し戸惑ったように笑う。

 確かに勇希の言う通りだ。この暑い中、何十分も歩いて行くなんて大変に決まっている。

 ただ実は琴音は自転車が苦手だ。乗りたくないとかではなく物理的に乗れない。何度練習してもバランスが上手く取れず転んでしまう。なので通学も自転車は諦め徒歩で通っている。因みに蓮は問題なく自転車に乗れるが、琴音に合わせて徒歩にしてくれている。だが勇希はそんな事情は知る筈もない。


「勇希くん、あのね、実は私自転車乗れないんだ」


「え、そうなんだ。ごめん、知らなかった」


 何気なく言われた言葉に苦笑する。こんな所まで同じじゃなくて良いのに。

 瞬間、記憶が流れ込んできた。

 あれは文子が女学校に上がった頃。勇の自転車を借りて懸命に乗る練習をした。母から乗れるようになったら自転車を買ってあげると言われていたが、結局乗れる事はなかった。その代わり勇がたまに自転車の後ろに乗せてくれて、よくこの二頭山神社に来た。

 目の前で自転車を手で支えている勇希とその時の勇が完全に重なる。これは夢じゃない、記憶だ。分かっているが境目が曖昧に思えた。

 

「じゃあ、行こうか」


「暑いのに私のせいで歩きになってごめんね」


「全然大丈夫だよ」


 琴音と勇希は駅方面へと並んで歩き出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ