「短編」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました
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国王の前で、私の婚約者である第1王子レオン様は、高らかに宣言した。
「アリア・レイン。おまえとの婚約を、ここで破棄する!」
玉座の間がざわめく。貴族たちの視線が、一斉に私に突き刺さった。
うん、知ってた。
というか、そのセリフ、昨日廊下で練習してましたよね、レオン様。
「お兄様、なんてご立派な決断なのでしょう」
隣で、淡いピンク色のドレスを揺らしながら、男爵令嬢リリアナが胸に手を当てる。
うん、この子も知ってた。あなたが鏡の前で涙の角度を確認していたこと、私はちゃんと見ている。
「アリア、おまえはリリアナをいじめた。その卑劣さ、もはや王妃に相応しくない!」
レオン様が私を指さす。
周囲から、ひそひそ声。
「やっぱりレイン伯爵家の娘は…」
「怖いわね…」
私は、静かに首をかしげた。
「いじめ、ですか。具体的には、なんでしょう?」
レオン様が、一瞬だけ言葉に詰まる。
ほら。詰まった。
「こ、ここに証人がいる! リリアナの侍女が、おまえがリリアナに冷たい視線を向けるのを見たと言っている!」
冷たい視線。
それ、いじめなんだ。
リリアナが、涙を浮かべながら続ける。
「アリア様は、わたくしを見るたびにため息をついて…。とても、怖くて…。眠れない日々が続きました…」
それは、あなたが王宮の重要資料にお茶をこぼしたり、魔力暴走を起こして廊下を吹き飛ばしたりするたびに、私の仕事が増えたからなんだけど。
でも、まあ、いいか。
今日で全部終わるし。
「アリア。言い訳はあるか?」
国王陛下の低い声が響く。視線が重い。
私は、ゆっくりと一礼した。
「いいえ。言い訳は、ございません」
玉座の間が、さらにざわめく。
レオン様は、勝ち誇ったように笑った。
「ならば決まりだ! アリア・レインとの婚約は破棄し、私はリリアナを新たな婚約者とする!」
「お兄様…!」
リリアナが、うるんだ瞳で見上げる。
うんうん。お幸せに。
あ、でも、その前に。
「一つだけ、よろしいでしょうか」
私は顔を上げた。
「なんだ。最後の言葉か?」
「はい。これまで、王国のご加護のために費やした時間を返せとは申しません。ただ、正式な文書として、レイン伯爵家と王家の婚約解消の署名を、後ほどいただけますか?」
「な…」
レオン様が目を見開く。
私は微笑んだ。
「口頭での宣言だけですと、後々『やっぱりなし』と言われてしまうと困りますので」
貴族たちが、ざわっとどよめいた。
「アリア。おまえ、その言い方は…」
国王陛下が何か言いかけたが、私は軽くスカートを持ち上げて一礼する。
「今まで大変お世話になりました、陛下。そしてレオン様。どうか、わたくし以外の誰かと、末永くお幸せに」
言い終えると、私はくるりと背を向けた。
玉座の間の重い扉が、ぎぃ、と開く。
そして、ぱたんと閉まる音と同時に――私は、深く息を吐いた。
やっと、終わった。
長かった。ほんと、長かった。
レイン伯爵家の長女として生まれ、膨大な魔力を持つことを理由に、7歳のときに王家との婚約が決まった。
王宮に通い、結界の維持や魔力供給、書類の整理、魔道具の修復、問題児の王子のフォロー。
あれ、私って、もしかして便利屋?
好きでもない婚約者のために、人生を捧げる気にはなれなかった。
だから、私は選んだのだ。
自分からは動かず、相手に「捨てさせる」道を。
リリアナの裏で動いていたのが私なのは、誰も知らない。
「王妃には優しい心が必要」「庶民の出でも清らかならば」という、レオン様の好みの言葉を、さりげなく彼の周りに流したのも。
リリアナの前で、わざと疲れた顔をしてため息をつき、「王妃の仕事は大変ですよ」と言い続けたのも。
全部、計画通り。
だって、私には――
「アリア」
聞き慣れた低い声が、王宮の外庭に響いた。
顔を上げると、そこに立っていたのは、黒髪に銀の瞳の青年だった。
長いローブ。胸元の紋章。隣国ガルディア王国の、国章。
「……セイジュ様」
彼は、楽しそうに口角を上げた。
「予定通り、婚約破棄は済んだか?」
「はい。無事に捨てられました」
「それはよかった」
彼――セイジュ・アルバート。
隣国ガルディア王国の宮廷魔導師にして、最年少で魔導師団長の座についた、化け物みたいな天才。
そして、私の恋人だ。
「ずいぶん早く来られたのですね」
「おまえの魔力の気配が、いつもより軽くなったからな。ああ、やっと鎖が外れたのか、と思ってな」
セイジュは、私の手を取った。
温かい。その温度だけで、胸がきゅっとなる。
「本当に、来てくださったんですね」
「当たり前だ。王宮の結界を支えていたのは、おまえだろう。そんな貴重な魔導師を、他国にくれると言うんだから。ガルディアとしては、喜んでいただきに来た」
「言い方が物騒です」
「事実だ」
出会いは、2年前。
国境付近の魔物討伐に駆り出された私に、援軍として現れたのが彼だった。
圧倒的な魔力。正確で速い詠唱。淡々とした表情のまま、Sランクの魔物を一瞬で塵にした姿を、今でもはっきり覚えている。
そして、戦いのあと。
『おまえ。王都の結界を維持している魔導師だな』
『なぜ、それを』
『魔力の質が似ている。……惜しいな。この国に埋もれているには、もったいない』
あのときの一言で、私の中の何かが変わった。
その後、こっそり文通を始め、魔術の研究を共有しているうちに、いつのまにか「恋人」と呼び合うようになっていた。
そして、決めた。
王家に捨てさせて、ガルディアに行く。
私の人生を、私のために使うために。
「で、どうする? このまま馬車に乗って、国境まで一気に行くか?」
セイジュがそう言ったときだった。
「待て!」
背後から、聞き慣れた大きな声が響いた。
振り返ると、息を切らしたレオン様が、数人の騎士を引き連れて走ってくる。
あれ、早い。
もう少し余裕があると思っていたのに。
「アリア! そいつは…ガルディアの…!」
レオン様の顔が、見る見るうちに青ざめていく。
無理もない。
国境問題で何度も名前が出る、あの「災厄の魔導師」が目の前にいるのだから。
「初めまして、アストリア王国第1王子殿下。ガルディア王国魔導師団長、セイジュ・アルバートだ」
セイジュは、一応礼儀正しく一礼した。
ただ、その瞳はまったく笑っていない。
「アリアは、我が国に招く。……それとも、何か問題があるか?」
「アリアは、我が婚約者だ!」
「先ほど、『婚約を破棄する』と言っていたのを聞いたが」
「ぐ…!」
うん、聞こえてましたよね、あれ。
セイジュは、肩をすくめた。
「ガルディアとしては、アストリア王家が『不要』と判断した魔導師を、有効活用させてもらうつもりだ。それに、個人的にも――」
そう言って、彼は私の手を、少しだけ強く握る。
「アリアは、私の恋人だ。渡す気はない」
「恋人…?」
レオン様の顔が、今度は赤くなった。怒りか、羞恥か、プライドか。
たぶん全部だ。
「アリア。まさか、最初から…!」
「最初から、ではありませんよ」
私は首を振る。
「レオン様が、リリアナ様と仲良くされているのを見て、安心したのです。王妃が私でなくても、王国は回る、と」
「な…」
「それに。王妃になると、他国に行くことは難しいでしょう? だから、先に、捨てていただいておこうと」
玉座の間で聞こえてきそうなぐらいの、静寂が落ちる。
レオン様の口が、ぱくぱくと開閉する。
「アリア。おまえ、まさか…私を、利用したのか?」
「はい。存分に」
私は、にこりと笑った。
「今まで、王都の結界維持のために私を使ってくださったのですから、お互い様ということで」
「結界…?」
レオン様だけでなく、後ろの騎士たちもざわついた。
そういえば、言ってませんでしたね。
「アストリア王国を覆う大結界。あれを維持していたのは、レイン伯爵家の血筋です。ここ20年ほど、具体的には、私が」
「な…!」
レオン様が絶句する。
「え、でも、それは…王家の秘術が…」
「秘術だけでは、魔力が足りません。供給源が必要なのです」
セイジュが、淡々と補足する。
「アリアの魔力があったからこそ、この国は外敵から守られていた。……だが、安心しろ。結界には、しばらく猶予がある。数年は、急に消えることはないだろう」
「数年って…!」
「その間に、新しい供給源を探せばいい。まさか、国王陛下は、その程度の時間も稼げないとおっしゃるまい」
レオン様の喉が、ごくりと鳴るのが聞こえた。
騎士たちの顔も、真っ青だ。
でも、私の知ったことではない。
だって、もう――
「私は、アストリアのためではなく、私自身のために魔術を使いたいのです」
言い切ると、胸の奥が、すっと軽くなった。
今まで、一度も言えなかった本音。
「レオン様。いえ、殿下。どうか、アリア・レインという魔導師を、正式に捨ててください」
「……っ」
しばらく沈黙が続いたあと、レオン様は、歯を食いしばるようにして言った。
「勝手にしろ…! おまえなど知らん! 二度と、この国の土を踏むな!」
「かしこまりました」
私は、深々と頭を下げた。
これで、本当に終わり。
長かった婚約生活に、きれいな終止符が打たれた。
「行こう、アリア」
「はい。セイジュ様」
彼が小さく指を弾くと、足元に魔法陣が展開される。
王都では見たことのない、複雑な魔法陣。これが、ガルディアの転移魔術か。
「待て! まだ話は――」
レオン様の声が聞こえたが、もう届かない。
視界が、白い光に包まれて――。
◇
次に目を開けたとき、そこは高い天井の広い部屋だった。
大きな窓からは、見慣れない街並みが見える。王都とは違う建物の形。たぶん、ここがガルディアの王都なのだろう。
「ようこそ、ガルディア王都へ」
セイジュが、少しだけ照れくさそうに笑った。
「ここが…セイジュ様の?」
「ああ。私の研究塔だ。上の階は、ほとんど空き部屋だがな」
「空き部屋?」
「おまえの部屋を、まだ決めていなくてな。研究室の隣がいいか、それとももっと静かな階がいいか。……一緒の部屋でもいいが?」
「なっ…!」
いきなりそんなことを言われて、顔が一気に熱くなる。
「セイジュ様!」
「冗談だ。半分だけな」
「半分って何ですか、半分って!」
「そのうち、全部にする予定だから」
「予定を勝手に進めないでください!」
思わず声を荒げると、セイジュは肩を震わせて笑った。
ああ、こういうところ、本当にずるい。
さらっと人をドキドキさせておいて、自覚があるのかないのか、分からない。
「アリア」
「なんですか」
「こっちの仕事に慣れたらでいい。その…正式に、求婚させてくれ」
「き…」
今度は、心臓が本当に止まりかけた。
「まだ、婚約破棄されたばかりなのでな。さすがに、すぐ求婚したら、混乱するだろうと思って我慢していた」
「我慢してたんですか」
「ああ。かなりな」
「かなりって…」
「文通を始めて、最初の半年ぐらいで、もう決めていたからな」
「早くないですか!?」
「おまえの研究論文を読んだ時点で、結構もう手遅れだった」
「論文で惚れられても、反応に困るんですが…」
でも、嬉しい。
じわじわと、胸の奥が温かくなる。
王妃としてではなく、一人の魔導師として。
誰かの装飾ではなく、並び立つ相棒として。
私を見てくれる人がいる。
「……セイジュ様」
「なんだ」
「求婚の返事、今言ってもいいですか」
「……!」
彼の銀の瞳が、わずかに大きくなる。
普段、無表情気味な彼が、露骨に動揺するのは珍しい。
「もちろんだ。聞かせてくれ」
「はい」
私は、深呼吸を一つしてから、言った。
「私でよければ、喜んで」
「……」
ほんの一瞬、沈黙。
次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「セ、セイジュ様!?」
「すまない。少しだけ、我慢できなかった」
「少しってレベルじゃないです!」
「そうか?」
「そうです!」
文句を言いながらも、私は彼のローブをつかんだまま、離れられなかった。
温かい。
ああ、本当に、終わったんだ。
あの重たい婚約生活も。
誰かのためだけの魔術も。
これからは――
「ところで、アリア」
「はい?」
「アストリアの王家に、多少の説明はしておいた方がいいかと思っている。礼儀としてな」
「説明、ですか?」
「ああ。『不要な魔導師を譲ってくれてありがとう。おかげで、ガルディアは今後、国境の防衛がとても楽になります』とな」
「皮肉しかないんですが…」
「事実だろう」
「事実ですけど!」
思わず笑ってしまう。
きっと、アストリア王家の顔は、見ものだろう。
でも、私がそれを直接見ることは、きっとない。
もう、戻るつもりはないから。
さよなら、アストリア。
これからは、ガルディアの魔導師として。
そして、セイジュの隣に立つ恋人として。
私の物語は、ここから始まる。
――レオン様。
王宮のどこかで、きっと今ごろ後悔しているでしょう。
でも、それはあなたの選択です。
私を捨てたこと。
そして、自分の手で、国の盾を手放したこと。
どうか、末永く後悔してくださいね。
それが、私からあなたへの、ささやかな「ざまぁ」です。
さて。
「セイジュ様。まずは、研究塔の案内をお願いします」
「ああ。ついでに、夫婦で使える部屋の候補も見ていくか」
「まだ夫婦じゃないです!」
「近い未来だ」
「未来を勝手に確定しないでください!」
でも、その未来を、少し楽しみにしている自分がいることを、私はまだ、彼には内緒にしておくことにした。
読了ありがとうございました。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
婚約破棄・ざまぁ・隣国最強魔導師の溺愛と、なろう鉄板要素をぎゅっと詰め込んだお話でしたが、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
アリアが自分の人生を取り戻して、セイジュと一緒に歩き出すまでを書き切ることができて、作者的にもすごく満足しています。
もし「この先のガルディアでの新生活も読んでみたい」「元婚約者や祖国のその後が気になる」と思っていただけましたら、
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を入れていただけると、とても励みになります。
ブクマや評価が増えると、続きや番外編を書くモチベーションが一気に上がります。
また、一言でも「ここが好きだった」「このシーンが良かった」など感想をいただけると、小躍りして喜びます。
感想は全部ありがたく読ませていただいています。
ここまで読んでくださったあなたに、心から感謝を。
もしよろしければ
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